大晦日のミサキ

グシャガジ

第1話

 12月30日夜21時、父と母そして僕の3人で車に乗っていた。

 明日は大晦日、僕達は地元広島から母方の祖母の家がある九州の大牟田へ向かう。

 景気が良いのか年末という言葉を父の会社は忙殺した。

 仕事終わりの父に鞭を打って運転させ祖母の家へ向かう。

 勝手も知った僕はお気に入りの絵本におもちゃをありったけ詰め込んでいた。

 どれだけ詰め込んでも足りない事を僕は学習できていなかった。

 カーナビのラジオが広島弁から九州弁に変わる頃には何もかもに飽きてしまった。

 今では時折見える看板の文字を眺めるだけ、ひらがなを読むのも精一杯なのに。

 

 「 ねぇまだなの? 」

 「 高速も降りたから後少しよ。おばあちゃんにそろそろ着くと連絡しないと 」

 「 電話するの?僕がしてもいい? 」

 「 いいけど、大声はダメよ。まぁた『せからしかぁ』ておばあちゃんに言われちゃうから 」


 僕はとりあえず『 わかった 』と言いながら母のバッグを弄ってスマホを取り出す。


 「 お母さん。こっち向いて 」


 助手席に座るお母さんは少し面倒くさそうにこっちを見る。

 母とスマホが向き合う様に僕は名一杯手を伸ばす。

 スマホが震えた。

 スマホの画面を見るとロックが解除出来ていた。


 「 もういいよ。ありがとう 」

 「 ちゃんと言うのよ。『 今高速を出ました 』『 あと30分程で着きます』って 」


 電話帳から『 おばあちゃん 』をタップした。

 応答中の文字が表示されたと思ったらすぐに数字に変わる。

 スピーカーにしようと思ってた僕は慌ててスマホを耳に押しあてた。

 甲高い幼女特有の声が車内に舞った。

 耳がキーンと鳴る。

 僕はスマホをつい落としてしまった。

 母と父はツボに入ったのだろう二人して笑ってる。

 僕は恐る恐るスマホを拾って、スピーカーのマークをタップした。

 電話からは聞き覚えがある『 せからしかぁ! 』と怒鳴る声が聞こえた。


 母はクスクスと笑いながら手を伸ばす。

 代わっての意図なんだろう、僕はスマホを母へ返した。

 10分程度で聞き慣れない母の大牟田弁が終わり、聞き慣れた言葉で母は言った。


 「 ミサキちゃん待ってるって 」

 

 

〜〜〜〜〜〜


 程なく、僕たちは目的地に着いた。

 大通り沿いに建つおばあちゃんの家、中で待ってますと言う様に玄関は暖かい橙色が灯る。

 母と僕はお土産だけ持って先に車から降りる。

 父はそのまま近くの駐車場へ向かう。

 僕は走って玄関の引き戸をサーと引く。

 玄関には従姉妹で同い年のミサキが座っていた。

 眠いからなのかそれともさっきの大声を叱られたのか目元が赤い。


 「 ショウタ、遅かっちゃ 」

 「 仕方ないじゃん 」

 「 おばちゃん、お土産は? 」

 「 ミサキにはあげんし 」


 ちょっと不貞腐れて僕はつい意地悪を言った。

 勝ち気なみっちゃんは『 もらうし 』と僕の真似をする。

 幼い応州の最中、いつの間にか大きなバッグを持って父が立っていた。

 父と母はズレているのかもしれない、草臥れているはずなのに止めもしない。

 奥の方から廊下を歩く音が聞こえ仲裁者が現れた、祖母だ。


 「 なんばしようとね。お土産は仏さんが先でしょ。さっさと挨拶せんね 」

 

 僕ら親子は漸く家に上がり鐘を鳴らして仏壇に手を合わた。

 音も止んで目を開けると隣で何故かがミサキも手を合わしていた。


 「 ショウタ、面白いゲームあるとよ。コッチこんね 」 


 夜通し遊ぶつもりなのかミサキが僕の手を引っ張っておもちゃ部屋へ連れて行こうとする。

 僕は長旅も終わった安心感と、さっき目をつぶってしまったからなのか無性に眠い。

 

 「 ミサキはもう寝らんね、喘息出ても知らんよ。風呂沸かしとるけぇショウタ達は入らんね 」

 

 祖母が呆れた様に手を引きミサキは寝室へ連行されていった。

 夜遊びしたい盛りの幼女は恨めしそうに僕を見つめる。

 父から着替えをもらい、僕たち親子3人は浴場へ向かった。



〜〜〜〜〜〜


 午前7時、夜更かしした癖にミサキの朝は早い。

 掛け布団の上から僕はミサキに馬乗りにされていた。

 隣の父はまだ寝ている、隣の母が寝ていた布団は抜け殻となっていた。

 祖母の手伝いをしているのだろうか。

 ゴソゴソと動き出した僕を見てミサキは満面の笑みをたたえる。


 「 早よ起きんね 」


 僕は無視してとりあえずトイレへたった。

 ついてくるミサキ。

 僕は用をすましてまた布団に入る。

 微睡の中うっすらとミサキは寂しそうな顔をしていた。


 午前10時、僕はお腹の空く様な匂いを覚えた。

 僕以外の布団はすでに上げられ、代わりに大きな机が置かれている。

 ご飯と味噌汁と焼きシャケ、机の上には朝食が並んでいる。

 母がセカセカと動き回っていた。

 着替えを済まして台所へ行くと祖母と叔母がカチャカチャとしている。

 手伝える事は無いかと聞くと、朝食の準備が終わったから皆を呼んで来る事を頼まれた。


 家中を走り回った。

 ミサキはどうせおもちゃ部屋だろうと後回しだ。

 父と叔父を見つけた。

 ミサキを呼びにおもちゃ部屋へ行く。

 思った通りおもちゃ部屋にミサキはいた。

 一人で絵本を読んでいる。

 

