同じ時間を生きたいなら
取り敢えず沙苗の血を吸い、彼女を一旦吸血鬼にすればクスリは抜けるだろう。
問題はその後だ。早苗にクスリを渡した先輩、恐らくその先輩も十代の子供の筈だ。
そんな子供にクスリをばら撒いている誰か。
とにかくその誰かを捕まえないと、問題の根本的な解決にはならない筈だ。
「ねぇ、真咲……どうするの?」
「……あんまやりたくねぇが、その子は一旦吸血鬼にするしかねぇだろ」
「……どうして真咲は子供の血を飲みたくないの?」
「……吸血鬼になると成長が止まる。まぁ、時間を置かずに日光を浴びれば問題ねぇんだが、もし光を浴びれずに完全に吸血鬼化したら、そいつはずっと子供でいなきゃならねぇ……それはキツイだろ?」
「だから私に五年後って言ったのね?」
「まあな……お前も五年後、俺が血を吸っても吸血鬼になろうとすんなよ……ダチと同じ時間を生きたいんならな」
そう言った真咲の顔は梨珠には酷く寂しそうに見えた。
成長が止まる、それはつまり老化が止まるという事だろう。
不老不死……人類が憧れるテーマではあるが、自分以外が老いてこの世を去って行くのはとても寂しい気がした。
「……うん」
真咲の顔を見た梨珠はそんな事を思い、小さく頷きを返した。
そんな少し沈んだ様子の梨珠を見て真咲は笑みを浮かべる。
「何、辛気臭い顔してんだよ?」
「だって……真咲はずっと生きていくんでしょ? 私がお婆ちゃんになって死んでも、若いままで……寂しくないの?」
「人間だって人生は出会いと別れの連続だぜ。泣いても笑っても時間は進んでく、だったら俺は笑って生きる。その方がハッピー、だろ?」
「……そうだね」
ニヤリと笑った真咲を見て、梨珠も少し笑みを浮かべる。
「……さて、信条からは外れるが、お前の友達の血を頂くとするか」
真咲は眠らせた沙苗を抱え起こすと、その首筋に牙を突き立てた。
彼女の血は若々しく甘かったが、後味にえぐみがあり、同時に独特の匂いを感じた。
「……こいつは」
「どうしたの? もしかして吸血鬼になってもクスリは抜けない!?」
「いや、それは無いと思う……ただ俺の知ってるクスリのどれとも違う奴みてぇだ……」
新城町に事務所を構えて五年。真咲は様々な厄介事を解決して来た。
その中には当然、クスリ絡みの依頼も存在していた。
覚せい剤、大麻、コカイン、合成麻薬に合法ドラッグ。
扱った物の中に流石に中学生はいなかったが、飲んだ中毒者の血と沙苗の物は明らかに風味が違っていた。
「また新しいクスリか……ハイになりたきゃ酒でも飲みゃいいと思うんだがなぁ……梨珠、お前はここで友達を見ててやれ。一時間したら起こして外に連れ出すんだ」
「うん……真咲はどうするの?」
「俺は売人を探す」
「分かった……気をつけてね」
「へへッ、心配しなくても俺は死んだりしねぇよ」
不安そうな顔で真咲を見上げた梨珠のショートボブの頭を乱暴に撫でる。
「ちょっ、ちょっと止めてよ!? 小さい子じゃないのよ!」
梨珠は顔を赤らめ抗議の声を上げた。
「調子が戻ったな。お前はそっちの方が魅力的だぜ。んじゃ行って来るぜ」
「あっ、真咲!? …………急に触らないでよ……ドキドキするじゃない」
真咲が出て行った扉を見つめ、梨珠は口を尖らせながら小さく呟いた。
■◇■◇■◇■
事務所を出た真咲はクスリの売人について考える。
クスリとなりゃあヤクザ絡みだろうが、この辺を仕切ってる
田所組……
真咲は手始めに知り合いのヤクザ、
893小島慎一郎、そう登録された番号を押すと数コールでつながった。
『何の用だ?』
ドスの効いた声が真咲の耳に響く。
「お疲れ。最近、新城町でガキにクスリを捌いてる奴知らない?」
『クスリ……二丁目のエデンってカフェバーに入り浸ってる
「二丁目のカフェバーエデン、多田だな。サンキュー、慎一郎」
『……いつまでその呼び方続ける気だ?』
「だって、慎一郎は慎一郎じゃん」
『チッ……俺はもう小学生じゃねぇんだぞ…………真咲なら大丈夫だとは思うが気をつけろよ。うちの若い奴が何人か返り討ちにされてる。なんか妙な術を使うらしくてな。うちもケジメが付けられずにまいってたんだ』
ヤクザを返り討ちにする妙な術……相手は人間ではないかもしれない。
実は物語に登場する様な奴らは人に混じって普通に暮らしていたりする。
生まれた時からそうだった奴は大体が力を隠し生活している。
面倒なのは後から力を得た奴らだ。
そんな奴は往々にして人を超えた力に酔い、犯罪に手を染めるケースが多い。
「妙な技って?」
『直接見た訳じゃないが、見えない何かで顔をズタズタにされたらしい』
「顔をズタズタねぇ……分かった、気をつけるよ」
『多田をどうにかしてくれたら一杯奢るぜ』
「……べそ掻いて泣いてた慎一郎に酒を奢られる……なんか感慨深いなぁ」
『ガキの頃のことは言うな! じゃあな!』
憤慨して電話を切ったらしい慎一郎に苦笑しつつ、真咲は二丁目にあるカフェバー「エデン」へと足を向けた。
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