えんむすびの神さま

ヘイ

えんむすび

 えんむすび。

 縁結び。

 旧くは戦争の神と呼ばれた一柱。

 今は何処ぞの神社にてぐうたらと細々と暮らしているそうだ。

 

「おい、小童」

「ぼ、僕?」

「そうだ」

 

 下駄を履き、甚兵衛服で神社の階段に座り込んだ白髪の青年。肩には竹箒を立て掛けている。

 

「儂ゃあ、ここの神でのぅ」

「は、はい」

「神じゃ、神。分かるか?」

「え、で、でも此処って」

 

 縁結びの神社の筈だが。

 

「細けぇのぅ」

 

 どうにも白髪の男には似合わない。そもそも自らを神と称する事が怪しい。

 

「気になってる女子おなごがおるじゃろう? 塩むすび一つで赤い糸手繰り寄せちゃる」

「し、塩むすび?」

「そう。まー、女子おなごが握ってくれるんがいっちゃん美味いが、兎に角、心が籠ってりゃええんじゃ」

 

 ブスッとした面を見せながら小学生男子に話しかける彼は、余りにも柄の悪い。

 

「本当に?」

「本当に」

「べ、別に好きな子とかいねーしっ!?」

「見える、見えるぞぅ。お主は前の席の……」

「わっ、わーわーっ!」

 

 カラカラと青年は笑う。

 

「どうじゃ、信じてみる気にはなったか?」

「別に信じてないとは……」

「ん、そうじゃったか? この目は余計なモンが見えすぎて行かんなぁ」

 

 どっこいしょ、と年寄りくさく腰を上げ青年はカンカンと下駄の底で地面を叩きながら少年の隣に立つ。

 竹箒はカランカランと階段に落ちる。

 

「ほれ、行くぞ」

「片付けなくて良いんですか?」

「……後からまた使う」

 

 つまらないと言う様にため息を吐きながらも、少年と歩き始める。

 

「と言うか、どこにいくので?」

「……お主が気を寄せてる小娘の所じゃ」

 

 少年の心臓が飛び跳ね、口から出てしまうのではないかと錯覚する。

 

「じゅ、住所知ってるんですか!?」

「神じゃぞ?」

「神ならさっと繋げてくれればいいのに……」

「儂が、縁結びの神を始めたんはここ二百年だ」

 

 不慣れなのだ。

 

「後、儂の縁結びは固結びしかできん」

「え?」

「蝶々結びなら自然と解けるかもしれんが、固結びじゃからのう、切れても何方かの心残りになるじゃろう」

 

 安心出来る要素が消えた気がする。

 

「まー、気にすんな。気にすると禿げるぞ」

 

 神は笑う。

 

「そ、そうだ! 名前教えてくださいよ!」

 

 突然に話しかけられ、流れに身を任せ完全に失念していたのだろう。今更になって年寄り臭い白髪の青年に尋ねる。

 

「儂は……まどかだ」

「まどか? 何と言うか……」

「儂は気に入ってる」

 

 ギロリと青い宝石の様な目が少年に合わせられ、女の様な名前だと言うのは憚られた。

 

「ほれ、さっさと始めるぞ」

 

 いつの間にか、家の前に着いていた。

 そして、何の準備もなく円がインターホンを押した。

 

「ちょっ!?」

「ん? ああ、すまんな。儂が見えるのはお主だけだ」

 

 だから、つまり。

 

「ふ、ふ、ふざけんなぁああ!!」

 

 ガチャリと音がして、扉が開かれる。

 どうしよう、どうしようと挨拶の為の言葉をこねくり回そうとして、ふと一つの事実に気がついた。

 何故、少年は彼女の家を知っているのか。どこで知る術があったのか。

 一目散に少年は逃げ出した。

 この判断の速さは素晴らしい。

 

「あっれー、誰もいない?」

 

 目の前には円が立っているが気がついた様子もない。

 

「……はは、これは酷い」

 

