俺、水着売り場で観劇する

 俺は再び水着売場を訪れた。ようやく今日の目標が達せられる。

 水着コーナーは男女別々だが、はっきりパーティションで区切られているわけではない。おそらくはカップルが一緒に見られるように設定しているのだろう。

 といって実際にカップルはそこにはいなかった。

 俺は何気なく自分の水着を選びつつ女物のエリアに目を向けたりしていた。そこにあの三人組がまだいたからだ。

 リーダー格は悪役女優顔だ。小町こまち先生や村椿むらつばきと同類で俺にとってはちょっとタイプの顔でもある。

 妹の双葉ふたばの話だと渋谷しぶやもこのタイプが好みらしい。俺がもし万一、女あさりを始めたら美貌の渋谷とことになる。

 そんなことは起こりっこないがちょっと想像してみた。これは、いわゆる、ひとつの、俺の妄想だ。

「絶対にこれが良いよ。君もイチコロだわ」

 そいつの声はよくとおる。耳を澄ませなくても聞こえてくる。

 対称的に、そいつに露出度満点の水着を無理やり勧められている黒髪ロングの美少女は困惑していた。しかし言い返せないようだ。

 村椿が言ったように何か秘密を握られて言うことを聞かされているのだろうか。

 まさにスレーブ。俺はそいつにちょっぴり同情した。

「ねえねえ、私は?」

 三つ編み眼鏡が悪役女優に訊く。パステル柄の紐ビキニを体にあてていた。前薗まえぞのに着せてみたい水着だ。

「あなた、マジでそれ着るの?」なぜか悪役女優は引いていた。

「えええ、いいじゃーん」こいつ、こんなキャラだったのか?

 黒髪ロング美少女がそこを離れた。他の水着を見ている。

 色の濃いセパレートをいくつか並べていた。

 そうだ、そちらの方が似合うと思う。俺の意見などどうでも良いのだが。

 しばらくして三つ編み眼鏡にダメ出しをした悪役女優は、悩んでいる黒髪ロング美少女のところへ移動して「この中ならこれが良いんじゃない?」と指し示した。

 濃い紫でかなり大人びて見えるがはじめに勧めた際どいものに比べれば断然似合う。

 黒髪ロングがフッと微笑した。

 何だ、結局本人が気に入ったものを勧めてやるのか。嫌がるものを押し付けたりしないようだ。

 観ていて不快な思いをしないかヤキモキした俺は何だかホッとした。

 俺は自分の水着選びを再開した。なるべく地味で目立たないのを探す。双葉にじじくさいと言われないものにしなければならない。それが意外と面倒だ。

 どうにか二つに絞って並べていたらいきなり耳元で声がした。

「私は左が良いと思いますよ」

「そうだな……て、お前!」

 いつの間にか三つ編み眼鏡が俺の横にいた。

 またも気づかなかった。こいつは俺以上に気配を消すスキルを持っているのか?

伊沢いざわでえす」敬礼するような挨拶。

「何か用か?」

「私たちのこと、観劇していましたね」

「まあ目立つからな」否定しても仕方ないから素直に答える。「三人で海にでも行くのか?」

「避暑地ですよ」

 何だよ近いなこいつ。俺のゾーンに入って来てやがる。小原おはらみたいなヤツだ。

千駄堀せんだぼりくんもどこかに行くのですか?」

「まあ俺も避暑地だな」

 こいつ、俺の名前知ってやがる。順位表の前でインタビューした時に俺の名札を見たのだろうが、それだけで俺の名を覚えられるヤツは滅多にいない。

「人の名前覚えるの得意なのか?」

「同学年はコンプリートしました。顔と名前は完全一致します」

「すげえな」俺はただ感心する。

 俺は同じクラスにでもならない限り名前は覚えられない。顔はだいたいわかるが。

「それより、さっきもいましたね」ニコニコしながら囁く。「村椿さんと一緒に消えましたよね?」

 あいつ、気づかれてやがらあ。

「大丈夫ですよ、名手なてさんには言いません。そんなことを言ったら大変です。妄想が膨らんで手がつけられなくなりますから」

「村椿はたまたま一緒になっただけだ。俺はひとりで水着を見に来た」

「承知してますよ。ウフ」気持ち悪いヤツだな、こいつ。

 その時悪役女優の声がした。「伊沢さん、どこ?」

「はーい」三つ編み眼鏡の伊沢はすぐに返事をした。

「ではまた」いや、もうお前に会うこともないだろ。

 伊沢は女性水着エリアに向かった。

 大丈夫か。あいつこそ誤解していないか。

 俺は伊沢が勧めた方の水着を手にしてレジへと向かった。

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