プレシア勇者譚〜曲者揃いの勇者隊は伝説となれるのか〜【カクヨムコン7短編賞応募作品】

カイ.智水

第1話 グーゲイズ:魔族発見〜作戦会議

 先頭で左手に松明たいまつを掲げながら、〈勇者隊〉六人は洞窟どうくつの奥へと進んでいく。


 こけむすにおいがきつくてむせかえりそうだ。

 これまでに幾度もこのような洞窟どうくつには出向いてきた。

 ここも長く探索を続けているのだが、これほどまでに強烈きょうれつこけの臭いというものはなかなか慣れるものではない。

 どぶの中を歩くような不快さをもよおしてしまう。


 右手には愛用の長剣を抜き放って敵の襲来に備えている。

 その片方の刃はかすかに青い光を放ち存在感を示していた。魔力が付与ふよされている輝きだ。この洞窟どうくつでもすでに数多あまたの魔物をほふってきた。


 着慣れたよろいは金属板が接する部分に厚手の布をかませてある。板金いたがねがぶつかり合う大きな音が立たないようにする工夫だ。

 もちろん軽量化の魔法もかけてあり、暑苦しさがなければ鎧を着ていないような錯覚さっかくさえ感じるほどである。


「今度の任務は厄介やっかいね、隊長」


 後ろに続く女戦士レフォアが左手で持った松明たいまつの尻で俺の右肩の板金いたがねたたいた。


「ここに潜ってくるまで十五体も魔物がいたのだから、親玉はきっと上級魔族よ」

「だろうな」


 答えると同時に剣をにぎった右腕で彼女の前進を阻む。


 洞窟どうくつ内とは思えない、人工的な石扉いしとびらが現れたのだ。


「こんなところにとびらが……。道中ひとつもなかったのに」

「ナジャフ、鑑定かんてい解錠かいじょうを頼みます」


 女戦士の後ろを歩く紫色のローブを着た壮年の男に問いかけた。

 彼は賢者であり、頭を使う難しい仕事や器用な手先を活かした鍵の解錠かいじょうわなの解除にけている。


「とくにわなが仕掛けられているわけではないようですね」

「魔法で施錠せじょうされているわけでもないな」

 後方に控える黒衣の魔導師が口を挟む。


 ナジャフが俺の前まで来て、とびら端々はしばしまで観察してから何箇所なんかしょたたき始めた。


かぎさえこじ開ければとびらは開きます。少しお待ちください」


 指にはめた魔装具〈収納の指輪〉から取り出した解錠かいじょう道具をたくみに操って、鍵穴かぎあなを探っている。

 まるでパズルを解くのが楽しみとでも言うかのように。

 著名な賢者だから皆に信頼されてはいるものの、このさまだけを見た者は彼を空き巣ねらいと勘違いするのではなかろうか。


 ほどなくガチンッと大きな音が鳴り、石扉いしとびらがかるく開いた。どうやら解錠かいじょうできたようだ。


 ナジャフを元いた位置まで下げつつ、右手に持つ剣の尻でとびらを押して半分開けると左手の松明たいまつを掲げて中をのぞき見る。



 大きな空間が広がっていた。中には魔法の明かりがぼんやり灯っているようだ。薄暗くはあるものの広間のあらましが見てとれる。


 ただ大きいだけでなく見上げてもかなりの高さがあるようだ。

 しかも上下左右どの面を見ても真っ平らな岩肌いわはだである。明らかに人工的に作られた広間だ。


 さらに注意深く中を見わたすと百歩ほど奥には松明たいまつが据え付けられておりその周囲をより明るく照らし出していた。

 奥にもとびらがあり、その手前にはたくましい肉体に大きな翼を持つ魔物の姿を模した彫像ちょうぞうが左右三対、計六体見える。


「魔物……か?」


 賢者であるナジャフの、魔物に対する知識と作戦立案能力はレイティス王国でも群を抜いている。先のラスタール帝国攻略戦においても王国軍師の片腕を務めたほどの逸材だ。


「あの姿は間違いなくグーゲイズですね、トルーズ隊長。軍師殿は〈ガーゴイル〉と呼んでいましたが。彫像の姿で人々を誘い込み、スキを見て正体を現しては人間を食らう低級魔族です」


 グーゲイズといえば姿は違えど、ラスタール帝都の外周を取り囲む城壁の上に配置されていたほど、魔族の見張り番として有名な存在である。

 おそらく親玉はこの変わったグーゲイズたちのひとみを通して俺たちのことを見物しているはずだ。


 紫色のローブをまとうナジャフはなおも話を続けた。


「それをここに六体も配置しているとなると、かなりの大物がこの後にひかえているのでしょう。無駄な消耗はせずに突破したいところですね」


「なにかさくは?」


 その問いに、黒いローブを身にまとう青年然とした男が前に出てきた。


「本来ならこいつらに近寄らず、奥の扉へ飛び込んでしまうべきなんだが、〈飛行〉の魔法を使って奥へたどり着いてもやつらが本性を現せるほど扉との設置距離が近い」


「つまり戦いは不可避ということでしょうか、カセリア様」


 分厚い金属よろいをまとい胸にまばゆいばかりの金色の〈神の聖印〉を身に着けたいくさ巫女みこエイシャが問うと彼は首肯しゅこうした。


「グーゲイズは二十歩ほどまで近づくと彫像ちょうぞうから身を転じて魔族として動き始める。ただし瞬時にではない。完全に魔族の本性ほんしょうを現すにはやや時間がかかる」


