魔法少女ダービー

@Shinjiro_Dobashi

第1話

 舞台は整っている。


 背景は悪くない。三階の窓の外から見えるメタセイコイアの樹が存在を主張している。

 ライトアップも問題なし。揺れる木漏れ日、放課後はオレンジ色に染まる。

 風が吹き抜け、木々が揺れる音もいい。


 そして今年のキャストのパフォーマンスはベスト。

 高坂花翠こうさかかすい久遠咲希くおんさき

 クールな美少女と快活な陸上部のエース。そんな対照的でいて存在感のある二人によって、華やかに彩られている。


 それが二年一組という教室だ。

 そして自分はエキストラ……いや、観客だろうか。

 彼女らと同じクラスになった自分が学んだことは、最初から決まっているということだ。持っている人間は最初から。才能も人望もこの残りの高校生活でどれほどに努力をしようとも埋まらない。いや、距離は開いていくばかりだろう。

 カメラのピントは彼女たちに合わせられ、自分はその背景に溶けていく。

 テストで偶然にいい点数を取って、今から運動部に入部したとしてもその立場は変わらない。百メートル走のタイムをコンマ一秒縮めて何が変わるのか。ボールをゴールに蹴りこめたとしても得るものはない。

 現に自分は、この今までに失ったもののほうが多い……。


「そんな俺がさ、助けたカナリアに脅されてるって言ったら信じる?」


「まったく信じられない」


 椎名月人しいなつくとには幼馴染がいる。背景に溶け込むようにいつもそばにいる彼女は、椎名があるトラブルで一人暮らしになってからも近所に住む変わらない存在だ。


「俺はずっと監視されている」


 教室の窓におびえた視線を向けていると、彼女はあっさりとカーテンを開いた。


「誰もいないじゃない」


 教室がオレンジ色に染まる。窓からはメタセコイアの樹と放課後の校庭が見えるだけだ。


「誰、じゃなくて鳥なんだ」


 窓の外をそっと窺うが……カナリアはいない。


「疲れているのなら、必要なのは警戒じゃなくて充電じゃない?」


「俺がスマホだったらそれで回復するんだけどな」


「君ってさ、昔からよく怪我をしたけど自分の治癒力を過信しすぎる傾向があるよね。でも病院というのは治療方法が出来上がっているから、きっと簡単に……」


「幻覚ではなく事実なんだ」


「あっ、でも前に燕と話をしたって言ってたっけ」


「あれは神宮でのつば九郎とのエピソードだな」


「まずカナリアを助けたっていうのからピンとこなくて」


「あのリンゴの樹があるだろ」


「ああ、君が植えたやつね」


「あれは雨の降る日だった……」


「おっと、話が長そう」


 彼女はパックのいちごミルクにストローを差して窓際に寄りかかる。


「公園の片隅にあるリンゴの樹は七年前に食べたリンゴの芯を捨てたら生えてきた。そのリンゴは誰かから貰ったような気がするけど……まあいいか。とにかくそれから俺は、肥料をやったりと世話をした。植えた責任を感じていたのかもしれない」


 月日は経ち、リンゴの樹が椎名の身長を追い抜いぬいたある日のこと、枝に黄色い小鳥がとまっていた。それはどこかの鳥かごから逃げ出したカナリアだった。

 ……そして増殖する。リンゴの樹は逃げ出したカナリアたちの巣となった。


「そして、つい最近のことだけど、あの公園に子猫が住み着いた。心配になった俺はちょくちょく公園に行くようにしてたんだよ」


 心配していたのは猫ではない。樹齢七年のリンゴの樹は、野良猫からカナリアを守る防壁としては心もとなかったからだ。


「俺の嫌な予感はよく当たるんだ。競馬で応援していた馬はここ一番で失速したし、気に入ったラーメン店は潰れるし、テストのヤマは外すしスワローズも手痛い敗北をきっする」


「スワローズはいつものことでしょ」


 そして今回も椎名の嫌な予感は当たることとなった。

 傷つき墜落したカナリア。それに跳びかかろうとする黒猫……。


「駆け寄って寸前で助けてやったんだ」


「君は傷ついた小鳥に惹かれるの?」


「すると、手の中のカナリアが光を帯びた……ように見えた」


 窓の外を見ていた幼馴染は、いちごミルクのパックを「クコー」と音を立てて吸っている。


「そしてカナリアが俺の手から空へ飛びたち、俺は驚いたんだ……」


 あの奇跡の光景は未だにまぶたに焼き付いている。


「猫のほうが空へ飛びたった、ていう話なら私も驚けたんだけどな」


 馬鹿げたことを話す椎名に、幼馴染は優しい視線を向けている。こうしてなんでも話せ、自分を理解してくれている幼馴染の存在は、自分の持っている数少ないものなのかもしれない。


「要約すると、それから小鳥に監視されるようになったのね」


「そうだ、今の俺は助けたカナリアにストーキングされている」


「そのお話が空想ならば、君はとてもロマンチスト」


 幼馴染はくすっと笑った。


「もしもそれが真実なら、きっと登場人物の誰かが……イカれてる」


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