第2章 ご令嬢は異世界メニューを再現したい
第5話 ご令嬢は転生を証明したい
魔術大国アルズライト王国は、古の時代、とある翠眼の魔術師が創設した国である。その魔術師は先に起こる災いを見通し、幸福を予言する【未来視の瞳】を持っていたという。
それにあやかり、アルズライト王家は翠眼を持つ男児に王位を継承させる習わしがある。現王ロヴェル・フォン・アルズライトも例に漏れずである。
そして、ロヴェル王の第二子である彼も、宝石のように美しい翠眼を持って生まれたのだが――。
「危ない‼ 逃げろ‼」
誰かが叫ぶと同時に、魔術学院の庭園を一頭の馬が勢いよく突っ切っていく。
「退け、ゴラァ! 引き殺すぞ!」
手綱ではなく馬の首根に取り付けられた謎のハンドルを握り、大声で怒鳴っているのはルディウス・フォン・アルズライト。翠眼を持つこの国の王子で、王位第一継承者だ。
すれ違う誰もがルディウスを恐れ、悲鳴を上げて逃げていく。
そんな光景を見つめながら、マルティナは「引き殺す」と言いながら誰にも接触せずに馬を駆る彼の操馬技術に、感嘆のため息を漏らしていた。
「あぁ……。かっこいいですわ、殿下。ゴラァが何かは分かりませんけれど」
「えぇ~……。マルティナ様のご趣味が理解できません」
学生寮のバルコニーから、ルディウスの暴走を見守っていたマルティナ。そのマルティナの隣で、侍女のステラが引き気味に眉根を寄せていた。
「噂によると、あの馬は王国軍の騎馬隊から盗み出した軍馬を飾り付けたそうですよ?」
「まぁ、どうりでいい走りっぷりですわね」
「そうじゃなくて、殿下の素行不良が問題で……」
「殿方はやんちゃなくらいが丁度いいですわ」
マルティナは、ルディウスの姿をうっとりと見つめる。群れる必要などないと背中で語っているルディウスは、最高にカッコイイ。まるで孤高の一匹狼だ。
そして、かつての取り巻きたちを蹴散らして我が道を進む様は見ていて実に爽快だ。
取り巻き令嬢ズは、「相手をしてもらえない」、「どうしてあぁなの?」、「キッと睨まれた」と嘆き、太鼓持ち令息ズは「威嚇された」、「とにかく怖い」と震えあがっている。
いい気味だと思わなくもない。特に、ルディウスが積極的に侍らせていた双子の侯爵令嬢の姿が見えなくなって、胸が空く――。
(いえいえ! それではまるで、わたくしが以前からヤキモチを妬いていたかのようではありませんこと? 違いますわよ!)
誰に弁明するわけでもないのに、マルティナは大真面目にかぶりを振った。
「本当に、ルディウス殿下は異世界転生者なのでしょうか? ただのお戯れでは?」
胸の中で問答としていたマルティナに、ふと、水を差すような言葉をステラが口にする。
「て、転生ですわよ! だって、あの殿下自ら仰ったんですのよ!」
マルティナが知るルディウスは、異世界転生したなどというメリットのない冗談を言うはずがない。彼は、これまでマルティナの蔵書を見つけ出しては、「異世界転生ぇ? 非リアのしょうもねぇ願望だろ?」と、散々馬鹿にしていたのだ。
だが、それだけでは彼の異世界転生を証明するには不十分だ。未だ「ルディウスの頭がイカれた説」――マルティナの雷魔術の平手のショックにより、自身を転生者だと思い込んでいる可能性が残っている。
(くぅぅっ! 殿下の婚約破棄が正式に受理されてしまう前に、どうにかして殿下のお心を掴みたいですわ! そして、異世界について根掘り葉掘り聞きたい……!)
