第62話 勇者side 決断

「……」


誰も喋れない。


俺たちにはなにも希望はない。


異世界に召喚され、勇者にされてモテはやし立てられ、騙されていた。


しかも敵であった魔王黒崎に惨敗した。

なにひとつ通じなかった。

手も足も出なかった。


あげく、彩希は捕らえられて俺たちは今から、女王を掴まえに行く。


「……全部あいつが悪い」


佳奈が呟いた。


今は誰も信じられない。

みんなが黒崎を虐め、レイプまでしていたなんて知らなかった。


黒崎に言われた事が何度も頭をよぎる。

俺だって、目を背けていたんだ。

そんなはずはないって誤魔化して見なかったことにした。


もう、何を信じたらいいかわからない。

誰を信じたらいいかもわからない。

エゴや嘘で固めた自分も含めて、全部が気持ち悪い。


「……とりあえず、帰ろう。今はそれだけを……」

「ほんとに帰れるの?」

「わからない。だから黒崎は女王を捕まえて来いって言ったんだろ?」


ギクシャクした空気がキツい。


「……くそが」


智樹が悪態を付く。

今までは魔王を倒して帰るという目標があった。


だから黒崎が自殺した件がうやむやなままでもどうにか「クラスメイト」で居られた。


だがもうそれも無理だ。



王都の外の連合軍本部に着き、俺たちは負けて帰ってきたと報告をした。


「そうですか。サキ様が……」


伝えたのは戦闘で負けて彩希を人質に取られた事。

体制を立て直す為に退避したという事。


勇者の末裔の話はしなかった。

というか、出来なかった。


誰も信用できない中で、最も信用できないのが目の前のバーメル女王。


もし仮に、黒崎が言っていたように魔大樹を爆破するついでにあの地下の存在を抹消、あるいは隠蔽しようとしていたならまず話題には触れてこない。


勇者の末裔がそのまま俺たちの末路になると勘づかれるからだ。


「勇者様方は一旦ケガの治療を」


バーメル女王は王都の地図を広げながら連合軍の各指揮官たちと包囲網や魔族の現在地の話をしている。


しかしどこからか悲鳴と怒号が聞こえた。


「報告! 連合軍の兵士たちが互いに争いを始めてしまい、乱戦となっており収拾がつかなくなっております!」

「幹部達に抑えさせろ。国単位の争いに発展しかねん」


連合軍は王都の周囲を包囲するように全体に配置されているが、連合軍本部は王都より東にある。


乱戦となっているのは本部に近い南東側の兵士たちらしい。


魔族たちが南門と西門からの侵攻後に展開された連合軍の間でいざこざが乱戦にまでなってしまっているようだ。


魔族たちが集まっている時は察知されないように東で待機させていたところからの急展開だった。

多少は仕方ないだろう。


連合軍指揮官たちが幹部を派遣した直後、本部を警備している兵士たちが争い始めた。


激しい剣撃が本部まで響いている。


「なにかおかしい」


本部近くは包囲している兵士よりも武術・剣術・連携も優れている精鋭と聞いていた。


多少のいざこざで剣を抜くとは思えない。

俺たち勇者は乱戦となりつつある現場に向かった。


「目黒! お前の魔眼で戦っている兵士たちを調べてくれ」


目黒は片目を手で抑えながら魔眼を発動させた。


魔眼の勇者である目黒摩耶なら特殊な術も視れるかもしれない。


鍔迫り合いをしている精鋭たちの眼がおかしい。

いざこざからの殴り合いのケンカの類いじゃない。

殺しにかかっている。


「幻影魔法らしい何かが掛けられている。しかもかなり広範囲よ」


黒崎の仕業か?

なぜ今乱戦にさせる?

逃げる為に包囲網に穴を空けようとしている?


いや、黒崎なら強引に大穴を空けられるだろう。


「……みんな、どうする?」

「ど、どうするって何を?」


与一は訳が分からないと言いながら聞いてきた。


「たぶんだが、この乱戦は黒崎の仕込んだ事だ。この乱戦の隙にバーメル女王を攫えという事だろうよ」

「そうだ」


智樹が先に答えた。


「……この乱戦なら、女王を攫っても争いに紛れて追手を振り切れる……」


佳奈がそう呟いた。


俺たち勇者と言っても、女王を護ろうとしている精鋭たちを振り切って連れ帰るのは難しい。


ましてや、人を殺さない事には突破はまず不可能。

精鋭相手に手加減してる余裕は無い。

そもそも勝てるかも怪しい。


ニンゲンたちが争っているこの間に女王を攫うのが最も効率がよく、なおかつ元の世界に帰れる情報を引き出せる可能性がある。


「……我ながら、俺たちはクズだな……ははっ」


みんなと目を合わせ、俺たちは女王の元へと歩いた。


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