俺、試験後の解放感を味わう

 土曜日、午前で期末試験は終わった。

 この解放感は特別だ。俺みたいな出来の悪い人間でも、一夜漬けすら適当にやっている人間でも、なぜかやり遂げたような充実感がある。

 腹痛に耐えてトイレに駆け込み一気に排泄したような爽快感。今ならまだ脳内モルヒネが分泌されているな。

 今日は家に帰ったら動画視聴やらゲームやらを堂々とできる。来週のテスト返しは考えないでおこう。

 あちこちで打ち上げの話が上がっている。ボッチの俺には縁のない話だ。

 一班のモブ女子三人の声も聞こえた。最近よく聞こえるな。俺のセンサーも感度が良くなったものだ。

「お昼、何にしようか」川島かわしまだ。

「制服のままでお店入って大丈夫かな」日高ひだかだ。

「今日は先生たちも見回りどころでないよ。ランチの寄り道くらいは大目に見ている」松山まつやまだ。

 そうなのか……。だったら陽キャグループは忙しそうだな。

 渋谷しぶや村椿むらつばきはテニス部の集まりがあるようだ。

「マジかよ、練習ないのだろ? 話だけなら行かなくても」駄々をこねているのは日暮ひぐらしだった。

「こどもか」同じテニス部の牧野原まきのはらは呆れていた。

 部会だけ開かれるらしい。運動部の練習は今日までできないことになっている。だから多くの部活で部会のみ行うのだ。

 さて、さっさと帰ろうと教室を出た俺を前薗まえぞのの笑顔が待ち受けていた。

千駄堀せんだぼり君、紅茶はいかが?」

「いただきます」俺は条件反射的に答えていた。

 なんで見つかるかな。気配を消していたのに。

 俺は廊下を前薗の後について歩いた。

「ごきげんよう」通りすがりに出くわす生徒に前薗はいちいち挨拶する。そして「さようなら」

 下級生たちは揃って一礼した。

 まさにプリンセス。何だこの世界は?

 そして俺が前薗の後を歩いていることは誰にも気付かれなかった。


 部室には専属部員しかいなかった。俺と前薗そして小早川明音こばやかわあかねだ。

 三年生の専属部員は幽霊部員だし受験を控えて不参加だ。

 兼部している小原おはらはレクリエーション部に、樋笠ひがさは演芸部か演劇部に行っているようだ。名前だけ部員の渋谷しぶやが来るはずもない。

「夏休みまであと一週間だな。これでバイトに専念できるわ」小早川こばやかわが言った。

 こいつバイトしているのか。

 我が校はバイトについてもいろいろ制限がある。誰でもできる訳ではない。許可制だ。

「何をやってるの?」俺はつい訊いてしまった。

「ファミレスの接客」

 小早川はイタリアン・ファミレスの名をあげた。俺がよく利用する店だ。店舗は違うようだが。

「いらっしゃいませ、ご主人様」突如小早川が変身した。声が高い。メイド声だ。

 俺が目をみはっていると「間違えた! これは昔やった舞台劇の役だ」小早川は頭を掻いた。

 なんて明るいヤツだ。眩しすぎるな。

「演劇部の公演だったわね。よく覚えているわ」前薗が言う。

大地だいちに付き合わされたんだよ」樋笠が小早川を演劇部にスカウトしたようだ。

「ヤンキーウエイトレスの役だった」それって演劇ではなくてコントではないのか?

「演劇部のサイトで動画視聴できるわね」

純香すみか、余計なことを言わないで。黒歴史なのだから」

「そう言いつつ今でもその役に成りきるでしょう?」

「染み付いたな」

 いやきっとバイトでもヤンキーウエイトレスをやっているのだろう。後で動画視聴しておこう。


 ボランティア部の定例会は簡単に終わった。俺は前薗がいれた紅茶を飲んでいれば良かった。

 小早川はなかなか面白いヤツだ。黙っていれば美少女なのだが喋らせると男っぽい性格が出る。小原がたまに「番長」と呼ぶのもわかる。面倒見が良いのだ。

 そして今でも一桁ランカー。二十位以下になってしまうとバイトの許可が取り消されるらしい。成績が落ちるようならバイトはやめなさい、というのが我が校の方針のようだ。

 俺ははじめこいつがS組十傑の一人だとわからなかった。過去のランキングを見ても「小早川明音」の名がないからだ。

 しかしランキング表をよく見ると「浅倉明音あさくらあかね」の名があった。それが去年までの小早川の名前だったのだ。

 親が離婚して自分の小遣いは自分で稼がねばならなくなったらしい。おまけに小学生の双子の弟妹の面倒をみるために部活はせずに帰宅するという。

 この学園にもこうした生徒が、少ないものの何人かいるようだ。

「そろそろ来るかな」小早川が一段落いちだんらくした頃に言った。

 それが合図だったわけでもなかろうが扉をノックする音がしたかと思うと、おもむろに扉が開き、一人の女子が入ってきた。

 ストレートの黒髪ロングヘア。神々こうごうしいまでの美貌。

 生徒会副会長の東矢泉月とうやいつきだった。

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