 「 ご飯できたって 」

 「 …… 」

 「 無視すんなや 」


 癪に触って祖母に告げ口をした。

 

 「 放っとかんね 」


 結局、祖母と叔父夫婦と僕たち親子で朝食を始めた。

焼きシャケの半分も食べ終わって来た頃、漸くしてミサキが来た。

 昨日?もそうだが今日もちょっと目元が赤い


 「 目どしたん? 」

 「 …… 」

 「 ばあちゃんイジケ虫は好かん 」

 

 いじけているミサキの中大人達は会話に花ひらいた。

 父や母の仕事の事や、叔父夫婦の事子供の僕にはあまり興味のない話だった。

 話がひとしきり枝葉に分かれた後ふと祖母は僕の事を聞いた。

 「 そういやショウタのランドセルどうすると? 」

 「 まだ決めてなかよ、ミサキちゃんはもう買ったと? 」

 「 ミサキはおばあちゃんに可愛いの買ってもらっとよ。ミサキ、おばさん達に見せてやらんね 」


 少し機嫌を直しミサキは自身の部屋から綺麗な水色のランドセルを持ってきた。

 母達は可愛いかねと連発する。

 段々とミサキの機嫌も治ってくるのが分かる。

 僕は調子の良い態度に少し苛立ちを覚えた。

 

 「 変な色 」


 バチーンと音が鳴る。

 ミサキに思いっ切り頬を叩かれたのだ。

 僕は泣いた。

 痛みからじゃない、ただ悔しかったのだ。

 ミサキも泣いていた。

 祖母と叔母はミサキを叱る。

 母は僕が悪いとミサキを庇う。

 

 結局、暴行を加えたミサキが悪いという事になった。

 ミサキはおもちゃ部屋に篭った。



〜〜〜〜〜〜


 大晦日、それは特別な日だ。

 子供達が夜更かししても親達に怒られない。

 0時を達成するとご褒美のご馳走も待っている。

 

 ただ今年の0時越えは例年よりハードルが高いと感じた。

 やることが無いからだ。

 いつもはミサキと遊んでていつの間にか0時を超えている。

 今回はそうは出来ない。

 大人達と一緒に見ていたが僕の瞼はどんどん重たくなってゆく。

 おもちゃ部屋に眠気も吹っ飛ぶような面白いおもちゃが無いか僕は探す事にした。

 ミサキはあれからずうっと籠城を決め込んでいる様だ。

 ミサキが絵本を読んでいる。

 僕はおもちゃを物色するが、魅力を感じるおもちゃは無かった。

 ミサキも僕と同じなんだろうか。

 チラリとミサキを横目に見ると、コクリと舟を漕いでいる。

 時折寝てなんかいないと言わんばかりに姿勢を正すが、すぐに首はカクーンと落ちる。

 何度目かのカクーンを見送った時に、ミサキと目が合ってしまった。

 適当なオモチャを僕は持っておもちゃ部屋を出た。

 午後9時、あと3時間このおもちゃで我慢しなければと思うと苦しくなった。



〜〜〜〜〜〜


 いつの間にか僕は寝てしまっていた。

 誰が運んでくれたのか布団の中に僕は居る。

 テレビの音が聞こえる。

 誘われる様に僕はお茶の間へ行くと、籠城はやめたのかミサキがチョコンと座っていた。

 目を合わせない様に、そっぽを向いて壁沿いに僕は座る。

 午後23時30分、ギリギリなんとか間に合った。

 机には年越しのご馳走である『 年越しそば 』が置いてある。

 『 緑のたぬき 』が6つ、そして何故か『 赤いきつね 』が一つ。

 

 「 僕、きつねがいい 」

 「 だめよ。これはミサキちゃんのなんだから 」

 

 母は取り付く島も無い様にそっけない。

 

 「なんでミサキだけなん? 僕もきつねがいい 」


 僕は駄々を捏ねた。

 僕は別にたぬきが嫌いという訳ではない。

 サクッとしたかき揚げよりもジュンと汁が詰まった油揚げが好きなだけだ。

 母に食い下がっている僕を見かねて祖母の一喝。


 「 ミサキは蕎麦食べれんだけたい。ショウタは食べれるんだから蕎麦を食べんね 」 

 

 ミサキは蕎麦アレルギーだから食べれない。

 そんな事も知らない僕は、なんでミサキばっかりとイジケたくなる。

 ミサキと目が合う。

 どうせ怒られる僕を見てスッキリしているんだろうと思っていた。

 けど、ミサキは何故か寂しそにその赤くなった目で僕を見ている。

 

 テレビのカウントダウンがいつの間にか終わっていた。

 母達は年越しそばにお湯を注ぎ出す。

 僕とミサキはいつもの様に隣同士に先に座らされている。

 僕には『緑のたぬき』と個別梱包されたかき揚げ。

 ミサキには 『 赤いきつね 』が配られる。


 しばらくすると部屋中が甘い出汁の匂いで充満した。

 ふわふわの油揚げが美味しそうに白いうどんに浮かぶ、僕はつい見惚れた。

 ミサキは箸を取る。

 じゅわじゅわの油揚げを持ち上げると、想像通りツユが垂れる。

 美味しそうだなぁと僕は羨ましがった。

 ミサキは齧り付くのかなぁと、やっぱりズルいと僕は思った。

 油揚げがゆっくりと動く、ツユが垂れ机に散る。

 油揚げは動かなくなった。油揚げは灰色の蕎麦に浮かべられていた。

 白いうどんに僕はサクサクのかき揚げを置いた。

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