さびれた廃墟の幽か
仲仁へび(旧:離久)
第1話
大学の合間。時間を見つけた俺は、普段生活している街を離れた。
久しぶりに地元に帰省した俺は、なつかしい思い出を思い返していた。
それは子供の頃の事だ。
脳裏に思い浮かべるのは、一人の少女。
かつて俺は、かすかという少女と廃墟で毎日遊んでいた事があった。
自然豊かな地元には、色々な遊びががあったけれど、俺はそこがお気に入りだったのだ。
かつて人がいた温もりがありながらも、空虚な雰囲気がするその建物が、幼いながらも気になったからだろう。
そこで、俺はかすかと毎日鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたりしていた。
しかしある日、そこで事故が起きてしまった。
老朽化した建物の天井が崩れてくるという事故だ。
犠牲者も出たらしい。
その崩落事故が起きてからは、大人に厳しく言われてしまったため、その場所を訪れる事ができなくなった。
だから、久しぶりに行ってみようと思った。
俺はもうそれなりの歳だし、何かあっても自己責任。
口うるさく注意してくる奴はいないだろうと判断しての事だった。
久しぶりに廃墟に訪れた俺は、なつかしい思い出にふけっていた。
そんな俺は、その廃墟の一画でかすかと再会した。
崩落した天井部分から差し込む光。
その下で微笑む彼女は、とても幻想的で、だけど儚く見えた。
俺と同じように年をかさねて成長したかすか。
けれど彼女は、まるであの日から時間をとめたように無邪気で、天真爛漫な性格だった。
そんな俺は、久しぶりに彼女と様々な遊びに興じた。
年甲斐もなくはしゃいでしまったけれど、不思議と気にならなかった。
まるで子供時代に帰ってしまったみたいだ。
けれど、俺はまもなく思い出してしまう。
かすかは、あの時。
子供の頃に起きた崩落事故で、死んでいたのだと。
俺の目の前で、彼女は死んだはずだった。
ならば、この目の前にいる彼女は一体?
そして、改めてよく見て見ると、かすかに影がない事に気が付いた。
俺が今見ているかすかは、亡霊なのだ。
そこに、見知らぬ男女が訪れる。
彼等はかすかの面倒を見ている者達だと言った。
彼らは話す。
まだ、かすかが生きていた頃。
かすかの家の家庭環境は崩壊していた。
父親も母親も互いに罵り合い、喧嘩が絶えなかった。
その諍いは、かすかに飛び火するほどだったらしい。
だから、かすかは家に居場所がなかった。
それで彼女が行きついたのが廃墟だったらしい。
かすかは俺と遊んでいた頃、彼等とも遊んでいたようだ。
やがて、かすかの両親は離婚。
かすかは祖母と祖父に引き取られることになったが、あいかわらず家には帰らなかったらしい。
いきなり知らない人間の世話になるといって、戸惑わない人間はいない。
ましてはそれが、子供ならば。
そんなかすかにとって、安心できる場所は廃墟しかなかったのだろう。
かすかは、生きている間も、死んでいる間もずっとこの廃墟にいるままなのだ。
彼らはどうにかして、かすかを外の世界に連れ出したいと考えていた。
そしたら、きっと成仏できるのではないかとも。
俺も同じ気持ちだった。
かすかの心を自由にしてやりたいと思った。
その日から、あれこれ試した。
かすかに外の話をしたり、廃墟の窓から見える景色に注意を向けてみたり。
けれど、かすかは一向に外に出ようとはしなかった。
どうしてかすかは、そんなにもこの廃墟にいる事にこだわるのだろうか。
俺は、様々な可能性を考えた。
かすかは、嫌な思い出のある家に帰りたくないと思っている。
それは分かる。
けれど、どうして廃墟に引きこもる原因になってしまうのだろう。
考えた末、俺は彼等と共に、かすかの知り合いを訪ねる事にした。
しかし時間制限がある。
俺も彼等も、ホームにしている街がある。
地元に帰って来たのは、通っている学校が長期の休みに入っているからだ。
それを過ぎたら戻らなくてはならない。
だから、焦った。
なりふりかまわず、知り合いの家を探していると、当時かすかの担任だった教師に出会えた。
その教師は、かすかが虐められていた事を伝えてきた。
家にも居場所がなく、学校にも居場所がない。
そして、そのいじめっ子達は、外を出歩いているかすかにもちょっかいを出していた。
謎がとけた気持ちだった。
それで、かすかは誰もこない廃墟に閉じこもっていたのだ。
俺は、もしくは協力してくれている彼らがかすかと同じ学校だったら、かすかを助けてやれたのに。
地元でも違う学校に通っていた俺達は、廃墟以外でかすかに出会う事がなかった。
俺は、いじめっ子であるそいつらの家を見つけて、かすかに謝るように言った。
説得は難航を極めた。
かすかが学校に通ってこなくなった事で、いじめの事が噂になり、そいつらは一時期肩身の狭い思いをしたそうだ。
だから、思い出したくないと言った。
けれど、それは勝手な言い分だ。
そいつらは忘れる事ができたのかもしれない。
しかし、かすかは今も苦しんでいるのだ。
やった方は逃れる事ができても、やられた方には永遠に傷が残る。
そんな事も分からないのか。
だから、謝るべきだと言い続けた。
何度も繰り返し言い続けて、そいつらはとうとう折れたようだ。
一緒に廃墟に来てくれる事になった。
そいつらがやってきたとき、かすかは怯えていた。
けれど、俺達が虐めさせたりしないときちんと伝えた事で、話ができるようになった。
虐めた連中は、かすかに謝った。
出来心だった。
面白がっていた。
そんなに傷つくとは思わなかった。
悪かったと思ってる。
かすかは優しかった。
もう虐めてこないなら、と彼等を許した。
その後、俺達はかすかと共に地元を歩き回った。
かすかにとって、それは何年振りになるのだろう。
様々な物をみて、聞いて、目を丸くしては驚き、楽しんでいた。
やがて、現世に留まる未練がなくなったのだろう。
かつて自分の家だったその空き地の前にやってきたかすかは、俺達に礼を言って消えていった。
彼女の表情は晴れやかな笑みだった。
あの廃墟に幽霊が出る事はもうないだろう。
かすかというつながりを経て知り合った俺達は、互いに別れを告げてそれぞれの街へと戻っていった。
やがてまた、なつかしくなってこの地元に戻ってきたときは、懐かしい事も新しい事も、色々な事の話をしよう。
さびれた廃墟の幽か 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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