龍が如く征く

白川津 中々

龍が喰らう

 俺は阿防 ろん。見ての通り求道者。

 俺の求めるものはモテ。女からの熱い眼差しである。今日もまた、男の道を邁進すべく修を行う……




 舞台は牛丼チェーン。この時勢に食券を用いぬ豪の店。まさに俺のような快男児におあつらえ向きである。

 入店。着席してひと睨み。雑破喧談の中、厨房は鉄火場。よろしい。火のあるところに龍はあり。阿防 龍。いざ尋常に仕る!


「しゃーませー。ご注意どーぞー」


「エンペラー」


「……は?」


「エンペラーだ。牛丼のエンペラー。直ちに持ってまいれ」


「は、はいー!」



 サイズエンペラー。このチェーンに潜む裏メニューである。

 米の量は並の五十倍。頭三十倍の規格外飯。挑戦者は数多なれど完食者は失われた時を求めての読了者並みに少ない。


 故に挑戦する価値がある。

 古来より、多くを食う男はモテるという伝承ありけり。ならばこの龍、やらねばなるまい。



「お、お待たせいたしやしたー……エンペラーでーす……」




 きたか。エンペラー! 噂に違わぬ重圧感! 皿は広く深く! 飯は高く濃密! これを食らわばモテ間違いなし! 龍の胃袋、侮るな! 相手にとって不足なし! 開戦の時は今! えいえいおう!



 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!




「……すげーぞあの男……ひたすら食ってるよ……」


「あぁ……これはもしかしなら見れるかもしれないな……皇帝殺し……ヴェルサイユ行進が!」



 俄に騒めく店内。だが関係ない。モテとは孤独の探求にあり。外野の声など微風とともに過ぎ去るノイズ。何があろうとやるべきは一つ。皇帝打倒! それだけだ!



 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!

 箸! 掴み! 運ぶ! 咀嚼! 飲!



 飲! 飲! 飲! 飲! 飲! 飲!

 最後一山! これで終わりだ!




 飲!






「……倒した……皇帝を倒したぞあの男!」


「革命だ! まさしく今! 革命が起こったのだ! 俺達は伝説の語り部だ!」




 拍手喝采! 万雷の賞賛を受け今俺は立っている! あぁ神よ! 俺はついにやったぞ! 皇帝を撃ち倒し、見事にモテ力を手に入れたのだ! 




「……ヒソヒソ」


「……ヒソヒソ」




 おっと! いい具合にアルバイターの婦女子達がこちらを見ながらヒソヒソと! さては愛を呟いておるな!? 聞こえぬように呟くとはなんたるシャイ! 恥じるな! 聞かせろ! そなたらの口より流れる色恋豊かなせせらぎを! 思う存分向けるがいい!




「……なんか、気持ち悪いね」


「ね。私、気分悪くなってきちゃった……」




 ……



 気持ち……悪い? この俺が?


 馬鹿な……大食いはモテると、女に好かれると聞いていたのに……返って拒否……拒絶の憂き目……そんな……俺はいったいなんのために……うっ……





「オロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ!」




「ぎゃ!」


「皇帝が! 皇帝が黄泉返った!」


「最低!」


「信じらんない!」





 歓声が途端、悲鳴と罵倒。

 俺は金を払い逃げるようにしてその場を後にした。空になった胃に、涙が染みる。だがしかし諦めん! いつかモテるその日まで! 俺の求道は続く! 

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