過去と未来

 肩からの斬られた傷を気にすることなく。

 義博は笑みを浮かべながら、その呪装具について語り始めた。


「……その刀。戦国最強と謳われし三河武士の怨念か」


「あぁ、そうさ。

 この刀、唯一傷害は斬りつけた相手には『斬られた』という事実を与える。

 回避行動なんて無意味だ、この刀の前ではな!!」


 再び、本多が斬り掛かる。

 その斬撃はあまりにも大振りで、玄人がその場にいれば『ここまで落ちたか』と嘆くのがいとも容易く想像出来るほどであった。

 再度、義博は受け止めるがまるで時が飛んだかのように彼の手首に切傷が生じた。


 数メートル後ろへと飛び退くと、義博は手首の切傷を確認する。

 まるで鋸で切られたかのような、ジグザグの切り傷を見て義博は目を細めた。


「……ホント、道化師はどうかしちまったよ。

 なんでお前みたいなヤツを、俺とやり合わせるように仕向けたんだか」


「何?」


 本多がぼやき、それに義博がわざとらしく反応する。

 自身が誘導されているとは気付かず、本多は考え無しに今夜の道化師の作戦を赤裸々に晒す。


「道化師はな、お前、源未音、煌月、風魔を特記戦力と定めて、拮抗できるように幹部を配置したんだ。

 伊藤は源未音、荊棘巽は煌月。

 そしてお前は俺と……って感じにな」


「巽……か」


 柄を握り直し、義博は源邸とは幾つか建物を挟んだビルの屋上に視線を向ける。

 そこには​、本来ならばいないはずの巽が義博と本多の一騎討ちを観戦していた。

 当時の姿は健在。復活した遺体を前に、義博の眼は鷹のように鋭さを得た。


「やはりいたか……仇敵きさまは」


「何をボヤいてる?

 そんな暇はないだろう!?

 ……俺は余裕がないんだ。影爾さんに代わって果たさなければならない誓いがあるからな!!」


 それを、過去に想いを馳せていると勘違いをした本多は相手にされていないと憤り、彼も柄を握り直す。

 砕きそうな程に力を込め、刀身に煌めきを与えながら義博へと向ける。

 有利なのは自身。であると言うのに意に介さない様子の義博に腹を立たせ。

 本多は己の気分を晴らすかのように義博を煽った。


「​───────お前は衰えた!!

 兄が死んだことで死ぬことを恐れ、教職などという甘い汁しか啜れぬ立場へと落ちに落ちたお前なんて袋の鼠だ!!」


 走り、走り、奔る。

 次こそは斬り殺すと、そう決意して。

 自覚泣き敗者は奔る。

 そして一閃。

 稲妻のような軌道を描いて本多が、トドメを放つ​───────!!!!