ステラの言葉を否定できずに悔しがっていたはずなのに、じゅるりとよだれが出そうになってしまうマルティナ。いけませんわ、はしたない……と、慌てて平静を装うが、ステラのジト目と視線がかち合ってしまう。
「マルティナ様って、本当に異世界転生がお好きですね。……大丈夫ですよ。聡明な陛下ですから、簡単に婚約破棄とはならないと思いますよ」
「で、ですわよね。焦らずに参りましょう」
幸い、ルディウスには国王から頭を冷やせとストップがかかったらしく、マルティナとの婚約破棄はいったん頓挫しているらしい。ローゼン伯爵家の存在を重く見る国王ならば、納得の采配だ。ルディウスの一時の感情で婚約破棄を認めてしまえば、国の軍事力を掌握し切れなくなってしまうのだから。
そこからのマルティナの決断は早かった。
「殿下に完全に婚約破棄を諦めていただくには、まず殿下のことを知らなければなりませんわ! そして、異世界転生を証明するのですわ! さぁ、ステラ。殿下を尾行しますわよ!」
「え。本気ですか……?」
やれやれと肩を落とすステラの手を取り、マルティナは「いざ出陣!」とバルコニーを飛び出した。
***
魔術学院の制服は、黒色の上品なデザインのブレザーを基調としている。
胸元には純金のエンブレム。これは全生徒共通なのだが、ブレザーの細部やシャツ、スラックス、スカート、靴やアクセサリーに至っては、校則上各々自由にして良いことになっている。
マルティナもブレザーの袖口にレースをあしらっているし、スカートの形も長さもその日の気分で変えているのだが、身分の高い者ほど豪華礼装な制服をカスタマイズしている印象だ。
いい例としては、過去のルディウスだ。
彼の身に付けるもの全ては、国内最高級の素材に差し替えられていた。特に宝石の付いたブレスレットや時計が大好きだったのだが、どれも目玉が飛び出る値段。しかも、一度付けたものは二度と付けることはない。
これが上に立つ者のあるべき姿だと本人が自慢げに語っていたのだが──。
現在のルディウスは、名門校のブレザーをマントのようにはためかせ、シャツもスラックスも着崩していてだらしない。
そして、アクセサリーの代わりに銀色の厳つい鎖が腰や手首に巻かれている。手には指先だけが剥き出しの革手袋だ。
「あ、あれはお洒落なんでしょうか? とても、流行っているとは思えませんが……」
ステラが、相変わらず引き気味な表情で呟く。
今、マルティナとステラは剣術の実践授業を訓練場の窓の外から覗いているところだった。もちろん、ルディウスをよく知るために彼を観察しているのである。決して、怪しいストーカーではない。決して。
「きっと前世では、あのような服装がスタンダードだったのですわ! あれがヤンキースタイルというやつに違いありません。面白い異世界ですわね」
「断定されるの、早くないですか? しかも、ダサ──」
「──くないですわ! 華美過ぎる服装よりも、よほど機能的ですわよ」
「どの辺が機能的なのか、私の頭では理解できません」
ステラは暗殺者を撃退した新生ルディウスを見ていないから、そんなことを言うのだと、マルティナは悔しい気持ちいっぱいにため息を漏らす。
幸運なことに、剣術の授業はルディウスの凄さを彼女に伝えるには最適だろう。きっと、あの時のように驚くべき身体能力を見せてくれるに違いない。
マルティナが小窓に張り付きながら訓練場内を見守っていると、男性教員が二人一組でウォーミングアップせよとの指示を出した。
内容は木刀での打ち合いであり、過去のルディウスは太鼓持ち令息と適当に済ませていたものだった。
(殿下……! 素晴らしい剣さばきをお見せください!)
次の瞬間、マルティナは息を呑んだ。
「で、殿下……! 二人組が組めておられませんわ!」
ルディウスは、訓練場内で堂々とぽつんと仁王立ちしていた。
誰も彼もが、ルディウスを腫れ物の如く避けているのだ。
理由は言わずもがな。
先日まで女たらしのナルシストだった王子が、鬼の形相で定期的に舌打ちをしているのだから、みんな恐ろしくてたまらないのだ。自ら近づく者など、いるわけがない。
ルディウスは教員に何やら声をかけられていたが、すぐに親指で首を斬る仕草をし、肩に羽織ったブレザーをなびかせて訓練場を去っていく。
そして、怒る教員とホッとしている生徒たち。
(あら? あらら? 殿下はどうされましたの?)
会話がまったく聞こえず、マルティナが戸惑っていると、隣のステラが「えぇっと……」と、言いづらそうに口を開く。
「先生に『私とペアを組むか』と提案された殿下が、『センコーなんかとやるかよ! ぶっ殺すぞ!』と捨て台詞を吐いて出て行かれた感じですね」
「まぁ、ステラ! 耳がいいんですわね!」
「目がいいんです。読唇術です」
侍女の意外な特技はさて置いて、マルティナは首を傾げる。
「センコーって何ですの?」
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