「ということは、やつらが魔族に変わるスキを突いて一気に攻撃を畳みかける……ということでよろしいでしょうか? ナジャフ様」

 レフォアが紫色のローブを着た細身の男性に問いを投げてみる。


「それが一番でしょうな。ただ、奴らの配置が変化を開始する半径の内側になっています。こちらが手前の一体を倒すのに手こずってしまうと、その間に次列のグーゲイズが目覚めてしまうでしょう。硬化を解く時間を考えれば、それぞれのグーゲイズに一太刀ひとたち浴びせるのが精いっぱいではないかと」


「それではカセリアの魔法攻撃でここから倒していったらどうだ?」

 黒いローブの青年にたずねた。

「グーゲイズは彫像ちょうぞうでいる間は剣も魔法も効かないからな。それゆえ見張りとして役に立つのだが。まあその代わり、変化を始めたらエナジー系の魔法がよく効く」


「そこでです。トルーズ隊長とレフォア殿で、左右に分かれて一直線に配置されているグーゲイズへ素早く一太刀ひとたちずつ浴びせていってください。狙うのは片方の羽の付け根。片翼さえ斬り落としてしまえば奴らは自由に飛びまわれなくなります」


 女戦士と顔を見合わせてからナジャフに向かってうなずく。


 ただ、ちょっとした引っかかりがある。


「だがやつらは魔力で飛んでいるんじゃないのか?」


「上級魔族ならいざ知らず。低級魔族のグーゲイズは羽をあおいで飛んでいるのですよ、トルーズ隊長。だからこの空間もやつらが飛びまわれるほどには大きく作られているのです。もし魔力で飛べるのなら、こんなに高い空間は必要ありません」


 金属よろいを着込んで手に戦鎚メイスを持ったエイシャが歩み出てきた。


「私はお二人の〈力を高める祈り〉を唱えましょう。その後は〈守りの祈り〉で万全を期します」


「エイシャ殿はそうしていただきたい。それで片翼を確実に斬り落とせるはずです」

 ナジャフは続けて言った。

「カセリア殿は奴らが変化するタイミングを計って〈エナジー・ジャベリン〉をレフォア殿の列にかけて三体まとめて片づけてください。その後にトルーズ隊長の列にいるグーゲイズに〈エナジー・ボルト〉を連射していただけませんか」


 黒いローブをまとう青年が右腕を上げて了解の合図を示す。


「これで倒れてくれればよいのですが。予想より早く完全に覚醒かくせいされてしまった場合は、トルーズ隊長の列にいるグーゲイズを一体ずつ倒していきましょう」


「よし、その作戦で行こう」


 女戦士、いくさ巫女みこ、魔導師、賢者の順に顔を見て同意を得る。


「グラーフは今回も控えてくれ。何度も言うように、お前が俺たちの生命線だ。親玉を確実にほふるには、それまで力を温存しておいてくれないとな」


 目を閉じながら最後尾でついてきていたグラーフは何も言わずにうなずいた。


 彼が放つ奥義〈両断〉はひと振りで敵を真っ二つにする。

 鉄より固い肉体を持つものであろうといっさいの例外はない。

 帝国攻略戦においても頑強で堅固な鱗を持つグラード、王国軍師が〈ドラゴン〉と呼ぶ翼を持つ巨大トカゲどもを一刀のもと真っ二つに斬り裂いていった。


 グラーフの奥義にかかればこのグーゲイズたちも瞬時に〈両断〉してしまうに違いない。


 ということは、グラーフなら硬化しているグーゲイズも切り裂けるのではなかろうか。


 ただし、あの技は極めて高度な集中力を要するらしい。

 疲労が募っているときや精神が乱れているときなどは奥義を確実に発動できないそうだ。

 そうなれば、待ち受けているであろう強大な敵首領、おそらく上級魔族に勝つことさえ難しくなる。

 軍師より集中力と精神のやしをもたらす魔法が施された〈渾身こんしんの腕輪〉が与えられてはいるものの、それを頼りにしてグラーフを使い続けていては、敵首領にこちらの手のうちが知られてしまう。


 グーゲイズが親玉の見張りであれば、ここでネタバラシしてしまうと、おそらく対策を立てられてしまうだろう。


 極論をいえば、この若き剣聖けんせいを敵首領のところまで消耗させず、能力を悟られずに連れていくのが、他の五名に与えられた務めなのだ。



「では配置に着こう。俺は左の列、レフォアは右の列でいいな」


 彼女は同意すると、右手に持つやや短めで鋭利な剣と左手の松明を握りなおして壁の右沿いに配置へ向かう。

 カセリアも黒衣をはためかせながらその後ろをついていく。


 その姿を見送りながら、俺は音を立てないように所定の左側の配置へと向かった。



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