神祓ウセカイ

Mです。

神祓ウモノ

第1話 神祓い

 神がこの世界から消えたと言われた日から12年の年月が過ぎた。


 世界から神が消滅し……世界の調律は無くなり……

 世界に蔓延はびこる憎悪の器となる大罪人が消滅し……


 それら怨念のようなものは悪しき魔力となり世界を漂い……

 いつしかそれは、化け物のように形を変え人々を襲うようになった。


 それらはいつしか、堕神オチガミと呼ばれるようになった。

 また……人が未練や憎しみでその姿をオチガミに変える病のようなものが流行し、そういった病を……カミオチと呼ばれた。



 建物と建物の隙間……雑に積み重ねた荷箱……

 その荷物の一つに腰をかける男。


 疲れたような虚ろな目……

 黒いフードつきのロングコートに身を包む男……

 覗く顔と……腕からは微かに黒い刺青のようなものが見える。



 「……レグナ、平気?」

 黒いロングコートの男に近寄ってきた少女。

 

 「うん、イリス……僕は平気だよ」

 男はそう優しく微笑んだ。


 「……また、少し酷くなったね……」

 イリスと呼ばれた少女は、レグナと呼んだ男の手を取ると、

 その黒い刺青を見て言った。


 「……気にするな、これは僕に課せられる罰だ」

 光の宿らぬ虚ろな目で笑顔でレグナは言う。



 「カミオチっ!カミオチだっ!!」

 街道の方からそんな声がする……


 「うっ……くぅっ……」

 その言葉に一瞬レグナの記憶にフラッシュバックが起こる。


 何処かの施設のような場所……

 幼い男の子が必死に自分に手を差し伸べている……


 「リ………ト……僕は……」

 レグナはその記憶を振り払うように頭を激しく横に振る。


 「イリス……声をしたのは?」

 フラッシュバックにより、声がした場所の特定に遅れたレグナはイリスにその場所を尋ねる。


 「……レグナ、また祓うの?」

 そう心配そうにイリスが言う。


 「……救わなきゃ……一人でも多く……そう約束したんだ、正義の味方になるって」

 そう天を仰ぎレグナは言った。




 「アァーーー、ユルサナイッ、ユルサナイッ!!」

 少年がそう苦しそうに叫ぶ。


 右手で額を押さえながら、身体を揺するようにもがく。

 黒い靄のようなものが少年の身体からこぼれ……


 気がつくと、少年は黒い化け物に姿を変えていた。


 「ひっひぃっ!!」

 その前の中年の男はその場に腰が抜けたように尻餅をつき、それから逃れるように後退している。


 黒い化け物が振り下ろした右腕が何かにさえぎられる。


 駆けつけたイリスが防御結界を張りその一撃を食い止めた。


 同時にレグナが手にしていた拳銃を化け物に向けると弾を放つ。


 弾を受けた箇所が凍りつく。

 冷凍弾により相手の動きを封じる。


 レグナは新たに弾薬を取り出すと、手にした拳銃へつめていく。


 腰を抜かしている男の前に立つと、通常弾と思われる銃撃を化け物に向ける。

 小石でも投げられているように、両腕でその銃撃を少し嫌がるように身体を縮こまる。



 「立てるかッ!」

 レグナが尻餅をついている男にそう呼びかける。

 そう言って、レグナは男の手を取ると、近くの建物の影に身を隠した。



 「彼について、知っていること……すべて話せ」

 そうレグナが男に言った。


 「……なにを、そんなことよりそいつであの化け物をっ」

 その立派な銃であの化け物を退治しろとそう男はレグナに告げている。



 「……勘違いするな、僕はあんたを救うわけじゃない、僕は化物かれを救うためにここに居る」

 レグナが言う。


 「彼を救うために……必要な銃弾、その作製できるのはイリスだけだ……その銃弾を作成するには彼のその想いを知らなければならない」

 そう、男が理解できない話を淡々と進める。



 「……まずは、あの化け物を、話はそれから……」

 そう男はレグナに言うが……


 「話ができない……というのなら、怨みの対象であるあなたを彼に突き出すだけだ」

 そうレグナが冷たく返す。


 「わかった……でも、あんたが求めるような話ではないかもしれない」

 そう男が言う。


 「かまわない……今ほしいのは、彼の求める言葉を捜すだけ……」

 そうレグナが男に返す。


 「……あの少年、クルトとその妹……二人の両親がオチガミに襲われ命を落とした……遠い血縁の中であった俺は、二人を預かることになった……だが、このご時世だ、妹と共に無事に生きていくなら、クルトには稼いでもらう必要があった……少し酷に働かせていたことは認める……」

