学園美少女アイドルに告白成功したと思ったら、彼女はスーパーヒーローでした。
四十物茶々
1‗今日からあなたと同じクラス
四月の風は色々なものを運んでくる。抜けるほど青い空を見上げて、
今日から新しい学年だ。高校生活で一番輝くといわれている二年生になる。後輩ができる期待と不安を胸に秘めながら、通いなれた道を歩いていると背中に大きな衝撃が走った。
「おはよう!」
溌溂とした太陽のような笑顔を浮かべて、少し日焼けした腕が上沢の首元に回る。返事をする間もなく、引き寄せられて眉を顰めた。
「なんだよ、朝から元気だな。
「今日から新学期だろ!今年はお前と同じクラスになるからな!」
「何の宣言だよ」
良く響くテノールで豪快に笑う中学時代からの親友、
「猫じゃないんだよ!!」
大きな掌を弾くと長田は「悪い悪い」と頭を下げた。こんな登下校を初めたのは今に始まったことじゃない。言いたいことを言い合える親友を得たことは、平凡な生活を送っている上沢にとって、平凡なことではない。とても素晴らしいことだと自覚している。クラスの人気者と仲良くできるのは、それだけで上沢の小さな優越感を満たしていた。
この町、水木町は、以前から暴虐なヴィラン集団に狙われていた。
上沢が通っていた中学も以前はそのヴィラン集団に焼き払われ、授業どころではなくなったことがあった。長田と仲良くなったのはあの事件の頃だったと思う。
「あの時は、助けてくれて本当にありがとうな」
逃げ遅れた上沢の手を引き、燃え盛る校舎を走ったのは長田だった。
「何言ってんだよ。俺とお前の仲じゃないか」
本当にいい友人を持ったと涙ぐむ上沢の頭をまた無遠慮にかき回しながら、長田は「あ」と小さく声を上げた。
校門の前をきらきらと輝く黒髪の少女が歩いている。学園のアイドル、
「ああ、せめて湊川さんと同じクラスになりたいな」
「そうだな……」
呆然と湊川を見つめるモブの一人に成り下がりながら、上沢と長田は校門を潜った。下駄箱の前の掲示板に張り出されたクラス分けを示す模造紙の中から自分の名前を必死に探す二人の横に並び立つ、湊川からはフローラルないい香りがした。
「湊川さん、2組だよ」
親切な女子が湊川にクラスを教える微笑ましい状況を見ていると、隣の長田が大きな声で叫び声をあげた。
「ヨッシャァ!上沢!俺たち同じクラスだ!2組だぞ!」
長田に乱暴に肩を組まれて振り回されている上沢の無残な様を見て、湊川が「同じクラスだね。上沢君、長田君」と小さく笑った。鈴を転がすような愛らしい声色に長田にもみくちゃにされながらも上沢は「はい」と小さく頷いた。耳の先まで熱い。
「お前、顔が真っ赤だぞ?」
「お前が振り回すからだろ!?」
長田の顎に手掌を食らわせながら、何とかその水泳部で鍛えた強靭な肉体から抜け出すと先を歩く湊川の後を追った。
湊川さんと同じクラスだ!心臓が早鐘を打っている。階段を心臓の音と同化させるように駆け上がる上沢を長田が文句を言いながら追いかけてくる。足取り軽く走る上沢のその先を歩く湊川の足元に、窓を割って投げ込まれてきた石が転がった。
「きゃっ!?」
「大丈夫?湊川さん!」
「どいつだ!俺がとっちめてやるぜ!」
思わず伸ばした腕が湊川の肩を抱いた。走り出す長田の背中を二人で唖然と見つめながら、転がった石を上沢は掴んだ。緑色に輝く謎の鉱石のようだ。気分が悪そうな湊川に肩を貸し、上沢は石をポケットにしまった。後で先生に報告しよう。
「ありがとう。上沢君」
「いいよ。先生には僕から報告しておくから、湊川さんは教室で休んでて」
「ありがとう」
はにかむ湊川の笑顔はさすが学園一のアイドルと言われるだけある、美しいものだった。
教室に辿り着くと、先に到着していた長田が「すまん。見失った」と頭を下げた。
「別にお前のせいじゃないだろ」としょげる肩を叩き、湊川を適当な席に着席させると、上沢は先ほど拾った石をおもむろに取り上げた。
「変な石だな」
「だよな」
二人で覗き込んでいると不思議に思ったらしい湊川が小首をかしげた。
