第2話 話し合い
それから起きたのは3日後だった。
だるさを全身に感じながらぼんやりと目が覚めた。
「カトレア……」
「クロユリ!大丈夫?!」
横にいてくれたカトレアがわたしに抱きついてきた。
「カトレア、おもい……」
「大丈夫。大丈夫だよ……」
「いや、だから、重い……」
わたしの訴えも虚しく、強く抱きしめられていた。
そうしてカトレアが落ち着いて、ようやく話ができた。
「あの後、どうなったの?」
「ちょっと地形が変わったわ」
「……ごめんなさい」
「いえ、私も悪かったわ。ここまでとは思ってなくて……」
ここまでとは思ってなくて?とは?
カトレアはわたしを試したみたいだけど、どういうこと?
「カトレア、カトレアはなにをどこまで知ってるの?わたしの事」
わたしはまっすぐにカトレアを見つめた。
たぶんだけど、わたしが暴走した時にカトレアにはわたしの記憶を見られてる。
「私は、知っていたわ」
「なにを?」
「……説明できるほど、詳しくはないわ」
カトレアは困ったように言った。
「ならわたしから話す」
「お願い」
カトレアも向き直ってわたしを見た。
なんとなくだけど、平和だったこの5年から先は、なにかが変わってしまう。そんな気がする。
「わたしには前世の記憶がある。ここで産まれてからも記憶があって、わたしはわけも分からず生まれ変わった事をその時認識したの」
やっぱり転生者だったのね、とカトレアは呟いた。
「学校で……学び舎?学園?学院?みたいな所でわたしは生徒で、嫌がらせを受け続けて自殺した」
「その記憶はこの間の暴走の時に見えたわ」
「そう。そうしてわたしは今ここにいる」
とっても簡潔に話した。
簡潔過ぎて自分でもちょっと意味わからないけど。
「どうしてわたしはここにいるの?」
カトレアが呟いた「やっぱり転生者」というのに引っかかる。
わたしみたいな存在が一定数存在するという事に思うけど。
「私がこの森に住み始めて2年、私は魔術師としての研究をしていたの」
そう言ってカトレアはとある書籍を持ってきた。
その本は封印が掛かっているらしく、前に一度読もうとしたけど弾かれた本だった。
「私の研究は世界を滅ぼす為の研究」
話が繋がらない。
どういう事なのか。
「その研究で、クロユリの中の死神と会ったの。そうして死神から産まれたての貴女を授かった」
胸の奥にいたアレはやっぱり死神だったのかと納得してしまった。
「死神は私に一言、『魔王を授ける』そう言って消えた。一時的に繋がっただけの空間で、私は貴女を授かった」
でも見た目はただの人間の子供だったわ、と愛おしそうにわたしに語った。
「本当はもっと話すべきこともあるのだけど、今はこれだけ」
「わたしは、今後どうなるの?」
なぜわたしが魔王なのかよく分からない。
前世に絶望して自殺したし、憎悪や人を殺したいとかそういったなにかが今も胸の奥に渦巻いているのは確かだ。
でも、この世界の人間にまでそんな事を思ったりは今のところない。
ここでも同じように虐めとか、あとは迫害とかされるようなら考えるかもしれないけど。
「今はとりあえずここを離れないといけないわ」
「それはわたしのせい?」
「クロユリのせいではないわ。私の落ち度よ」
わたしはこの森が地形が変わってしまう程の事をした。
この世界の文明や技術がどれだけ高いかはまだ全部は分からない。
けど魔力においてのセンサーみたいなのがあったなら、他国や政府のような機関が何かしらの異常があったと認識できるかもしれない。
森に何者かのミサイル発射で謎の爆発があったら調査に出たりするだろう。
前世の世界での話だけど。
仮にカトレアが人を避けてこの森に住んでいたのなら、まず逃げるべきだ。
「とりあえず、荷物をまとめる」
「ええ。お願い」
それからわたしは準備を済ませてカトレアの準備を手伝った。
カトレアはド○えもんの四次元ポケットみたいな便利な袋を持っていて、どんどん必要な物を詰め込んでいた。
見た目は普通の巾着袋みたいなのに、際限なく入る。
「そういえば、クロユリは何歳なの?」
2人で袋に入れながら何気なく聞いてきた。
「5歳だけど?」
「じゃなくて、精神年齢?かしら。前世でどれくらい生きていたの?」
「前世では15歳。ここでは5歳だから、実質的には20歳」
「どおりで大人な雰囲気があるわけだわ」
「カトレアは何歳なの?」
「見ての通りよ?」
「見た目、5年間変わってない」
「成長期が止まってるの」
「お肌、だって綺麗なまま」
「森の花や草で保ってるの」
カトレアの性格から考えると、なにかしらの研究とわたしの子育て以外に興味なんてない。
ましてや周りに男もいないのに年中美容に気を使うわけがない。
見た目は普通の人だけど、見た目年齢とは明らかに違うのはわかる。
カトレアがわたしを大人びていると思ったように、わたしもカトレアに対してそう思っている。
でもさっきは話してくれなかった。
今は、と言っていた。話せない理由も、もう少し日が経てば教えてくれるかもしれない。
「お肌は気を使ってるのに、髪は〜?」
「も〜クロユリ、いじめないでよ〜」
「胸の成長はどうなってるの〜」
「あっ!ダメ!」
「揉まれると大きくなるって、前世の知識であるんだけど」
「……」
胸は気にしてるらしい。
「や、やっぱりダメぇ〜」
「……にげた」
わたしはなにをしているんだと不意に我に返った。
ここから逃げなければいけないのに。
でも、今思えば、わたしもカトレアもこれまでは少しだけよそよそしかったかもしれない。
わたしは前世の記憶があり、人間関係は最悪。それが原因で自殺したのだ。
わたしが人と簡単にこんな事を出来るとは思ってない。
でもそれができたのは、この5年と、今回の件があったからかもしれない。
死神から授かったわたしが、何者なのか。
それを言えた。
わたし自身、まだ知らない事は多いけど、5年が経って、わたしとカトレアは少しだけ家族に近づいたのかもしれない。
ニンゲンは嫌い。だけど、カトレアは別。
カトレアの言ってくれた「大丈夫」
その言葉を思い出してわたしはカトレアを追いかけた。
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