人を食べる町
うすい
『忘れ雨』
「忘れたくない!まだ、まだずっと一緒にいたい!なのに...なのに!」
「私も、ずっとそばに居たい!ずっとあなたの事愛していたいよ...!」
激しく振り白む雨脚が、抱き合っている2人を包む。
「宇月!俺は忘れないから!だから!だから宇月も...」
記憶が薄れていくのを感じる。意識が朦朧とする。
数秒後、コンクリートの冷たさを全身に感じる。
雨が、降っている。
「...い!おい!
意識が朦朧とする...また寝てた...のか?何だか変な夢を見ていたような気がする。
「すんません...」
「もう瑛斗、最近寝すぎ...そんなんじゃテスト赤点取っちゃうよ〜。」
隣の席で笑う小柄なおさげの女の子、
「まあな...あれ今歴史だっけ...なんかすげえ変な気分...身体が冷えるっつうか...」
最中、頬に雫が伝う。宇月にバレないように袖で雫を拭う。俺、なんで泣いてるんだ。
「瑛人!お前いつも何時に寝てるんだ?昨日も今日もずっと寝てるだろ!何度言っても伝わらん...ったく。」
先生は答案用紙に丸をつけながら俺を叱っている。
「すみません...。ほんと。」
深深と頭を下げる。
先生は答案用紙に丸をつけるのを辞め、椅子をくるりと回転させこちらを向き、レンズ越しに俺の目を見た。
「...まあいい。次から気を付けろ。それと、今日授業でも言ったが、今日は忘れ雨の日だ。外に出るなよ。」
「は、はい。失礼しました。」
忘れ雨ってなんだ...?そう思いながら職員室の扉を閉め、カバンを背負ったその時、
「え〜いと!帰ろ?」
部活終わりの宇月がやってきた。
「おう、今行く。」
「おいおい瑛斗ほんとお前らラブラブだな〜!気持ちは伝えたのか?え?」
突然廊下の方から友人が声を掛けてきた。急いで友人の口を手で塞ぎ、小声で囁く。
「ばっ、バカ!あんまデカい声で言うなよ...まだだよ。」
友人は俺の手を退けて、少しにやけた。
「宇月、絶対お前のこと好きだから、早く気持ちに応えてやれ。じゃないと忘れちまうぞ。」
俺は何も言えないまま宇月の方を向いた。
「何やってるのー、2人共、瑛人早く帰ろ?」
「あ、ああ。」
「な〜んか今日の瑛斗様子おかしかったけど、どうかした?」
「え?あ、ああ。なんか変な夢見たんだよな...もうどんな夢だったかも覚えてないけどさ...」
「ふふ〜ん、それって記憶が無くなっただけなんじゃないの?」
宇月はグイッと顔を近付け、自信有りげに見つめる
「はぁ、何言ってんだお前...記憶が無くなるって俺まだ若いし、そんな病気ないぞ...」
「そーいうのじゃなくて!知らない?この町の噂。『忘れ雨』!100年に1度、この町を覆う程の雨が降ってきて、その雨に当たると、記憶失っちゃうの。」
「なんだそれ...さっき先生も言ってたけど、訳わかんねえな...やりすぎ都市伝説とか?そんなの存在しないだろ...」
「違うよ〜!私のおばあちゃんが教えてくれたの!周期的には今夜がその雨の日なんだって!だから絶対に今夜外に出ては行けないの。」
熱弁する宇月の顔は嘘偽りのない真剣な表情で、俺は少しだけ宇月の言うことを信じてしまった。
「今夜か!だったら夜電話しないか?なんか面白そうだし。後伝えたい事...あるし。まあ信じてはないけどな」
宇月は顔を上げ、途端に笑顔になる。
「それすっごくいいー!!でも私の家由緒正しき古い一軒家だから流されちゃうかも!なんてね流されたら助けてよ〜?」
「その正しき由緒も孫の代で終わりだな。」
「はぁー?私が由緒正しくないって言いたいのー?!私は由緒正しきレディなので、ちゃんと助けに来てね」
「やだよ、記憶なくなっちまうも〜ん」
「こういう時だけ信じるなー!」
それから他愛ない話を宇月の家に着くまで話し続けた。
「それじゃ宇月、また夜。記憶、失わないようにな。」
「大丈夫!おばあちゃん元巫女様だし、なんとかしてくれるでしょ!送ってくれてありがとうね!瑛斗も気をつけてね」
家に帰り着き、宇月の話を思い返す。
交通網を遮って町から出られなくなる程の強い雨。
まるで閉じ込められるような、雨。
俺は小さな頃母から読ませてもらっていた絵本を思い出した。
「まだ部屋にあったはず...」
雑に並べられた漫画や雑誌の中からひとつの絵本を取出す。
表紙には、街を背中に乗せた、真っ黒な蛙みたいな怪物がゲップをしている。
『人を食べる町』
「この町は生きている。腹を空かせて、大きな口を開いて、人が来るのを今か今かと待っている。
入ってきた瞬間、町から出られないように口を閉じて、溶かしてしまう。そうして溶かしたあとは、また口を開いて待っている。何度も、何度も、咀嚼を繰り返しながら。」
こんなに怖い絵本だったんだな...これ...。
にしても似てる...宇月の話と。
閉じ込められるのも、溶かされてしまうのも、
雨で出られなくなり、記憶を失うのと同じような表現だ。
「考えすぎ...か。」
夜になり、食事を早めに切り上げた俺は宇月に電話をかける。
「もしもし宇月!まだ俺の事忘れてない?」
「あなた...誰?」
胸がざわめく。心臓の鼓動が早まる。
「...は?俺だよ、瑛斗。森谷瑛斗。足のサイズは27で、幼稚園の頃から同じだったよな。千秋先生が怪我した時は2人で看に行って...」
