Dead and Alive
@Char0803
第一章
非常階段を駆け上る度に、カンカンと音がする。そうやって登っていく内に、段々息があがってくるが、それはこの階段を登りきった後で整えれば良い。むしろちょっとした運動をこなしながら吸う秋の夜の空気が美味しかった。
それに、これから死ぬっていうのに、亡くなる息の心配なんかしてもしょうがない。
俺は全てが嫌になった。終わらない大学の受験勉強。親ではなく、ただ成績だけを求めてくる上司のような二人組。もしかしたらいつか、俺が覚えていない遥か昔には何か違った生活をしていたような気もするが、そうだったかどうかの記憶すら定かではない。分かっているのはきっとこのまま生きていれば二人の言う通りに大学へと進み、就職し、勝ち組となる代わりにそれ以外の全ての俺を捨てる必要があるという事。あるいは全てを捨てた上で負け組になるのか? どっちでもいい。それ以外の道は思いつかない。
だから唯一思いつく方法で、俺は俺である内に死ぬことにした。途中で誰かに止められでもしたら、死にきらない内に病院送りにでもされたら困るから、時間は塾から家に帰る深夜である事。場所は名前も知らないビル。非常階段が屋上まで伸びていて、それを囲む柵は乗り越えられるようになっていて、ビル自体の高さも十分。思い切り上まで登ってから、真っ逆さまに下に落ちる。これがきっと俺に今出来る、最も確実で、苦しまない死に方の筈だ。
ようやく一番上まで辿り着いた。そこには少しだけ踊り場のような空間があり、屋上を囲むフェンスの開け口は南京錠で閉ざされている。それは下からもおおよそ見えていた。
だが、そこに黒いコートを着た女が居るなんてのは見えていなかった。
彼女は鉄柵に両腕を乗せて、もたれ掛かって外を見ていたのを止めて、俺の方を見た。黒髪が少しだけ靡いた。赤くて、大きな瞳。
「こんな所に、何か御用かな?」
まだ少し息があがっている。聞きたいのはこっちだ。どうしてこんな所に? いや、そもそも。
「お前は、誰だ?」
「私は吸血鬼だよ。君は人間だね?」
言葉が出なかった。当然吸血鬼なんて与太話だ。しかし何だってこんな、重大なタイミングでこんな事が? 階段を登り終えて少し経つのに、何故かまだ動悸が止まらない。俺の計画はこんなにもあっさりと失敗するのか? 脳に酸素が行き渡らない状態で、俺は全く反応を返す事が出来なかった。完全に混乱してしまっていた。
「ねえ、私は質問に答えたんだから、どっちかには君も答えてくれて良いんじゃないかな。君は人間だね? こんな夜にビルの屋上に、何の用があって来たんだい?」
ほんの少しの沈黙の後、俺はようやく続けて言葉を発する事が出来た。そう、俺には目的がある。
「……死にたいんだ。そこをどいてくれ」
そう言うと女はきょとんとした後で、失笑しながらこう言った。
「それはおかしいね」
「……何がおかしいって言うんだ?」
「1つ目。生き物は生きていたいって自然と思うものだから。猫でもネズミでも、鳥でも魚でも。そうでしょ?」
「俺はそうじゃない。俺は全てを終わらせに来たんだ」
静かに言いながらも俺は若干腹が立っていた。吸血鬼なんてのはともかく、人の心がわからない奴ではあるらしい。今どき死にたくなる奴なんていくらでも居る。
「そっか。じゃあ2つ目。丁度私も死にたかったから」
そこでまた、俺はぽかんとしてしまった。
「ふふ、きっと君には色々と納得出来ないことが出来たんじゃないかな」
茶化すような、それでいて優しい口ぶりで、女はこう告げた。
「どうせ死ぬって言うんだったら、別にこの後予定も無いんでしょう? 少し話をしようよ。お互いの、死ぬまでの話を」
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