「いや、綺麗だなぁって」
「そうなの?」
湊川の前に転がすと彼女はぎゅっと眉を顰めた。まぁ、自分に向かって投げられた石だ。いい気分はしないだろう。
「先生に報告してくるよ」
「頼んだぜ。上沢」
「お願いします」
二人に手を振り教室のドアをピシャリと閉めると上沢は、自分の右腕を見つめた。
不可抗力とはいえ支えた湊川の体は、とても軽く、羽のようだった。しっとりとした肌の感触も、鼻孔を擽るフローラルの匂いもすぐに思い出せる。
役得万歳、と思いながら小粋なスキップで職員室に向かう上沢を周囲の人間は首をかしげて眺めていた。
報告の結果は、様子見だった。湊川が直接狙われたという実証も出来ず、犯人も捕まっていないため、妥当な判断だと上沢も思う。
ここで、噛み付き、食い下がる程彼も子供ではないし、物証の石を素直に先生に手渡すことにした。
緑色の鉱石がキラキラと手の中で輝き、「こんなもの投げるなんてなんて奴だ」と眉間を顰める先生に同意し、職員室を後にする。
職員室の対角線上の窓がキラリと輝き、一瞬視界が眩んだ。手でサンシェードを作り、窓を覗き込むと太陽の反射らしい。日差しが冬の物と変わっていることを実感しながら、上沢は足早に教室へと帰った。
教室のドアをガラリと音を立てて開けると、髪が乱れた同級生達がぐったりと机に突っ伏している。
驚愕の顔をする上沢に気づいたらしい長田がふらふらと手を振って彼を呼んだ。
「何があったんだ?」
「いや、別に?早朝の運動をしてただけだぜ?」
「俺がいない間にすることか?それ!」
「まあまあ、気にするな親友」
「気になりすぎて夜しか寝れんわ!」
「わはは」と大声をあげて笑いながら乱れた髪を手櫛で整える長田の横顔は、さながら乙女ゲームから出てきた攻略対象の運動部員だ。などのエフェクトがかかって彼を彩っている。
「それはそうとして、湊川さんは?」
「トイレじゃね?」
直後綺麗に身だしなみが整った湊川が静かに教室の引き戸を開けて入ってきた。
「あ、上沢君、ありがとう」
「様子見だって。役に立てずにごめんな」
手を挙げる上沢にゆっくりと首を左右に振って湊川は、「そんなことないよ」と笑った。その笑顔は、まるで花が咲き誇る様に美しい。
上沢は、生きててよかったと実感する。
新学期早々学園のアイドルに感謝される人生など今まで想像できなかった。
そう、何を隠そう彼はいわゆるモブなのだ。
親友の長田と比べたら月とすっぽん。生きる平凡。
特筆して高い所もなければ低い所もない、全く何も騒がせることのない人生を送ってきた、顔面偏差値平均点の男だ。
家族は、両親と2つ下の弟が一人。今年受験生の為、荒れに荒れており、近づくのが恐ろしい。深夜までゲームをしていたら背中を蹴られたなどしょっちゅうである。よく兄弟喧嘩もする。
友人は多い方だが、彼女がいた経験はない。誰よりも彼女というものに憧れており、いわゆる普通の人生を歩みたいと思っているが面倒なのだ。
他人と深くかかわると割とろくなことがない。
「上沢の席ここな」
勝手に席を決めて、机に彼のカバンを放り投げた長田の脇腹に一発拳を叩きこみ、上沢は言われた通り席に着いた。床に無残に転がる長田の事は無視だ。
教室が新学期とクラス替えに沸き立っている。ザワザワと煩い中、湊川だけは変わらず美しい。彼女の周りに集まる女性たちも併せて美しく見える程、彼女は輝いていた。
*
「決めた」
「何をだよ?」
購買戦争に勝利し手に入れたカスクートを咥えながら、長田は隣でこぶしを握り締めている上沢を見つめた。
こういう時は碌なことがないことを経験上知っている。
「俺、湊川さんに告白する」
「はぁ!?」
平凡な人生に飽き飽きしていた。全て決められたレールの上だけを走るのはもう沢山だ。
平凡な人生でも、何か一つ分ぐらい輝いたことをしてみたい。それが例え叶わない事だったとしても……。
上沢は強く拳を握り「俺は決めたぞ」ともう一度長田を見た。真っ黒な瞳の奥に強い炎を感じて、長田は「降参」と両手を挙げた。