「なーんてね、ちゃんと覚えてるよ〜。瑛斗ほんとに心配してるの可愛い。」
「お、お前...悪い冗談やめてくれよ...本気で心配したぞ...」
早まる鼓動を落ち着かせるために、俺はゆっくりと息を吸った。
「心配したってことは信じてくれてるってことだよね!良かった良かった。絶対外出ちゃダメだよ〜瑛斗。」
次第に雨が降り出す。
「ほんとにちょっとずつ雨が降ってきたな...見た目は普通だけどな...」
「ほんとだね!どんどん強くなってる。うわあもう外見えないよ!白んできてる。」
雨がどんどん強くなり、雷が鳴り響く。霧が立ち込める。もうほとんど外は見えない。音も次第に大きくなり、不安が大きくなってくる。
「すごい雨だな...そっちは大丈夫か?俺はマンションだから大丈夫かもだけど、後さ、俺伝えたい事があってさ...」
伝えるんだ。俺。ここで。宇月に気持ちを。
「つ、伝えたい事?な、何?改まって。雨?雨なら多分大丈夫だよ。」
目を瞑り、胸を撫で、息を整える。
「宇月...好きだ!電話越しですまん!付き合ってくれ!」
胸が高鳴る。鼓動がどくどくと聴こえてくる。
しかし、いくら待てど、宇月の返事はない。
「...宇月?宇月...ごめん。俺じゃダメだったか?」
ツーツーツー
突然電話が切れた。
「...は?おいまたそんな冗談かよ。」
何度もかけ直すが、繋がらない。
「宇月...!」
レインコートを羽織り、更には傘を開いて玄関を飛び出す。
はぁはぁ...はぁはぁはぁ...頼む...!宇月!悪い冗談であってくれ...!
この角を曲がって、坂道を登った先、宇月の家がある。霧がかかっていて、中々前に進めない。
やっとの思いで坂道を登った先、宇月の家が半壊していた。
いや、宇月の家どころではない。
周りの一軒家も、篠突く雨に何かしらの損害を出していた。
まるで、雨が獲物を探すかのように。
屋根が崩れ落ちた宇月の家に入る。崩れた屋根を掻き分け、宇月を捜す。
「ここ...誰か...おばあちゃんが...」
小さく宇月の声が聞こえる。
「...!そこか!そこにいるんだな!今行く!宇月!待ってろよ!」
瓦礫をかき分け進む。
瓦礫の隙間からは腕が見え、俺は急いでかき分けた。
「瑛斗...!瑛斗なんで...あ、おばあちゃん...おばあちゃんが...!私を庇って...」
宇月のおばあちゃんが宇月の上に覆いかぶさっていた。
宇月と宇月のおばあちゃんを引っ張り出す。
「はぁはぁはぁ...大丈夫だ...宇月...おばあちゃんも...大きな怪我はしてないみたいだ...」
ゆっくりと宇月とおばあちゃんを引っ張り、タオルを掛け、そっと座らせる。
幸い、宇月も、宇月のおばあちゃんも、目立った外傷はなかった。
しかし、宇月のおばあちゃんはぐったりとしていた。
「おばあちゃん!おばあちゃん!起きてよ!おばあちゃん!」
宇月が必死の思いでおばあちゃんの身体を揺する。
「ん...さっきから...あら...あなた...誰?」
「え?おばあちゃん、私だよ。宇月だよ!」
全く状況が掴めない。この雨は本当に、記憶を奪うのか?なんで?なぜ?記憶が無いんだ?
分からない、いや分かる。厳密には思い当たる節がある。だけど、未だに、信じられずにいる。
「宇月...おばあちゃん連れてどこか室内に行こう。俺達も、もしかしたら記憶が無くなるかもしれない」
宇月は何も答えずに、下を向いている。
「宇月...?逃げよう。雨の当たらない場所へ。」
「そうだね...あのね、そうしたいんだけどね...もう、私意識が朦朧としてきてるの。」
宇月の顔は雫で溢れている。
「は...宇月...俺の名前まだ言える?...」
「ごめんね...わかんない...わかんないよ。でも、気持ちは、気持ちはまだずっと、残ってる。やだよ。忘れたくないよ。まだ好きってちゃんと言えてないのに...。」
動悸が止まらない。頭が熱い。喉が焼けるような感覚を覚える。
「大丈夫だよ宇月。俺は絶対宇月を忘れない。だから、泣かないで。怖くない。ずっと一緒だよ。宇月。俺も大好きだ。」
もう何も失わないように、そっと宇月を抱きしめる。本当は怖い。震えが止まらない。
記憶がなくなっていくのも実感する。
泡が弾けていくような感覚。
もうこの頬に伝う雫が涙なのか、雨なのかも分からない。
「忘れたくない!俺まだ、まだずっと一緒にいたい!なのに...なのに!」
「私も、ずっとそばに居たい!ずっとあなたの事愛していたいよ...!」
激しく振り白む雨脚が、抱き合っている2人を包む。
「宇月!俺は忘れないから!だから!だから宇月も...」
記憶が薄れていくのを感じる。意識が朦朧とする。
「...い!おい!
意識が朦朧とする...また寝てた...のか?何だか変な夢を見ていたような気がする。
「すんません...」
「もう瑛斗、最近寝すぎ...そんなんじゃテスト赤点取っちゃうよ〜。」
隣の席で笑う小柄なおさげの女の子、
「まあな...あれ今歴史だっけ...なんかすげえ変な気分...身体が冷えるっつうか...」
最中、頬に雫が伝う。宇月にバレないように袖で雫を拭う。俺、なんで泣いてるんだ。
人を食べる町 うすい @usui_I
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