 黙って、レグナとイリスはその言葉を聞いていたが……

 カミオチの理由がそこでないことは……他人である二人にもわかる。


 「……彼の妹は……?」

 イリスがそう尋ねる。


 「………」

 歯切れの悪そうに……


 「……この間、死んだ」

 そう男が言った。



 「……なぜ?」

 そうイリスが返す。


 「しかたねぇーだろっ!!このご時世……自分が食うのもやっとだ……そんな中二人の命の責任を取れなんて急に言われてもなぁ」

 狂ったように男が叫ぶ。


 「……少女の墓は何処だ?」

 レグナがそう男に尋ねる。


 「……ここから東の街外れの墓地、そこにクルトが墓を作っていたはずだ」

 そう男が言う。


 「……イリス、頼めるか?」

 そうレグナがイリスに何かを乞う。


 「それまで、何とか時間を稼ぐ、彼を祓うための銃弾を僕に届けてほしい」

 そうレグナがイリスに言った。


 そう言い、いくつかの銃弾を手にすると、拳銃につめなおしていく。


 「大丈夫、これまでのように……君が戻ってくるまで持ちこたえて見せるよ」

 心配そうにレグナを見るイリスにやさしく微笑む。


 イリスは黙ってその言葉に頷く。


 そして同時に二人の足は動き、レグナはカミオチしたオチガミの前に姿を現し、

 イリスは、男が話した街外れの墓を目指した。






 夕暮れ……イリスはようやく、その場所にたどり着いた。


 そこそこ立派な墓が立ち並ぶ中……

 ひときわ目立つ場所……


 小さな子供が一人で作ったであろう墓は一目でわかった。



 「サーニャちゃんって言うんだね……」

 イリスが刻まれた名前を読み上げる。


 「聞かせて……あなたのお兄さんを救える言葉を」

 そうイリスはその墓に手をのせた。







 震えている……たぶんそれは自分も一緒だ。

 その日は不気味な紅い月の日だった。


 紅い月の日は外には出るなと言われていた。

 

 何が起きているのか……


 オチガミと呼ばれる化け物は……片手で僕たちの両親を掴みあげると、

 ぐしゃりと言う音と共に……何かを噛み千切る音がした。


 化け物の口からは、赤い液体がこぼれ落ちていて……

 化け物のグーに握られた手から何者かの下半身だけが見えていた。



 その事実を受け止めることは、難しかったけど……

 救いを求めるような、目の前の妹の瞳に……


 僕がサーニャを助けないとって思ったんだ。



 引き取られた先……扱いは酷いものだった。

 それでも、僕らが生きるにはその場所が必要だった。


 見捨てられぬよう、彼が用意した場所で労働をしその対価を貰った。


 僕と妹を養うだけの稼ぎであったのかはわからないが……



 「お兄ちゃん……お帰り」

 サーニャがクルトを与えられた二人で暮らすには小さな小屋に招き入れる。


 並べられた二人には少ない食事……


 「ごめんね、お兄ちゃん、待てなくて自分の分、先食べちゃったの」

 そうサーニャは小さな悪戯を白状するように笑い、残りをクルトに食べるよう言った。


 そんな日が何日か続き……



 「ごめんなさい……どうか、お兄ちゃん、お兄ちゃんだけの分は……」

 サーニャのそんな言葉が聞こえる。


 引き取られた男と何かを言い争っているようだ。



 後から知った話だ……

 少し考えればわかりそうな話じゃないか……


 提供されていた食事は……一人分にも満たない量の食事だった。

 労働する僕のため……妹はずっと限られた水分程度の食事で我慢していたんだ。


 先に食べたなんて嘘を真に受けて……

 空腹で……思考が回らないふりをして……

 気づかないふりをしていただけじゃないのか?


 「ごめんね……お兄ちゃんごめんね……」

 空腹に耐え切れなかったサーニャは……提供された食事を僕に取っておくため、それとは別に食料を盗み食べていた。

 それが見つかり……今日の僕の食事はなしになった。

 それをひたすら謝り続ける……


 「……腹いっぱい……肉を食べたいね……お兄ちゃんが準備するから……今度一緒に食いきれないくらいの肉を一緒に食べよう」

 そうサーニャに告げた。


 数日後……二人の空腹は限界を迎えていた。


 あの日の罰だと、さらに提供される食事量も減らされ……


 ある日、クルトより体力の少ないサーニャは……朝動かなくなっていた。



 現実を受け止めることなどできなかった。


 クルトはサーニャとの約束を思い出し……



 「まってて……今、お兄ちゃんが食事の準備をするから……」

 そう言って何処かに走り出した。


 二人を引き取り役になった男が呼び出されたのはその後だ。


 盗みに失敗をしたクルトは捕まり、男は呼び出された。


 酷い暴力を受けながらもクルトはまるで、息をしていないかのように何一つ抵抗もしなく……何かを思い出したように不意に男の手を振り払い、小屋の自分の妹の亡骸を抱え、街外れを目指した。



 墓を作り終えると、すっかりと日が暮れていた。

 紅い月がぼんやりと夜道を照らしていた。


 ふと、後ろに黒い霧のようなものが発生していることに気がつく……



 「僕は……堕ちるのか?」

 そうクルトがその黒い霧に向かい呟くと……

 強い風がクルトの方に吹き、黒い霧はクルトを通り過ぎるように消えた。



 何のために生きているのか……

 守るものを失った……


 今……僕は誰のために労働しているのだ?

