真っ赤な年越し蕎麦

白銀 来季

特別な年越し蕎麦

 私は、小さな頃から高校を卒業するまで、毎年かかさず年越し蕎麦を食べていた。しかしそれは、なにも私が食べたいと言っていたからではない。


 大晦日。私たち家族は、いつも近所の銭湯へ行った帰りにお寿司を買って、その特別な一日を彩っていた。そして、新年を告げる鐘の音が聞こえるまで三時間ほどになると、そんな一日を締めくくるものが机に並べられる。それは、いつも質素な年越し蕎麦だった。少し硬めの蕎麦に薄味のつゆ、そこにかき揚げが一つだけのっている、そんな蕎麦だ。


 私は幼心に、特別な一日の締めがどうしていつも通りの、いや、むしろいつもより簡素な蕎麦なのか、不思議でたまらなかった。それは仮にも特別な一日を締め括るものなのだから、珍しい食材を入れてみるだとか、トッピングを増やすだとか、高級な蕎麦屋さんへ赴くだとか、そういった方がよほど大晦日にはあっているというのに。


 それでも、私は毎年必ず出るそれをかかさず食べていた、七味唐辛子を増し増しで。それは、幼い私のせめてもの抵抗だったのか、辛いものなど全く得意ではなかったが、その蕎麦には、なんとか普段とは違う特別感を出したくて、私は自然と溢れる涙と戦いながら、毎年それを食べるようになった。


 

 … 最後にそんな年越し蕎麦を食べたのはいつだろう。

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