 円は家の中に戻っていく黒髪の少女を見てつぶやいた。

 背後に蠢く十を優に超える黒い影。

 縛り付けられた黒い糸。

 ああ、最悪だ。

 

「随分と悪趣味な縁の結びもあったモンだな」

 

 こんな物、切り刻んでしまいたくなる程に。

 

「……さて、小童。笛木ふえきりん。あの女との縁結び、してやっても良いが塩むすびを寄越せ」

 

 お題が先だ。

 顔を真っ赤にした少年に話しかける。

 

「え、あ、う、うん……って、そうじゃないだろ!?」

「ん?」

「いや、お前さぁ!」

 

 アレはないだろ。

 文句は大量に出てくる。

 

「と言うか、何で塩むすびなのさ」

「……そりゃあ、飯が欲しいからだろ。あと戦えば腹が減る」

「え、た、戦う?」

「知らんかったのか? 縁結びは戦争だ」

 

 何、それ。

 あんぐりと口を開いた鈴を見て、円が吹き出した。

 

「冗談じゃ。言葉遊びと思い出と言う奴だ。塩むすび、えんむすび」

「くっだらねー」

「お? 何じゃ? 縁結びしてやらんぞ?」

 

 思い出すのは自らの社に金は払えぬが飯なら作れると言って年寄りになっても毎日の様に来て、供え物をしていった娘。

 

『神様。塩むすびを作ってきましたよ』

『──俺は軍神だ。軍神に何を供えようと何にもならん』

 

 不吉だ。

 求められていないのだ。

 

『そんなあなたにも戦以外の縁が有ります様に、と』

 

 ニヒっ、と娘が笑った。

 駄洒落か。

 下らないとその時は笑ってやった。

 何年も経って名前を貰って。そして、ついぞ縁結びの神として円などと名乗り始めたのだ。

 

「────よし、鈴。さっさと塩むすびを持ってこい。儂は他に準備せにゃならんのでな」

 

 背中を張り手で叩き送り出す。

 

「まあ、本業────じゃねぇか、今は。つっても、こっちのが得意でな」

 

 先程の少女の家のインターホンを押して彼女を呼び出す。

 

「……またぁ? もーぅ、いたずら多いなぁ」

 

 手刀一振り。

 黒い影を切り離す。

 

「さあ、手前ぇら。煩わしいのは好きじゃねぇが……」

 

 ゾロリと揃った人影は粘土をこねる様に変貌し、粘性の強い怪物となる。

 怨恨も一つの縁。

 怨。

 怨、怨。

 

「怨念やら、面倒臭いのは切らせてもらう」

 

 さて。

 

「ま、刀ないんだが」

 

 言った手前、得物など持っていない。ただ、この程度の雑多な生き霊、怨念程度。

 

「木の枝で充分だな」

 

 迫り来る巨大な右腕。

 だが、遅い。

 

「もう、終わりだ」

 

 怨念を木っ端微塵に切り裂けば、塵となり消えていく。

 生き霊が消えた人間は強烈な眠気に襲われるらしいが、今回のような人に迷惑をかけていた場合は目を瞑っても良いだろう。

 

「はあ〜、つっかれた……」

 

 音も出さずに終わらせる。

 これは並大抵ではない。

 

「……おい、アイゾノ。見えてるからな」

 

 ヘタリと座り込んだ彼は空を見れば烏が一匹、電線に止まり見つめていた。

 

「手前、またやったら殺すぞ」

 

 円をコケにするように烏が鳴き、青空へと飛んでいってしまう。

 

「くそ、老けちまうわ。つか、何でアイツ、儂の邪魔しかしてこねぇんだ」

 

 縁結びの神を始めてからと言う物、散々アイゾノに邪魔をされている。ストレスの溜まる毎日だ。

 

「塩むすび、持ってきましたよ」

「おお、待ってた……お主、舐めてんのか?」

 

 少年の手にあるのは袋に包まれた、直ぐそこで買ってきましたと言う様な塩むすび。

 

「え?」

「握ってくんのが基本だろうが!」

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