第28話 雪織千尋の困惑





 告白をしようとしてたら、どこかから話を聞きつけた本人に先んじて「やめろ」と言われた。これはかなりキツい。


 告白前に振られたも同然のわたしは、その晩泣き明かし、翌朝家を出ると告白予定の相手であった人見君が家の前にいた。


「…………何してるの?」

「偶然通りかかったんだよ……一緒に行こう」


 偶然通りかかるルートではない。家を知ってるから、絶対ない。遠まわりとかいう次元じゃない。反対方向だ。


 人見君は昨日の激しい拒絶などどこ吹く風でわたしの顔を覗き込んでくる。


「雪織、目が赤いけど……大丈夫か?」


 お前が……それを聞くのか! どこまでお節介で思わせぶりな人なんだろう。呆れた。


「人見君が心配することなんて何もないでしょ」


 告白されたくなくて振った相手の心配とか、お節介の域を超えている。


「……そうだよ。俺が勝手に嫌なだけだ」

「……そんなにわたしが告白するのが嫌なら、関わらないように……視界に入れないようにしてればいいのに……」

「……俺には、それができねえよ」


 昨晩泣きに泣いて、振られたのだから諦めるよりないと思っていたのに、顔を見るとやっぱり好きな気持ちが溢れてしまう。姿を見ないようにしていればもう少し耐えられるのに。冷たい顔を作って睨みつけてやった。


「でも、そんなことされたらわたし、余計に告白するよ」

「駄目だ!」


 思い切り拒絶された。昨日あれだけ泣いたのに、まだ残っていた涙がじわりと込み上げる。


「ど……どうせ振られるんだからいいでしょう! わたしだって、告白ぐらいはしたいもん!」

「それは俺が許さない」

「やだ! 告白する!」

「駄目だ」

「人見君の馬鹿!」

「まて雪織!」


 勢いよく自転車に跨り、猛烈に走り出したのに、驚異的なスピードで追いかけてくる。この人陸上部とか入ればよかったんじゃ。それともわたしが遅いんだろうか。キコキコキコキコ、いつにない力強さでペダルを踏むが、まったく引き離せない。


「雪織、後ろからトラックが来る! 気をつけろ!」

「はい」

「雪織、赤信号だ!」

「はい!」

「よし、まっすぐだぞ。そこに大きめの石が落ちている」

「はいっ」


 おまけに見境なく自転車を走らせ、周囲の確認が甘くなっているわたしに、随時交通注意まで入れてくる。どこまで世話焼きなんだこの人は。


 結局学校まで自転車と併走した人見君は、さほど息も切らせず駐輪場までついてきた。あ、でもよく見ると額に汗が一粒浮いてる。そんな姿にもドキッとしてしまう。けれど何食わぬ顔で自転車を置いた。


「雪織……」

「な、なに」

「自転車の鍵……取るの忘れてる」

「あ、ありがとう」


 だいぶわけわからなくなっていたので、鍵のことなんて忘れていた。向こうは絶妙に冷静なところがまた憎らしい。人見君は明らかに冷静さを欠いた動きをしているのにこの上なく冷静に見えてそこがわたしの脳を混乱させる。


 人見君が肩が触れ合うくらい横にぴったりつけてきて、昇降口に入る。なんなの。一体なんなの。腕や肩が小さく触れるたびに、自分ばかりがドキドキしていることに腹が立つ。





 休み時間にも人見君は現れた。それも毎時間。明らかに見張りにきている。


 今は教室最後尾のわたしの席に、隣の机をぴったりと付けてお弁当を一緒に食べている。周りもつい先日まで気配すらなかった異色の組み合わせに、遠慮なく奇異の目を寄せている。


「人見君、いつもパンなの?」

「いや、弁当のときもあるよ」

「栄養偏らないかな……玉子焼き食べる?」

「え……いや……」

「はい」


 お箸で摘んだ玉子焼きを差し出すと、人見君はぱくりと食べた。その顔にまじまじと見惚れていると、玉子焼きを飲み込んだ人見君がぎょろりとした目でわたしを見た。


「雪織、口元に……」

「えっ?」


 人見君の指がゆっくりと顎の横に来て、親指がわたしの口元を優しくぬぐった。


「……ひゃっ」


 触れられた部分が発火するんじゃないかと思うくらいじんじんして、顔全体が熱くなった。


「あ、悪い。……手が出た」

「…………う、ぁ、うん。いいけど」


 ふと周りが見ている気がしてぱっとあたりを見ると、みんなぱっと顔を逸らし、食事を取り出した。なんか今、時間が止まったみたいになってたような気がするけど……気のせいと思うことにする。


