俺、夏休み清掃ボランティアに参加する

 七月の終わり、俺はボランティア部の活動のために朝七時に登校した。

 朝練するような部活に入っていない限りこの時間帯に来ることはない。それでも年に数回、今日のみならず、これからもボランティア部の早朝登校はあるようだ。

 今日は学校周辺のごみ拾いの日だった。生徒会、美化風紀委員に加えてボランティア部が参加している。夏休みに入っていたので近隣の子供会と合同ごみ拾いとなった。

 正直なところ俺は子供が苦手だ。どう接して良いかわからない。だから子供の扱いに慣れたヤツに任せようと思ったのだが、その日集まった俺たちの中にコミュニケーション能力が高い生徒は少なかった。

 夏休みに入って一週間ほどだったが、合宿などで運動系部活に入っているメンバーは不在だった。

 樋笠ひがさ小原おはらがいないだけでなく、小早川こばやかわもバイト前の休息を十分にとるためとか理由をつけて来なかった。だからボランティア部は俺と部長の前薗まえぞのの二人だけだった。

 生徒会は三年生の会長と副会長の東矢泉月とうやいつきだけだ。書記の星川ほしかわの姿もなかった。

 美化風紀委員はそれなりにいた。中高六学年三十九クラスに一人ずつ美化風紀委員がいるはずだから、その半分が出てきただけでも二十人くらいになる。

 その中に先日水着を買いに行った時に見かけた三人組の一人、黒髪ロングの美少女がいた。どこかで見たことがあると思ったのは美化風紀委員の一人として一緒になったことがあったからだと俺は今さらながら理解した。

 そいつは幡野はたの香耶佳かやかと言った。とても静かな女だった。おそらく簡単には打ち解けられない性質なのだろう。他の美化風紀委員とも距離をとっているようだった。東矢泉月に近いタイプだ。

 俺たちはみな夏用体操着を着ていたが、幡野はたの東矢とうやも長い黒髪を後ろで束ねていたからパッと見たら見紛みまがうほどだ。

 俺と前薗は幡野と東矢そして会長の舞子実里まいこみのりと一緒のグループになった。話をしなくても気を遣わなくて済むのでとても楽なグループだ。

「会長と御一緒させていただきます」前薗がおしとやかに一礼する。

「頼んだよ、プリンセス」舞子まいこ会長は笑顔を前薗に返した。

 いつも思うが前薗は舞子会長に付き従っている。前薗をはじめとするS組は中等部時代、舞子実里にかなり可愛がられたようだ。樋笠が舞子を「ボス」とか「親分」と呼んだこともあった。前薗にとっても特別な存在なのだろう。

 小学生が六人いた。俺たちも六人。六人目はなぜか鮎沢あゆさわだった。確かこいつは無所属だったはず。

千駄堀せんだぼりくん、よろしくね」この暑い日でも前髪が眼鏡までかかっていて表情が読めない。

「鮎沢、美化風紀委員だったのか?」

「ボクは小町こまち先生に言われて」

「ん?」

「赤点の罰として社会貢献しなさいと」こいつ、そのうちボランティア部に入れられるんじゃないか?

