俺、観察を開始する

 次の日から観察期間は始まった。

 ふだんからクラス内を舞台鑑賞しているわけだが、対象を村椿麗菜むらつばきれいなとその周囲に絞ることとなった。

 村椿が所属しているグループは三つ。

 一つ目はいわゆる村椿グループと呼んで差し支えないクラス内カースト最上位の陽キャ・リア充グループだ。

 二つ目はテニス部。これは俺の観察対象外だ。

 そして最後の一つは俺も所属する一班。教室の右端縦一列の六人からなる。

 理科の実験などグループ学習の際は班で行動するから、強制的に組まされたこの班は切っても切れない仲だ。

 村椿は班長をしていた。おそらく村椿は班で行動するよりリア充グループで行動する方が楽しいだろう。

 そのリア充グループの構成要員は村椿含めて六名。

 村椿が密かに、というかあからさまに恋い焦がれる渋谷恭平しぶやきょうへい

 ミス御堂藤みどうふじにして俺が所属するボランティア部部長の前薗純香まえぞのすみか

 男子学級委員の三井みつい

 女子学級委員の酒寄さかき

 そしてガヤとしてクラス一存在感がある大崎おおさきだ。

 まさに完璧な布陣。クラスの顔。こいつらがクラスの方向性を決定しても文句は言えないと思う。

 しかし投書の主はそれが気に入らないようだ。そいつは果たしてどのような人物なのか?

 単純に考えてリア充グループに嫉妬を感じる層、陰キャモブキャラが浮かぶ。そうまさに俺だ。って、俺ではない。

 いや、陰キャモブキャラがあいつらに嫉妬するかな。何を決めるのもあいつらがやってくれるので楽ではないか。

 すると村椿グループにマウントをとられてイラつく二番手グループなのだろうが、このクラスに二番手グループなるものは見当たらなかった。俺みたいなボッチは数名いるが。

 してみると、村椿個人に対する中傷か?

 投書には村椿を中心とする五、六名のグループとあったようだ。原文を見ていないので何とも言えないがそれが正しいとすると、グループと言いながら名前が挙がっているのは村椿だけだ。

 なぜ村椿グループ?

 渋谷でもなければ前薗でもない。最も五月蝿うるさい大崎でもない。

 そこに何か意味があるのか?

 考えたところで答えが出るはずもない。

 俺はいつも通り教室の空気と化して村椿の姿を追った。


 二限目と三限目の間の長休み。俺の列の一番後ろにいた村椿は席を立ち窓から二列目にある前薗の席まで行く。

 前薗は学園のプリンセスであり、学校案内のパンフレットでも生徒モデルをしているからこのクラスでも顔だ。

 投書主は村椿グループと書いたらしいが(それも小町先生が言っただけで実物を見たわけではない)前薗グループと言っても良かった。いや実際前薗の席にみんな集まっているではないか。

 前薗は座ったままだが、そこに村椿が来て渋谷もやって来た。

 村椿は渋谷が来ると思うから真っ先に前薗のところに来るのだろうと俺は思う。

 そしてガヤ。大崎が数学と化学が全然できないとか言いながらやって来る。五月蝿くて耳をすまさなくても聞こえてくる。

「ちゃんと授業を聞きなさいよ」と村椿が叱咤する。その声も大きい。

 離れたところにいると大崎と村椿の声ばかり聞こえる。きつい村椿に怒られるおバカな大崎。そういう図式が出来上がってしまうのだ。

 しかしそこには男女学級委員の二人、三井と酒寄もいた。彼らも喋っているが、よく聞いていないと断片的にしか聞こえてこない。俺は幸か不幸か聴覚を研ぎ澄ませることが得意だから他の奴よりは聞き取ることができるが。

 彼ら六人は期末試験のことを話し合っていた。

「教えてくれね?」大崎が村椿に頼み込んでいた。

 ものを頼む態度ではない。かなり軽薄だ。しかしそれが大崎なのだ。悪気はない。奴なりに真剣に頼み込んでいることを俺は知っていた。

 そして村椿も「世話が焼けるわね」と言いつつ結局は大崎に数学やら理科やらを教えるのだ。

 確かに口は悪いが村椿は面倒見が良い。

「じゃあ俺にも教えてくれ、麗菜れいな

 渋谷が冗談ともとれる言い方で村椿を見下ろすと村椿はわずかに頬を染めて「恭平きょうへい、自分で勉強できるじゃない」だからひとりで勉強しなさいとは絶対に言えない。

「できないから言っているんじゃないか。なあ純香すみか」と前薗にも顔を向けた。

「ええ、そうね」前薗は目を細めた。

 それが付き合いで笑っていることも俺は知っている。

 こうして彼らの間で勉強会が行われる流れになる。渋谷とできるだけ長い時間一緒にいたい村椿にとっては願ってもない展開だ。

 村椿が仕切って話をまとめたとも言えるが、言い出しっぺは大崎であり、渋谷が勉強会を提案し前薗の意向で実現したとも見える。一緒にいた三井と酒寄はその流れにのっただけだ。

 そして三井と酒寄は学級委員として意見を言う。どうせならクラスで勉強会をしないか。その方がクラスの平均点も上がるし。

「俺は構わないよ、クラスでやるのも」渋谷の一言に村椿も頷く。

 渋谷は、それでも良いという感じで言っただけなのだが、村椿にはそれが一番だと聞こえただろう。

「仕方ないわね、クラスで勉強会しよう」村椿の良く通る声が聞こえた。

 その日の放課後のショートホームルームの後、学級委員からクラス勉強会の話が提案された。

 一部の生徒には村椿が決めたみたいに思えただろう。一事が万事。このクラスではこうして物事が決まる。

 それにしても面倒くさいことになったな。

 俺は自分の時間が失われた気がした。

 投書主も同じことを思ったのだろうか。

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