夢の舞台へ 【Act 1】
須川 庚
#1 星宮清華 遠くなった場所へ
第1話 プログラムお披露目
夏休みに入る前、七月に行われた大会に出場している。
ホームリンクとして使っている
いままで慣れ親しんだ大会なのに、全然違う感じがしてきていた。
東原スケートセンターを運営している会社の当時の会長さんの名字をつけたのが始まり。
春夏秋冬の花の名前を組み合わせたオールシーズンの大会が作られて十五年目になる。
わたしはそれにスケートを始めたばかりの頃から出ている。
大会は二日目になって、ジュニアとシニアの男女シングルとアイスダンスのフリーが始まろうとしているんだ。
わたしはショートプログラムではトリプルルッツが転倒してしまったので、順位は五位に残っていた。
そのときにジャージを着ながらストレッチとウォーミングアップをしていく。
だんだんと女子の時間が近づいてきて、ドキドキしている。
この大会が初めてのシニアデビューの試合になるのかもしれない。
慣れ親しんだリンクで大会に挑むことができるのが、とても楽しみだった。
更衣室で衣装に着替えてきてジャージを羽織って東原
そこにいたのは同じ背丈の男の子だったのを見て、少しホッとしてイヤホンを取って手を振る。
それは衣装にジャージを羽織っている子がこっちに来た。
「
「うん。おはよう。
でも、女子と話すことが少ない千裕くんとはよく話す関係で話題とかの興味が一緒になっている。
「お互いにフリーをいいものにしようね」
「そうだな。女子、そろそろなんじゃない?」
「あ、うん! 行ってきます」
わたしは慌ててスケートシューズを履いてリンクの方へと向かう。
今シーズンのプログラムはここで初めてお披露目することになっているんだ。
衣装は白地に濃淡の違う青の刺繍とラインストーンがつけられて、スカートはスピンやツイズルのときにフワッと広がるタイプだ。
イメージは冬の雪原のような感じで、青空と雪原という形でとてもきれいなものになっている。
シューズのエッジケースをしたまま待っていると、リンクサイドにきれいな衣装を身に付けた選手たちがこっちに来ている。
そのほとんどが都内や近隣の県で強豪と言われているクラブの選手たちで、去年の全日本選手権に進出した選手もちらほら見える。
わたしの隣にはかつて東原FSCで練習をしていた先輩で聖橋学院大学に進学したかりばの
スケートを始めた頃からとても仲良くしてくれていて、自分にとってはお姉さん的存在だったの。
「美樹ちゃん。これからシニアでもよろしくお願いします」
「うん。今回は負けないよ! 清華ちゃん」
美樹ちゃんは結城ひまわり杯に出場していて、毎回表彰台に上がっている選手だ。
わたしの実力がどこまで通用するかはわからないけど、がんばって演技をしたい。
『これより結城ひまわり杯、シニア女子フリースケーティングを開始します。第二グループの選手の方は練習を開始して下さい。練習時間は六分です』
会場に響いたアナウンスと同時にリンクへの入口が開いて、羽織っていたジャージとエッジケースをコーチに預けてリンクに入った。
選手紹介のアナウンスが流れた後に選手たちが練習を始めていく。
わたしが最初に跳ぶのはトリプルルッツ、ジュニア時代に安定してきたけどまだ不安定なことが多い。
美樹ちゃんもきれいにトリプルルッツ+トリプルトウループをきれいにおりて、わくわくしているような表情をしているんだ。
わたしはようやくトリプルルッツまで跳べるけど、八年前はまだ初心者だったのがびっくりしているんだ。
他の選手は難しい入り方で踏み切っていくジャンプがとてもうらやましいなと思ったりしている。
練習時間は残り半分、わたしは先生から残りのジャンプを跳ぶようにと言われた。
「それじゃあ。清華さん、フリップからのコンビネーション、行こうか」
「はい」
わたしは得意としているトリプルフリップを跳んだ後にトリプルトウループもきれいに決まった。
ギリギリまでジャンプの確認をしてから六分間練習を終えてから、最初の滑走なので深呼吸をしてから演技に向けて準備はできていた。
「清華さん」
「はい。行ってきます」
『七番、
今シーズンの演技はとても良いものにしたいと思っている。
エッジが氷を削る音が会場内に響き、ポーズを取って曲が流れるのを待つ。
流れてきたのは強い風の音、すぐに凍える手に息を吹きかけるよう振付をしてから、バッククロスで天に祈るように手を合わせていく。
風が吹き荒れるなかでピアノのメロディーが聞こえて、しだいにオーケストラの演奏が増えていく。
そのメロディーに聞き覚えがある人はハッとしていると思う。
朝比奈淳也選手の現役最後に使っていたプログラムで、アイスショーで幼い頃に観客席から母さんに抱かれて見たことがあるものだった。
氷の上を滑っていく感触が足の裏から伝わってきて、すぐに次のダブルアクセルを跳ぶ。
得意のアクセルジャンプはとてもきれいに余裕たっぷりに着氷することができた。
有名なメロディーが流れてきて、大きくリンクを使って滑っていく。
次に予定しているトリプルルッツにも大きな拍手が起きている、残りのジャンプは後半に予定しているコンビネーションジャンプだ。
着氷の勢いに乗ってフライングキャメルスピンという、飛び上がってからT字の姿勢のままスピンをしていく。
スピンが終わってからはステップシークエンスが始まって、和楽器の音楽が重なってきて早いスピードで踊っていく。
スケートが始めた頃はジャンプを跳びたいとか考えていたけど、ノービスになる頃にはスケーティングもきれいな選手になりたいと考えていた。
そのあとに足換えのコンビネーションスピンをしてからはホッとして、すぐに最後のジャンプを跳ぼうとしているところだった。
あっという間に演技は終盤になっていくのがわかるみたいだ。
最後のトリプルフリップ+トリプルトウループを着氷し、直後にイーグルをして背を反るレイバックスピンを始めた。
回転を数えながら軸足じゃない方のエッジに手にかけて段階的に頭の上へと持って行く。
まるで花の蕾のような形――ビールマンスピンをして、その足を下ろして回転をピタッと止めてポーズを取る。
一瞬の静寂から拍手がしだいに大きくなってきた。
わたしはお辞儀をしてからリンクの出口に出て、得点が出るのを待つことにしたんだ。
コーチの加藤先生がこちらを見て、エッジケースとジャージを渡してくれた。
「清華さん。ラストのレイバックからのビールマン、回転が怪しいの以外は完ぺきだったよ」
「え、よかった……のかな? まだこれから大会とかありますし……そこを何とか改善しないとですね」
「そうだね。清華さん、そろそろ出るよ」
先生の言う通りすぐにアナウンスが聞こえて、電光掲示板にも得点と順位が表示されている。
合計得点でもまだ一番滑走なのにかなり高い点数が出て、去年のフリーの得点をわずかに越えていた。
それの点数に会場内はどよめきが起きていて、とてもびっくりしてしまったんだ。
「結構高い点数ね、これなら全日本でも最終グループに残れると思う」
「ほんとですか? まだこれからなので、油断はしません」
「わかったよ。次は友香さんたちが出るから、先に行くよ」
「はい。わかりました」
わたしはスケート靴からスニーカーに履き替え、ジャージを羽織ってから客席に向かった。
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