 

 手を止めた事に怒る男の声が届かない。


 「アァーーーーーーーーーー」

 自分のモノとは思えない声がでた。


 「ユルサナイッ、ユルサナイッ」

 黒い霧のようなものに身体が包まれる。


 




 △△△



 イリスが墓石からそっと手を離した。

 流れ込んできた記憶の断片。


 「お姉ちゃんが、お兄ちゃんを助けてくれるの?」

 

 不意に目の前に青白い光で形取った少女が立っている。


 「……うん、そのために協力してほしいことがある」

 イリスがそう少女に言う。

 イリスの手に光が集まっていく。


 「お兄さんを救うあなたの言葉……この弾にこめてほしい」

 そうイリスがその光輝くモノをサーニャに差し出した。


 「言弾ことだま……言霊ことだまとかけたつもり……」

 イリスがそう名づけたレグナとのやり取りを思い出し、少し寂しそうに笑う。


 「お姉ちゃん、お兄ちゃんのこと宜しくね」

 言弾を受け取るとイリスは少女に優しく手を振り、レグナの元へ急ぎ走った。





 堕ちたばかり……元の身体の能力の低さもあってか、

 さほど、驚異的なオチガミでは無い。


 レグナは銃弾と冷凍弾を駆使して、相手の動きを一時的に封じながら時間を稼ぐ。


 「……カミ祓いか……」

 そう自分の行為をかえりみて苦笑する。


 「……人殺しを正当化しているだけじゃないのか」

 そう目の前のオチガミを見て言う。


 「……君は本当に優秀だ、それを僕に渡してくれ」

 いつの間にかそこに居たイリスにそう告げる。


 レグナに託すために持ってきたはずだが、その独り言を聞いて躊躇する。



 レグナが優しくイリスの頭に手を置くと、

 そっとその弾をレグナに差し出した。



 「ありがとう……これで、僕は正義を成せる」

 そう自分を言い聞かせるように、レグナは弾を受け取る。


 物陰に隠れていた身体を再びオチガミの前に晒し出す。


 素早く冷凍弾を連射し、両腕、両足を地面に固定させた。

 目の前のオチガミ程度では、それを簡単に解くことは出来ない。


 レグナはイリスから受け取った言弾を拳銃に込めると、

 オチガミの前に立ち、その拳銃を額に突きつける。



 「…………どうか、安らかに」

 レグナはその拳銃の引き金を引いた。




 その辺り一帯が眩い光に包まれる。


 光が身体にまとわりついた黒い霧を払っていく。


 真っ白な世界……


 目の前には少女が立っていて……



 やめろ、こんな幻で僕を惑わすな……


 こんな幻影で……僕の怨みを……消し去るな。


 

 「お兄ちゃん……私幸せだったよ、こんな世界で……つらい事もあったけど、お兄ちゃんが一緒にいてくれたから、ずっと幸せだったよ、お兄ちゃんがいつも私をまもってくれたからずっと幸せだったよ……」


 嘘だ……嘘だ、幸せな訳……


 あるはずが……


 「産まれてからこれまで、ずっと私のために生きてくれて……ずっとお兄ちゃんに言いたかった言葉……」



 ……少女は、偽りの無い笑顔で……



 「……お兄ちゃん、ありがとう」

 その言葉を聞くと……少年の身体はその光の世界から浄化されるように姿を消した。



 「……こんな救い方しか……出来なくてごめんな」

 レグナがそう呟くが目の前にはもうその姿は無くなっていた。


 黒い霧だけがそこには残っていた。


 怨みから産まれる呪いのようなモノ。

 それをプラスの想いでかき消すなんてものは実際に不可能だ。


 いくらそこにプラスの念を送ろうと……

 マイナスのそれはそこに残る。


 だから、それを引き取る器は必要だ。


 レグナはその霧に手を飛ばす。


 「うっ……がっ、あぁっ」

 その黒い霧がレグナの中に吸い込まれるように消える。

 同時にレグナは苦しむようにその場にひざをつく。


 「レグナッ!」

 心配そうにイリスが駆け寄る。


 「……大丈夫だよ、イリス」

 そうレグナが額に汗をためながら答える。


 微かに成長しているレグナの刺青……

 口にはしないが……イリスにはただそれがよくないものなのだと理解する。


 カミ祓い……

 僕が成す正義の形……


 友の約束を果たせず……

 友を救えなかった……僕が成せる事。





 △△△



 真っ白な世界……


 テーブルには贅沢なほどの肉料理だけが並べられている。



 贅沢に並ぶ肉料理を他所に、自分の頭と同じくらいの骨付き肉を手に少女はそばの大きな木の幹を背に座り、大好きなお兄ちゃんの隣でそれにかぶりつく。




 「お兄ちゃん……美味しいね!」

 少女は本当に幸せな笑顔で笑い。


 「お兄ちゃん、ありがとう!」

 浄化された少年は……永い幸せな夢を見る。


 

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