「でも、湊川性格悪いぞー?アイツ自分が高嶺の花だって分かってるからすごい高飛車だし……」
「そんなことないだろ!」
湊川の悪口を言おうとする長田の口を塞いで、上沢は大きな声でその言葉の続きを遮った。
滅多に声を荒げることのない上沢の怒声に教室がシンと静まり返り、口を押えられている長田も呼吸を忘れた。
静かな空間に時計の針の音だけが響き、コチコチと時間の経過を知らせている。
「お前から、人の悪口は聞きたくない」
「ごめん……」
素直に頭を下げる長田の頭をガシガシと強くかき乱して「朝のお返しだ」と上沢は口角を挙げた。
その顔を見て、長田の顔がほっと緩む。男らしく力強い眉が下がるのを見て、上沢は小さく噴き出した。
「俺たちは変わらず親友だよな!」
「当然だろ?!」
肩に腕を回してダル絡みをしてくる長田の脇腹に肘鉄を叩き込みながら、上沢は長田の机に忍ばせる手紙を作成することを決めた。
直後、窓際が熱くなり長田と二人飛びのくと、熱変形に耐えられなかったガラスが音を立てて割れ、教室内に零れ落ちた。
「手を挙げな!ネヴァーウィッチーズだよ!」
割れた窓ガラスから突如現れたのは全身ミリタリーの赤髪の女性だった。
両の手を赤く弾けるほど熱い炎が覆っている。先ほど窓ガラスが変形し割れたのも彼女の仕業なのだろう。
騒然となる教室の中、長田と二人机の下に潜り込んでいると、女は騒ぐクラスメイトの机を燃やした。
目の前に机が燃え出したため騒がしい少年たちは、まるで蛇に睨まれた蛙のように口を閉ざして床に転がった。どうやら気絶したらしい。
あーあ、新学期早々教科書燃やされるなんてツイてないヤツだな。
水木学園が位置する兵庫地区は、一見平和な町であるが、日々、ヒーローとヴィランが戦い続けるゴッサムシティも真っ青な修羅の町と言われている。
ネヴァーウィッチーズはその中でも最恐と言われるヴィラン集団であり、主なターゲット層を子供にしている為、警察もヒーローも厳重な警戒を敷いているいわゆるお尋ね者だ。
「騒ぐんじゃぁ、ないよ」
ねめつける様に教室を見渡し、舌なめずりをするネヴァーウィッチーズの一人に、長田は「チッ」と小さく舌打ちした。相変わらず血気盛んな奴だ。
上沢といえば、触らぬ神に祟りなし、極力平和に生きたい為何事にも順応しようと生きている。これが平凡の力だ。
ヒーローになれるはずがない。別に諦めているわけではないが、ヒーローとはもっと選ばれた人間が行うことだと思っている。
平凡の鏡である、上沢は今日もこうやってそっと床に伏せるのが精一杯の抵抗であった。
教室を高いヒールでカツカツ音を立てながらウィッチーズが練り歩く。腰をくねらせないと歩けないならそんな靴は履くべきではない。もっと、戦闘に適したものがあるだろう。
そう思いながら、上沢は床のシミを数えていた。直後教室のドアを破壊する音がして教室の全員が視線を向けた。
「ストロングリバーだ!」
誰かの歓喜の叫び声とともに、赤と青の独特のヒーロースーツを着込んだ巨漢が教室に殴り込んできた。
大きく胸にヒーローの証を持つ彼は、町でストロングリバーと呼ばれる凄腕のヒーローだ。
唸りを上げる拳がウィッチーズの工作員を捉えるのはあっという間で、ベキといい音を立てて彼女は折りたたまれた。
だから、戦闘に向いている靴があるはずだと言ったのだ。ウィッチーズのある所、必ずヒーローが現れる。それが世の摂理なのだ。
綺麗に二つ折りにされてロープで結ばれた工作員が、警察に連行されていくのを割れた教室の窓から長田と共に眺める。
えぐえぐ嗚咽を零して「私、名乗りも上げてないのに」と警察に縋りつく工作員の姿はさながら、スーパーのお菓子売り場で駄々をこねる子供だ。
「ヴィランってバカなのかな?」
「頭はよくないだろうな」
上沢の真摯な問いに頭を押さえながら回答する長田の顔は、どこか疲れたようにも見える。
「あの阿呆が」
吐き捨てるように呟く長田の言葉が、上沢の耳に入ることはなかった。
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