「理由がなければ世界を滅ぼそうとしてはいけないの?」 問いかける少女の瞳に映るあの蠢きから目が離せなくて このまま全部終わってしまうのもいいかもしれないと思ったなんて、絶対に誰にも言えないんだ

美月ハル

第一章 はじまりのDM

 2020年10月。

 春以降の某世界的な感染症の流行による影響は至るところに及び、私たちの日常生活は大きく変わってしまった。

 リモートワーク、ソーシャルディスタンス、徹底的な感染対策。街を歩く人は減り、繁華街に見かける人はまばらなままだ。

 とはいえ、10月ともなると、非常事態宣言下や解除直後に比べれば日常が戻ってきたようにも感じる。それでも、去年の今頃とは大違いだ。


 去年の今頃のことに思いを馳せる。

 元号が令和に変わった喧騒はひと段落。街のありとあらゆるところがオレンジ色のカボチャで飾られ、パリピたちはもうすぐやってくるハロウィンパーティに着る仮装のことで頭をいっぱいにしていた。

 あらゆるドン・キホーテでコスプレが売れに売れ、あらゆる100均で安っぽいフェイスペイントが絶え間なく入荷され絶え間なく売れていく。


 ハロウィーンは今年もやってくる。

 10月31日は、もう何度か眠って起きれば否応なしにやってくる。


 別に今年ハロウィン感が特別ない、ということはない。

 あと数時間すれば、ここ数年ハマっているソシャゲのハロウィンイベントガチャが始まるし(推しの新衣装SSRが実装されるのだ)、たまに使うECサイトではハロウィン特集が組まれている。散歩の最中に通りかかった花屋では例年通りにカボチャが売られ、コンビニにはパンプキンプリンが登場した。

 そうなのだ。毎年ハロウィンパーティに参加するような陽キャではない私としては、今年のハロウィンは、何ら特別ではない。

 ささやかにコンビニのパンプキンプリンを食べ、ソシャゲのハロウィンイベントを読む。

 例年通りのハロウィンが待っている。


 はずだった。


 ***


「あーーーーーッ!! 出ねえ!! 貯め石もう10連分しかねえ!!!!!」


 ベッドの上にスマホを放り投げ、私は頭を抱えた。

 リリース直後から楽しく(?)プレイしている、アイドル育成ゲーム「AI DOOLs」。そのハロウィンイベントガチャが30分ほど前に始まった。これまでログインボーナスや各種イベント報酬で配布される、いわゆる「石」を頑張って貯めに貯め、今回のハロウィンイベント初めて実装される推しのSSR衣装――めちゃくちゃレアで最高のカードを、ぜったいに手に入れるべく意気揚々とガチャをまわした。回したのだが、惨敗である。

 10連を9回、何も来ない。

 逆になぜ?

 AI DOOLsをプレイし始めたころは、正直なところソーシャルゲームなんてものは馬鹿にしていた。カードとかいうただの絵、ただのデータのために課金するなんて愚の骨頂だと思っていた。しかし、彼女に出会ってから考えは一転した。

 推しというものは素晴らしい、いや恐ろしい。

 彼女――陸兎ユミハはAI DOOLsに登場するアイドルの1人である。「AI」Dollsというタイトルの通り、登場するアイドル達はみなAIという設定である。AIである彼女たちがアイドル活動を通じて、人間を知り、アイドルを知り、プロデューサーであるプレイヤーと交流を深めていく。ユミハはうさ耳×ボーイッシュがテーマの女の子で、ダークブロンドのふわふわしたボブカットに白いうさ耳がチャームポイントのアイドルだ。ユミハはうさ耳キャラなのに肉食で、いつもライブのあとにはハンバーグを……。

 いけない。推しの話となると、つい早口になってしまう。


 とにかく、推しの新カードが引けなかった私は、ベッドに放り投げたスマホをそのままにパソコンの前に移動した。そこそこのスペックのマシンにデュアルディスプレイのモニター。片方のモニターには常にTwitterが表示されている。

「うー……なぜ引けないのだユミハ。なぜ我が家には来ないんだ……」

 残っている石で最後の10連をまわすか、それとも課金して石を追加するのか。いや、来る、ぜったいに。そう自分の言い聞かせるが、ゲームに向き合う勇気のない私はTwitterの検索窓に文字を打ち込む。


「AI Dolls 爆死」


 ツイートを新着順でソートすると、同じくハロウィン衣装ガチャでいいカードが引けなかった同士たちの阿鼻叫喚の声が現れる。


「100連してSSR0枚ウケるwwwwww」

「取り敢えず諭吉溶けた。食費に手を付けます」

「陸兎未実装では?」

「試しに1回単発で回したらユミハちゃん来ました~♡ 爆死しなくてよかった♡」


 カッチーン


 最後のツイートを見て、完全に頭に血が上った。

 神よ、これが物欲センサーですか?

