第38話 復讐とは
「話はわかったわ」
大まかな話をヴェゼルから聞き、わたしは満足した。
「要するに、自分たちに猛威を奮った半魔の元凶を殺して少しでも憂さ晴らしがしたいのでしょう?」
「ああ!そうだ!なにが悪い?!クロユリ様だって、半魔たちに復讐をさせていただろ?私たちが半魔を殺して何が悪い?」
「別に悪いなんて思ってないわ。ただ、わたしを育てたカトレアを殺すなら魔族はもう殺す。それだけ」
もし仮にヤコタたち亜人の半魔と出会った時点でこの事を知っていたとしても、わたしは同じようにしたと思う。
「でもねヴェゼル」
「ッ!!」
わたしは一瞬でヴェゼルの背後に立ち、大鎌をヴェゼルの首元に当ててゆっくりと話し始める。
「ヴェゼル、貴方は間違っているわ」
耳元で囁くようにそう告げた。
ヴェゼルの集中力が大鎌の刃とわたしの声で分散しているのがわかった。
「貴方は復讐の目標を見誤ってるの。確かにカトレアは半魔を生んだかもしれない。カトレアが存在しなかったらかつての魔族は半魔にやられていなかったかもしれない」
ヴェゼルはただ息を飲んでいた。
今の彼にできるのはそれだけ。
「例えカトレアから半魔を創り出せなかったとしても、魔族とニンゲンは争い続けるわ。どうしてかわかる?」
獣の魔王が死んでひとまずの平和が訪れても、それはきっと変わらない。
ニンゲンの醜さは前世でもよく知っている。
「わからない?」
わたしはそっとヴェゼルの肩を撫でながら問うた。
わたしはいつでもヴェゼルを殺せる。
今のわたしなら指先ひとつで殺す事もできるかもしれない。
「ニンゲンは満足なんてしない。欲に溺れる生き物なの。だから魔族を地上から消し去っても、今度はニンゲン同士、あるいはエルフかドワーフ、他種族を貶めるわ。ニンゲンは争いの為に技術を磨き、欲望の為に奪うの」
「……どうして、わかるのですか……」
わたしはヴェゼルを後ろから抱きしめて、ヴェゼルの肩を顎でくすぐった。
「見てきたからよ。ニンゲンしか居ない世界で、ニンゲンは弱いニンゲンを貶めて笑ってたわ。弱いニンゲンを犯して吠えていたわ」
わたしはヴェゼルを抱きしめた状態のまま、頭のを撫でた。
「カトレアだって、身体を弄られて切り刻まれた。傷が治るって言っても、痛いの。辛いの」
カトレアがあの山小屋にひっそりと暮らしていたのはニンゲンから離れるため。
カトレアが世界を滅ぼす為の研究をしていたのは、ニンゲンへの復讐のため。
そしてわたしが来た。
「悪いのは全部ニンゲン。ニンゲンが死ねば、魔族は平和に暮らせるわ。貴方が愛する人と一緒にいるためにも、護るためにも、わたしたちはニンゲンを殺すの。護るために戦うの。奪うために戦うのではないの」
ヴェゼルが涙を流して嗚咽を漏らしている。
持っていた武器を落とし、みっともなく泣いている。
わたしよりも長く生きているであろうヴェゼルが、子供みたいに泣いている。
「わたしがヤコタたちにゴブリンキングを殺すように言ったのはそれが必要だったから。静かに暮らす事を選んだ彼らがゴブリンキングたちに脅かされ、愛する人を失ったから。終わりと始まりが必要だったからよ」
ヤコタたちもニンゲンのせいで不遇な立場になったのは同じ。
でも立ち向かう事はせず、森の中で静かに生きる事にした彼らが、ゴブリンキングという魔物に蹂躙された。それが新たな悲しみの始まり。
そしてそれを終わらせるのが復讐。
「ヴェゼル、復讐をしたいなら、怒りに身を任せてはダメ。それではその辺の獣の交尾となにも変わらないわ。本能のまま動いてはダメなの」
簡単に殺しては、それはただの殺人と変わらない。
「相手が後悔し、己の行動のせいで招いた被害に苦しみながら死んでいく。それが復讐。報いを受けさせるの。ヴェゼルが報いを受けさせるべき相手はニンゲン」
わたしはヴェゼルをあやすように頭を撫で続けた。
あやすにしてはあまりにもおぞましい事を言っている自覚がある。
「もしとヴェゼルがニンゲンに復讐して、それでもまだダメならカトレアを殺しに来るといいわ」
その時は私がヴェゼルを殺すけど、と笑って付け足した。
「貴方が復讐を終えて、燃え尽きた時、誰かがまたこうして貴方を抱きしめてくれるわ」
そうして完全に戦意喪失したヴェゼルを抱きしめたまま、わたしは微笑んだ。
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