【ショートショート集】ちょっと読んでみな、別世界へ飛ぶぞ

中原一飛

第1話 捕獲

 その日、光りかがやく物体が地球へ降りたった。

 昼間だったため、その光に気づく者はすくなかった。だが、たまたま近くの湖で釣りをしていた民間人の通報により、迅速かつ静かに調査団なるものが結成された。

 調査団は遠くからその物体を観察した。

「これはまぎれもない宇宙船ではないか」

 例の物体を映した画面を見て、調査団のリーダーであるエフ博士が興奮気味に言う。

 その物体は卵型をしていて銀色にかがやいていた。小さな窓がひとつついていたが、なかの様子はよくわからない。とびららしきものもあるが、開く様子はなかった。

「すぐに調査がしたい。はやく近寄れないのか」

「好奇心を抑えられない気持ちはよくわかります。しかし、安全を確認してからでないと、万が一ということもありますので」

 同じく調査団に招集された助手が言う。

「いや、たしかに。たしかにきみの言うとおりだ」じれったい様子を隠さずに博士は口にした。「安全確認の作業は進んでいるのかね」

「ただいま進めているところでございます。ですが、もうすこし時間をいただきたく存じます」

 調査団のひとりが答えた。

「できるだけはやくしろ。いつ飛びたたないとも限らない」

「はっ、わかりました」

「それにしても、まさか、この目で宇宙船を見るときが来るとはね」

 エフ博士は目をかがやかせた。モニターに映しだされた宇宙船らしき物体をまじまじと見つめる。

「しかし、おかしいな。宇宙船ならなかに生命体が乗っていてもおかしくないはずだが」

 エフ博士の疑問に助手がつづける。

「もしかすると事故で墜落したのかもしれません。すでに死亡してしまったか、あるいは重傷を負って動けないか」

「それは大ごとだ。大至急なかの様子を確認しないと手遅れになりかねない」

 エフ博士の命令により、専用の機械が持ちこまれた。生命の出す熱を感知する機械である。これに反応があれば、宇宙船のなかには生きた生命体がいることになる。

 しかし、エフ博士はじめ調査団の目論見ははずれた。

「なんと、この宇宙船。特殊な素材でできているらしい」

「まったく機械の効果があらわれません。いままで、こんなことはなかったのに」

「いや、なかの様子は確認できなかったが、がっかりすることはない」

 エフ博士の声は弾んでいた。

「このような素材は地球上で出会ったことがない。この宇宙船が宇宙から来たことの証明ではないか」

 エフ博士の言うとおり、未知の素材が使われているとなれば、人類ではない何者かのしわざとなる。

「どうにかして、内部の様子を確認できたらよいのだが」

「むずかしいですね。いまは、あの小窓からのぞくくらいしかできないでしょう」

「しかたあるまい、周囲の安全が確認されるまで、あの窓からできるだけの情報を集めることにしよう」

 しぶしぶといった感じでエフ博士は言った。

 遠隔操作のカメラが用意され、宇宙船の小窓へ近づける。エフ博士はじめ調査団の面々はかたずをのんで、カメラが映しだす映像を見守る。いよいよ、カメラが窓にぴったりとくっついたところで、生物の影らしきものが見えた。

「なんだ、いまのは」

 エフ博士がおどろきの声を上げる。

「なにかが、ぴょんぴょんと跳ねまわっているように見えました」

「ああ、わたしもだ。ウサギかなにかかな」

「まさか。月のウサギが地球に来たわけでもないでしょう」

 調査団の面々もいっせいに口を開いて自分の感想を述べた。なぞの生物は、一瞬にしてみなの興味をその身に集めた。

「じつに興味深い生きものだ」

 エフ博士が感心の声を漏らす。

 宇宙船のなかに、なにかしらの生物がいることが判明した。はっきりとしたすがたは捕らえられない。だが、そのぴょんぴょんと跳びはねるすがたが調査団の心を強くひきつけた。

 好奇心を満たすのにこれ以上ない生物。とにかく捕まえたくなる生物であった。

「いったいなんの生物なのだろう。そもそもあれは宇宙人なのだろうか」

 エフ博士がうなる。

「どうでしょう。ひょっとして、先に頑丈な動物を送ってきたのかもしれません。われわれ地球人も最初は動物を宇宙空間に打ちあげましたでしょう」

「もっともな意見だな。しかし安全確認はまだ終わらんのかね」

「あとすこしで終了します」

「うむ、いいだろう」

 安全確認が終わる前に、エフ博士はじめ調査団はこれからの段どりについて話しあった。

「どうだろう、あの生物を捕獲することに異議のある者はいるか」

 エフ博士の問いに調査団は首を振った。エフ博士としても調査団としても、いますぐにでもあの生物を捕まえて、すみからすみまで調べたいのだ。人間たちの好奇心は最高潮を迎えていた。

「よし、満場一致だ。確認がすみしだい、宇宙生物の捕獲に移る」

「はい」

 調査団から元気のよい返事があった。

「さて、安全は確かめられたか」

「はい、有毒物質の類は検出されませんでした。また、放射能なども検出されませんでした」

「よし、いいだろう」

 調査団からの回答に、満足気にエフ博士はうなずく。

「さあ、宇宙生物捕獲隊よ。いざ、捕獲だ」

 エフ博士の指示で、ふたりの調査団員が前に出た。安全確認はすんだとはいえ、万が一がないとは言いきれない。頑丈な宇宙服を身にまとう。ふたりの団員は慎重な足どりで、宇宙船に近づいた。

「よし、いいぞ。そのまま」

 無線機からエフ博士の声が飛ぶ。

 ふたりの団員は、宇宙船の前に到着し、そっととびらに手をかけた。

 調査団たちは、片ときも目をはなさず宇宙船を見つめる。

 とびらが開いたとたんに、なかの生物が宇宙船内ではげしく跳ねまわった。

「なにをしている、はやく捕まえろ。船外に逃げたらいちだいじだ」

 エフ博士に言われるまでもなく、ふたりの団員はなぞの生物に飛びかかった。宇宙船の船内にダイブするような形で、なぞの生物を抑えこむ。

「やったか」

 そうエフ博士が言った途端のできごとだった。

 宇宙船のとびらがすばやく閉まり、派手な音を立てて宇宙船が飛びたった。調査団たちがあっけにとられているあいだに、宇宙船はきれいな光の線を描いて空の彼方へ消えていった。



「こんどの獲物はやけに食いつきが悪かったな」

 地球のはるか上空、宇宙船に乗った宇宙人が言う。

「そうだな。でも見ろよ、二匹も捕まえたぜ」

 宇宙人が見ている卵型の宇宙船には、ぴょんぴょん跳ねるエサと、ふたりの人間が捕まっていた。


〈了〉

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