 どうしてこんなニワカには単発でユミハが来るのに、私のところには来ないんですか?

 呪詛じみた思考を文字として吐き出すべくキーボードに手を置く。

 ふとその時、メッセージのところに①の通知バッジが光っていることに気が付いた。

 DMなんて珍しい。

 なんだか少し頭が冷え、私はDMを開いた。


 送り主は……誰だこれ? アイコンは真っ黒。ユーザー名は何語かわからない、アラビア語的な読めない文字で何文字かすらわからない。アカウントは初期のランダム英数字だろうか?

 よくある乗っ取られて不特定多数にレイ×ンのサングラスの宣伝を送り付けるみたいなやつか。

 URLが送られたならば、クリックしなければいい。

 そう思いながらメッセージを確認すると、そこにはただ一言だけ。


 @hello_saweco


 と書かれていた。


「……誰かのTwitterアカウント?」

 少し考えるが、アカウントに思い当たるものはない。相互フォロワー、フォローはしていない仕事やプライベートの関係者、みなのアカウントを覚えているわけではないが、見覚えはない。

 嫌がらせか晒しだろうか。なんだか嫌な感じだ。


 SNS上での小さなコミュニティは、小さいながらもどこの田舎だよ……と言うくらい濃密に繋がることが稀によくある。朝はおはようから夜はおやすみまで繋がりっぱなしだ、なんて人もいるかもしれない。仲良しこよしなうちはいいけれど、どうしても人間が集まれば負の感情を抱くことだってある。

 最終的には嫌がらせをされたり、晒されたり、ネットいじめに発展してしまうこともある。

 その類だったら、嫌だなあ。

 と頭では分かっているのだが、好奇心は止められない。

 私はついつい送られたアカウントを覗きに行ってしまった。


「@hello_saweco、ね……」


 DMで送られたアカウントをコピーし、検索窓にペーストする。すぐにそのアカウントがサジェストされる。


 ****のアイコン、ユーザー名は……眉國サヱコ――みくにさえこ、だろうか。


 自己紹介欄、いわゆるbioと呼ばれる部分にはこう書かれていた。


 G県在住JK3。小説/読書/オカルト/都市伝説/Youtube/サブカル。非リア垢


 どうやら女子高生らしい。いや、自己紹介で女子高生と名乗っているからと言って、本当に女子高生であるかはわからない。それがインターネットだ。嘘を嘘と見抜く必要はないが、嘘が含まれていることは常に認識していないといけない。

 なんでこのアカウントが私に送られてきたんだろう?

 何気なく彼女(仮)のツイートをたどっていく。


 某都市伝説系Youtuber、さすがにネタ被りヤバくない? パクリかはわかんないけど……


 友達と月見バーガー。昨日ダイエット始めるって言ってたのにJKのダブスタきつすぎ


 やっぱり事故物件観に行きたい。でもひとりで映画観るとすぐなんか言われるからやだ。あ~あ


 そんなつぶやきが並んでいる。

 ソシャゲ廃人たちのように数分おきの鬼ツイートをしているわけでもなく、ほどほどにつぶやかれている言葉たちは、なんてことのない女子高生の日常のように見える。やや趣味は中二病を感じなくもないが、オカルトは面白い、私も好きだ。自分も学生の頃はインターネットで名作オカルト話を読み漁ったり、図書館でラブクラフト全集を借りては読み切れずに返したりを繰り返したものだ。

 そうした行動や言動も、「イタい」と言われることはある。

 高校生なんて学校という小さなコミュイティにしか居場所がいない年代なら尚更である。

 そうした流れでこのアカウントが、何故か巡り巡って私のAI Dollsアカウントへ送りつけられたのだろうか。世知辛い世の中である。


 そんな事を考えながら、いくつかツイートをたどってみる。

「ん……?」

 なんだか違和感を覚えた。


 学校に向かう公園で桜が咲いていた。10月なのに。

 やっぱり、これはあの儀式の影響なんだ。すごい。


 ツイートにはご丁寧に桜の写真が一緒に掲載されていた。接写で撮られた、満開の桜。

「儀式……?」

 オカルト趣味の女子高生が、何らかの儀式を行い、その結果実際に季節外れの桜が咲いた。そう読み取れる。なかなか考えられないが、日本も狭いとはいえ広い国だし、長い歴史のなか秋に桜が咲くこともあるかもしれない。

 一気に興味を引いた私は、彼女のツイートをさらにさかのぼっていく。


 日常のツイートの中に、不意にその儀式についての言及が現れ出した。


 やっと終わった~~! 準備のほうがしんどいかと思ったけど、実際やる方もしんどい! 