 人見君はコーンとマヨネーズの惣菜パンを食べ終わり、几帳面な手つきで空の袋をコンパクトに処理していた。ちょっと我に返り思い出し、呆れた息を吐く。


「……人見君はいったい何なの。お昼まで来て」

「俺は雪織に告白させる隙を与えないために来てる」


 どことなく噛み合ってない感じはしてたものの、人見君の情緒そのものがおかしかったので流していたが、さすがに変だ。


 本人が頻繁に現れたら逆に隙だらけじゃないのか。今だって、突然大声で「大好き!」って言われたら避けようがないのに。いや、さすがにできないけど。そもそも見張ってないといけないのも、相手がどこの誰だかわかってないからという可能性がある。


「……人見君……もしかして、やっぱりわたしが告白する相手、知らないの?」


 人見君は地獄からの使者みたいな低い声で答える。


「知ってるよ……ろくでもないやつだ」

「……そ、そんなことないよ……優しくて……」

「いや、絶対にクソ男だ。告白した日にはろくに避妊もせずに捨てて雪織を不幸にする」

「えっ……そうなの?」

「……そうだ」


 人見君て……そんなクソ男だったの?

 それを自己申告して……わたしに告白させまいとしてるの? さすがにおかしくない?


「人見君……」

「なんだ」

「わたし、やっぱり相談したい……」


 人見君が、ぱっと顔を上げた。


「なんでも言ってくれ」

「…………その、わたしの好きな人なんだけど……」


 そこまで言って、周囲が妙に静かなのが気になった。見まわすと明らかにわたしの次の言葉を待つように、こちらを向いていたが、わたしの視線を受けて何ごともなかったかのようにそれぞれのおしゃべりを再開させた。


 人見君は真面目な顔でじっとこちらを見て、わたしの言葉の続きを待っていた。


 人見君と周囲の視線に怖気づいてしまい、もう少し遠まわしに確認をしていくことにする。


「その……わたしの好きな人は……結構誰にでも優しいらしくて……」

「……八方美人のクソ野郎ってことだな!」

「一見、ぜんぜんそんなふうには見えないんだけど……やっぱり優しいから……いろんな子が勘違いしちゃうんだって」

「思わせぶりなゴミ野郎ってことだな! どうしようもないクズだ。殴る!」

「はぁ」

「雪織、朝……目が赤かったな。……昨日ゴミクソ野郎に何か言われたんだろ」

「……い、言われたけど」


 まじまじと顔を見つめた。どういうことだろう。クソ野郎本人のくせに敵意丸出しだ。


「……人見君、やっぱり知らないんだね」


 わたしの言葉を挑発的に捉えたのか、普段一定の音量であり、ペースである人見君の声が荒く乱れた。


「知ってるよ! クソ男だろ!」

「いや、絶対わかってないって……」

「わかってないのは雪織だ! 俺は……誰だろうが、雪織を不幸にする男は許さない。ぶん殴る!」

「……もし人見君だったら?」

「誰であろうと殴る!」

「人見君だよ」

「なんだと! 許さねえ!…………ゲバブッ」

「ひ、人見君!?」


 人見君が自らの顔面に勢いよく拳をぶち込み、椅子ごと真後ろに転倒した。ガンッと大きな音がして周りが一斉にこちらを向いた。


 教室が静まり返る。


 美和子が来て、鼻血を出して気絶してる人見君を覗き込んでため息を吐いて言う。


「これは……思った以上に重症だね……」


 ほかのクラスメイトの女子も何人か覗きにきて、いたましいものを見る顔で見て口々に言う。


「やだ、別人じゃん……」

「人見君て、恋愛するとこういうタイプだったんだねえ」

「馬鹿すぎてうける」


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