「……そうなのか。まあ熱中症にならないように気をつけよう」

 空き缶やらゴミを拾いながら少しずつ移動する。車が通りかかると危ないので必ず監視役をたてる必要があり、舞子会長がそれをやっていた。

 俺と鮎沢は背中にかごを背負い、いっぱいになった袋を収納して運ぶ係だった。

 はじめは良かったが籠が重くなるに従い肩にかかる重さと汗で不快になる。

 暑くなるから早朝の作業だったのだが、やっぱり暑いな。

 一緒にいた小学生は男女三人ずつだった。三組のらしい。兄弟、兄妹、姉妹と見事に三種に分かれている。姉弟のパターンだけがなかった。

 女の子は揃って前薗にまとわりついていた。前薗はいつも癒しの香りをまとっていて子供たちを惹き付けるようだ。天女の羽衣か。

「このグループはコミュ障が多いな」舞子会長が呟くように言った。「私も人のことは言えないが」

 東矢と幡野がわずかに頷いて後に従う。

「君もそうなのか?」突然話しかけられた俺は、不覚にも一瞬周囲を見渡してしまった。「君だよ、何て言ったっけ? 名前」

「千駄堀です」

「センダボリ。どんな字を書くのかな?」

「千駄木、千駄ヶ谷の千駄に土へんの堀ですね。お堀の堀」

「ああなるほど」

「よくとか間違えられます」俺は自虐的に言った。

「死んだふりか。面白い」舞子会長は笑った。

「面白いな、香耶佳かやか」隣を歩いていた幡野はたのに声をかける。

 幡野は「ええ」と小さく頷いた。名前呼びするとは近しい関係なのか。

「あ、思い出した。中等部にそんな名前の子がいたな。千駄堀双葉ふたば

「妹です」知ってんじゃねえか! シンダフリまで言わせやがって。

「君、高等部入学生だろう。妹がいる学校に来るなんて、お兄ちゃんしているじゃないか」

「嫌がられましたけどね」それは本当だ。

 少なくとも双葉にとって俺は自慢できる兄ではないらしい。まあ仕方ないが。

「いや、結構そういうパターンは多いのだよ。二年H組の鮫島さめじまもそうだったよな」今度は東矢に向かって言う。

「おっしゃる通りです」東矢は空き缶を拾いながら言った。

「あ、車が来るよ。作業ストップ!」舞子会長の一言で皆背筋せすじを伸ばし道路を注視する。

「妹を心配する兄って多いのだろうな」俺を見てから舞子会長は東矢を見た。

「さあ、どうでしょう?」東矢はもう道端に目を向けていた。

「私には男兄弟がいないからな。三姉妹の真ん中だ」この人自分語りをする人なのか?

「作業再開!」会長の一言でまたごみ拾いが始まる。

「うちの場合、三姉妹とも学校はバラバラだ。姉は公立、妹はもっと自由な校風の私立に通っていて茶髪だ」

 舞子会長は東矢や幡野と同じく漆黒ヘアだった。髪型がボブカットなところが異なる。言葉遣いのみならず見かけもボーイッシュだ。黙っているとクールビューティ。生徒会長として演説する時は全校生徒の尊敬の眼差しを集める。

「姉妹で同じ中高一貫に通うのもそれはそれで大変だな」舞子会長は幡野を見た。

 幡野は自分に向けられた言葉だとわかっていたようだが何も言えないようだ。

「幡野の姉は先代の会長なのだよ」舞子会長は俺に言った。「凄い美人でな。クレオパトラみたいな人だった」

 幡野妹も髪を下ろしたら前髪ぱっつんのストレートロングだ。そして美人。クレオパトラの表現はあながち間違いではない。

 俺は高等部入学式で見た雲の上の存在のような前生徒会長を思い出した。それに比べて幡野妹から少し地味な印象を受けるのはやはりおとなしいからか。

「堅物で怖い人だったのだよ」その割には楽しそうに語っているな。

「会長、少しお言葉が過ぎるかと」そう言ったのは幡野妹ではなく東矢だった。

「ごめんごめん、私だって前会長を尊敬している。ただ肌が合わないタイプっているだろう。だから生徒会活動を一緒にはできなかった」

 そう言えばこの人、去年の秋生徒会に所属していなかったのに立候補して会長になったな、と俺は思い出した。

「中等部時代は一緒に生徒会活動をしていて私も可愛がられたから今でもお慕いしているよ」会長は幡野妹に言った。

 ふと気づくと俺たち四人は小学生六人を放置していた。

 女の子三人は前薗にまとわりついていて、男の子三人はなぜか鮎沢が面倒を見ていた。

 それがまた不思議な光景だった。

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