 *儀式 

 買い物 珈琲豆、蜂蜜、金平糖、入れる瓶(かわいいの探す)

 準備 人気者の髪(委員長の櫛から)、憎まれものの汗(担任のハンカチから…)、処女の経血(……)


 なんだか可愛らしい女子高生語で、全然可愛くないものが並んでいる。いや、逆に可愛いのか?

 想像上のオカルトの儀式らしい物品の並びだが、「入れる瓶(かわいいの探す)」というような言い方のディテールが女の子らしくて微笑ましい。

 そしてそのもう一つ前のツイートには、こんな事が書かれていた。


 例の「偽書MacGuffin」を読み返している

 やるぞ、やるぞ、やるぞ!


 と、何かが書かれたハードカバーの本飲み開きの写真が添付されている。

 私は、目を丸くしてしまった。

 文脈から読み取るに、おそらくこの本に例の儀式とやらが載っているのだろう。それでつい試してみたのか。

 全然彼女のことは知らないが、一般論で言えば高校3年生なんてストレスの宝庫だし、つい怪しげなことをして、1人悦に入りたいのも理解できる。それだけならば微笑ましい若気の至り、青春の恥かしい思い出の一つだ。


 彼女のツイートからわかったことをまとめてみる。


 アカウント「眉國サヱコ(@hello_saweco)」は、自称「G県の女子高生」。

 オカルト趣味があり、どこからか「偽書MacGuffin」なる本らしきサムシングを手に入れる。そしてそこに書かれていた(?)怪しげな儀式を行う。

 その結果として、彼女の家の近くの公園で季節外れの桜が咲いた。


 最後の因果関係がまったく不確定だ。

 そんな偶然も、自分の行ったことの結果だと思い込みたい、若さゆえの思い込みだろう。


 しかし、もしも、もしも。彼女が行った儀式が、本当に世界を少しでも変えたのなら?

 私は知りたくなってしまった。


 彼女が住む「G県」。Gから始まる都道府県は「群馬県」、「岐阜県」の2つだ。もちろん、bioに書かれたことがフェイクである可能性もあるが、一旦信用して調べてみよう。

 とりあえず私が住む東京から近い群馬県からだ。

 桜が咲いたということは、異常気象が起きたのか事が考えられる。WEBブラウザを立ち上げ、「群馬県 天気」で検索する。


「なんだこれ……」


 有名ニュースサイトのニュース記事が検索トップに表示される。詳細を見るためにニュース記事へアクセスするまでもない。だって、ニュースの見出しからしておかしいのだ。


 群馬県はじめ北関東に異常気象。昨日の残暑から一転午後からは猛吹雪


 検索結果をよく見てみれば、10月半ば以降の異常気象への警戒を呼びかけるニュースで埋まっている。

 普段からテレビは見ない、ニュースサイトも特に見ない。10月は仕事が忙しかったこともあり、仕事をしているかソシャゲをしているか、TwitterのAI Dolls垢に引きこもるかの生活を送っていたせいで、世間の事情に疎くなっていたようだ。

 にしても疎すぎないか?我ながら。

 これこそ偶然に違いない。シンクロニシティというやつだ。

 占い師に占ってもらって「あなた、地獄に落ちるわよ」と言われた後になにか悪いことが起きたら、「あの占いは当たっていたんだ……」と思いこんでしまうやつだ。実際は占い云々は関係なく、悪いことは起きるときは起きる。

 たまたまG県でおかしなことが起きるちょっと前に、「偽書MacGuffin」という本をもとに儀式を行った女子高生がいた。それだけのことだ。


 しかし、ならば誰がどうして彼女のTwitterアカウントを私に送ってきたのだろう。


 子どもじみた妄想が浮かぶ。

 世界の危機、選ばれしもの、冒険の始まり。


 そんなことを本気にしたわけではない。

 本気にしていないが、気になってしまう。

 見てみれば、彼女はDMを誰からでも受信できる設定になっている。


 よし、彼女にDMを送ってみよう。

 送るだけならばタダだ。変なナンパ野郎と思われるだけだろうが、それでもいい。

 送ってみて、それで忘れよう。


 さて、なんて送ろうか?

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