運命は扉なんか叩かんやろ

石谷 弘

運命は扉なんか叩かんやろ

「バカな。トラキチ隊は何してんのや」

「トラキチ隊は全滅。ミナミの漫才師集団に一瞬で沸かされてまいました!」

 その間にも階段の上からは盛大な笑い声と爆発音が聞こえてくる。

「むごいことを。ヒョウ柄ーズの半分を向かわせえ。スイタにも援軍要請を。絶対にウメダの地下ダンジョンは守り切れ」

 はっ、と短く返事をして黒黄のペアアフロの男女が串カツ屋から去っていく。

 残されたのは立ち食い串屋の主とみられる魔人。薄青いその身体は胸元で煙に変わっており、カウンターに置かれたソースポッドの口に繋がっている。紫のベールをまとった客の女がそのソースポッドに豚串を浸す。

「で、八十年せっせと包丁研いできた砥石が偽物やとはどういうこっちゃ」

 大男の魔人が凄むが女は意にも介さない。

「偽物とは失礼な。よく研げただろ?」

「半分擦り切れるまで使い込んだが、変化へんげの材料になった人間はどうなるんよ」

「さあ。試したこともない。ミナミの漫才師なんざ粉になっても構わんのでな」

 それより、と女がカウンターのビリケン像のソフビ人形をつつく。

「まさか弟子までやられるとは」

 それを指で滑らせると魔人は慌ててソースポッドを移動させる。カウンターの端のフグの水槽に当たって人形が止まる。

「止めてくれ。吸い込まれる」

「砥石は触っても平気だっただろうが。こっちも変化の口は閉じてるから大丈夫だ」

 女は笑うが魔人は渋い表情を崩さない。

「戻してはやれんのか」

「一度戻したんだが止めたんだ。今はこのままの方がいい」

 女の顔に哀れみの情が浮かぶ。

「胸に鋭い突っ込みの跡があった。ミナミの漫才師、それも相当な手練れだ」

「砥石を盗んだ奴か?」

 竹筒に串を立てて、たぶんなと頷く。

「問題は盗まれた状況だが」

「主殿の弟子を倒して侵入してきたんやろ?」

 出されたシシトウを女が口に運ぶ。

「かもしれん。が、この子が裏切った可能性もある。最近、反抗期だったからね」

「跡継ぎとして何も教えんかったからやろ」

「私の占いは出鱈目だもの。それに私の次の身体候補であって跡継ぎじゃない。なんにしても、なぜ今ここにいたのかだ」

 悪魔が、と魔人が毒づく。

「砥石のことを調べて盗んだのなら不味い。この戦い、負けるかもしれん。逆に内戦に便乗してお前に挑戦しに来てただけなら、向こうもまだ本気ではなかったってことだ」

「留守に来た割にはえらい手土産やな。厨房はスパイスの匂いがあるし誰が入ったかは嗅げば分かるが。どっちが盗ったにしても、我も知らんかったもんをどうやって」

「お前、『店で一番古いのはこれだ』って何度か話の種にしていただろ。どちらにせよ、現状証拠はないさ。落ち着くまでは嗅いで回る余裕もないだろうしな」

 その時、ヒョウ柄シャツの女が駆け込んでくる。

「おったで。泉の広場や」

 言い終わらない内に女と魔人が走り出す。

「うちらは」

「例のもん用意しといてくれ」

 ソースポッドからは引き伸ばした綿のように煙が続いている。

「お前、足あったんだな」

「普段こちら側に出してないだけや。泉の広場まではもたんが」

 それより、と既に侵入していた食い倒れ人形やグリコをなぎ倒して魔人が振り返る。

「なんで砥石なんかにしたんや」

「必死だったんでな。今はだいたいフグにしているから店も賑やかでいいだろ」

「そういうのは主殿の店でやってくれ」

「占い商店街は遠いんでな。おっと」

 地響きと共に天井がバラバラと落ちる。同時に魔人のスマホが震え出す。

「太陽の塔が着いたみたいや」

「あれはキタの物でないから止めておけと言ったのに」

「連合軍やって情報があったからな。ナラから援軍が来んとも限らんし。ここか」

 緊急事態で締められたシャッター街の先では白黒の縦縞シャツ軍団が待ち構えている。

「やっぱりおったか。用意はええな」

 魔人が振り返ると、ヒョウ柄ーズがそれぞれの手にカーネルサンダース像を持って構えている。

「突撃!」

 魔人の怒号を合図にヒョウ柄ーズがシャッター街に雪崩れ込む。走りながら女がバッグからオレンジ色のメガホンを見せる。

「裏切り者め」

「いいだろ、これくらい。それより見つけたら教えろ。これで触れれば魔法を掛け直せる」

 ヒョウ柄ーズの圧に押されて、縦縞シャツ軍団が瓦解していく。

 乱戦状態の泉の広場に入ると、奥に漫才師の集団。中心ではハリセンを脇に差した男が指の生えた砥石を掲げて儀式をしている。

「行け」

 魔人が集団をなぎ倒す。魔人と砥石を持つ漫才師の視線が絡み合う。漫才師が慌ててハリセンに手をやるが、構える前にみぞおちを拳が見舞う。崩れる漫才師の手から砥石が離れ、宙を舞う。魔人は半身でかわし、鼻を近づける。魔人のすぐ後ろの空中で砥石が停止する。一瞬気付くのが遅れた魔人と砥石の距離は拳ひとつ分。砥石が膨らみ、中から両手の指先と禿げ上がった額が現れる。そこにメガホンを握った女が飛び掛かる。

 次の瞬間、

                〈了〉

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運命は扉なんか叩かんやろ 石谷 弘 @Sekiya

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