俺、プリンセスと紅茶を飲む②

 前薗まえぞのがこれ程喋るのは珍しい。小原おはらがいないと意外に喋るのか?

 いや小原が好き勝手に喋り過ぎるのだろう。

「そうそう、担任も変わったの」ちょっと話がれていく気配。

「これまでずっとA組の担任をしていた水沢みずさわ先生がD組の担任になっちゃった」

 水沢は古文の教師だ。一年生の頃確かにA組の担任だったな。

「何でだろ」

「知っているかもしれないけど水沢先生、結婚されたのよ。学園では旧姓のままにしているの」

「結婚が理由なのか?」

「いつ産休に入るかわからない教師をA組の担任にしておけない」何だそれ。

「って理由で外されたと言われているわね」誰が言っているんだ?

「何が理由かはともかく、水沢先生がA組担任を降りて、その後釜あとがまが自分だと思った先生はいたでしょうね」あ、察し。

「実際にA組担任になったのはベテランの倉敷くらしき先生だった。誰にも異論を言わせない人事だと思うわ」なるほど。

「それでA組ではない他のクラスの担任になったその先生はどうしようと考えたと思う?」

「自分のクラスを優秀にしたいと思うのかな?」俺はとぼけた。

「クラス分けはランダムと言われているけれど、調整はあるのよ」詳しいな。何で知っている?

「問題のある生徒は男性教師が担任するクラスに送られる」

 男性教師の担任はH組の西脇にしわきだけだ。中年の数学教師。冴えない男だが韜晦とうかいしている可能性はある。

「それで星川ほしかわがH組に?」俺はふざけて言った。

「どうでしょう」前薗は微笑んだ。

「星川君を入れたのは問題児をいさめるためという説もあるし」そう思ってないだろ。

「とにかく、の担任になったその先生は……」

「今、って言ったぞ」

「あら、私としたことが」前薗は目を細める。

「続けてちょーだい」俺は先を促す。この流れは大事にしないと。

「その先生は、学園のプリンスとプリンセスは同じクラスにすべきとかいろいろと理由をつけて駒を動かすように調整を提案したの……したかもしれないの」言い直すのかよ。

 ちょっと小ボケなのは演技でなくて天然なのか?

村椿むらつばきさんを引っぱったのもその先生かもしれないわ。そして学級委員の二人」

「異を唱える先生はいなかったのか?」

「年齢を考えたら若手では水沢先生の次は小町こまち先生と市ヶ谷いちがや先生だからね」

と言ったな」ついに……。

「言ったかしら」

「聞き違いかな」喋ってもらう方が大事だ。スルーしよう。

「でも他の先生もいろいろと要望は出したと思うわ。特徴あるクラスもできているし、とか」何だそれ。

 俺は知らなかったが、「げんき組」とか「星組」とか「あかね組」とかいろいろとあるようだ。何だか歌劇団みたいだ。

「そのクラス分けをよく思わない人もいるでしょうね」

「たとえば?」

「ごめんなさい、ただの推測だから勝手なことは言えないわ」すでに十分じゅうぶん言っていると思うが。

「そうか。でも根本的なことだが、何でまた今までと異なるクラス分けをしたんだろうな」

「私たちの学年のA組はほとんどずっと同じ顔ぶれだった。今まで例を見ないくらいに。成績上位が変わらないから仕方がないよね。クラス替えしても十人くらいしか入れ替わらないの。そういうのを繰り返して来たから、新しい空気を入れた方が良いという意見もわかるわ」

「そんな理由なのか?」

「表向きは」

「裏は?」

「理事会の意向だと思う」

「理事会?」

 理事会って、クラス分けに口を出すのか? そしてそれが反映されるのか。

「出る杭は打たれる。S組はやり過ぎたみたい」

「それって……」

 その時、「ああ、終わった、終わった」と賑やかな声がしたかと思うと、扉が開いて、さながらウサギのごとく、ぴょんぴょん跳ねる女子が入って来た。小原梨花おはらりかだった。

「レクリエーション部も終わったよー。純香すみか、帰ろー」

「そうね」

 良いところで邪魔が入ってしまった。

「あ、邪魔した? 私」

 俺と前薗の何やら静かな雰囲気に小原は目を丸くして言った。

「お茶を飲んでいただけだから」

「ほんとにー?」小原がニヒヒと笑う。変な勘繰りはよせ。

悪巧わるだくみしている顔だったわよ」何だ、それか。

千駄堀せんだぼり君はいつもこういう顔よ」しれっと俺を指す前薗。

「どんな顔だよ」

「ごめんなさいね」前薗はおしとやかに微笑んだ。そんな顔されると許すしかない。

「では帰りましょうか」前薗は小原に言った。

 それで小原は追及をやめた。

 俺たちは片付けをして部室を出た。

 この続きを聞く機会はあるのか?

 先を行く前薗と小原。後ろを忍ぶ俺。

 廊下には人の姿がなかった。

「そうそう」小原が口を開く。「私たち、別荘呼ばれそうよ」

 ん、別荘?

明音あかねが教えてくれた。クラスは別になっても私たちは特別みたい」

「元S組と……あとはA組から、になるのかしら?」

「A組でなくても十位以内に入れば可能性はあるそうよ。の顔馴染みなら」

「そう……ちゃんに接近アプローチする子が増えるかしら」

「えええ、そんな人いるかなー」

「ひどいこと言ってるわよ、梨花」

「あう!」小原は口をふさいだ。

 気になるが俺は訊けない。二人の後ろを歩く俺はすっかり傍観者になっていた。

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