 本多の行動を、義博は動じることも無く。

 刀を鞘へと戻し。

 目を伏せ、恥り、恥り、恥じる。

 耳を痛め、彼は確かにと笑みを浮かべる。

 井の中の蛙に吠えられた、勝利を自覚した猛者は、反省をした。

 そして一閃。

 綺麗な直線を描き、本多の稲妻を掻い潜り。

 迷うことなく、本多の首を断ち切った。

 その速さは稲妻を越え、音を置き去りにしていた。


 腕を振り上げた状態の本多の首がポロリと。

 落石のように、堕ちていくのだった。


「​───────な……え、?」


 思わずに、漏れ出てしまうのは疑念。

 なぜ、自分の首は堕ちていくのだろうかという、敗北という事実からの逃走だった。


 それに反して、義博はゆっくりと瞼を開け、本多へと言葉を餞として、贈るのだった。


「……あぁ、確かに私は衰えた。

 なにしろ、道化師なんぞという若者に見くびられた挙句に貴様という、ろくに切り傷を綺麗に与えることの出来ん雑魚を差し向けられたのだからな」


 ぽとりと頭は地面に転がり。

 釣られるように身体は崩れ、地へ伏す。

 一分にもならない、静かにして最速の決着を迎えた。

 ビルにいる巽に切先を向け、義博は宣言するのだった。


「いずれまたやり合うことになるだろう。

 黄泉にすら居場所を無くした哀れな男よ。

 ……我が、最大の恋敵め。今度こそ確実に殺してやる」


 その声が届いたのか。

 巽は笑みを浮かべながら、そのビルから姿を消すのだった。



 ――――――――――――――――――――――――



 ───────化け物は笑みを浮かべながら、自身の指定された場所へと向かう。

 嬉しさから湧き上がったその笑みは、彼が現世に蘇ってから、一番純粋かつ綺麗なものだった。


「……やはりお前は衰えていなかった。

 いずれやり合おう、義博。

 楽しみにしているさ」


 誰かに言ってるでもなく、ポツリと零すは逢瀬の出会いだった。

 跳び、跳び、飛ぶ。

 その姿はからすのように黒に染まり、餌を獰猛に探しているだった。


 その餌がある地点へ着き、巽がその場の様子を観察する。

 そこに、玄人の姿はなく。

 彼からすれば有象無象でしかない、亜人種課の人間達だけであった。

 つまらなさそうに溜息を吐き出して、巽は屋上から飛び降りて、その中心へ着地する。

 鞘から大太刀の刀身を現しながら、鞘を無造作で投げ捨てる。


 そして、着地地点にいる者達を大太刀で細切れにしながら巽は降り立った。


 ────────血飛沫が空を駆け昇り、一時的な雨となり巽の身体に付着する。

 紅の桜吹雪を一身に浴びる姿を、周囲の職員が確認して、そして動揺した。

 有り得ない事実を前に、逃避するしかないのだった。


「バ、バカな……!?

 お前は二十年程前に死んだハズ……!!」


「閻魔に嫌われて追い出された。

 その八つ当たりだ、も乗り気では無いみたいだしな……お前らは雑に殺させてもらうぞ」


 言いながら、彼の腕には『炎』が発現する。

 まるで蛇のように纏わるその炎に巽は、


「……葬れ、炎怒えんど


 命令を下すのだった。

 命令を受けた炎は歓喜を伝えるかのように地面を這い、這い、這う。

 灰にし尽くしてやろうと炎は地を這い、職員にまとわりついて、轟々と燃やす。


「ぎゃああああああああああああぁぁぁ………!?!?!?」


「だ、だれかみず、み、み、水をおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉ………!!」


 ────────夕闇の中、奏でられるは生命の終止符ピリオド

 その音色を引き出させる奏者でもあり、その場を支配する王者でもある男はその光景を愉悦に浸り、妖艶な笑みを浮かべる。

 命を奪うことでしか満足のできない暴虐の化身は、燃えゆく哀れな者達に残酷な現実を与え、終末曲ぜつぼうへと導くのだった。


「残念だが水では消えんぞ、この炎は。

 オレが殺せと命じたからな、殺し切るまで燃えるのみだ」


「それはどうかな、生きた亡霊よ」


 声と同時に現れるは、紋様を浮かべた『門』。

 門が、職員達に纏われていた炎を中へと誘う。

 そして、別のビルにて巽の炎が燃え広がるのだった。


 ​───────コツ、コツと革靴が地をノックする。

 ガシャリ、と巨大な鎌の柄が地面へと接触する。

 巽が、音の方へと視線を向ける。

 その先には、道化師から得た情報と一致する男がいた。

 片目を隠した、灰が被ったような色をした長髪。

 そして、開発途中と噂の巨大な鎌。

 長駆を包むは、漆黒のスーツ。


 ​───────曰く、鬼達は男の姿を捉えると揃って恐れ、こう口にする。


『「​───────死神か」だ』、と。


 その問いに、死神は頷くでも、否定をするでも無く。

 機械的に、冷淡と言葉を発するのだった。


「お前の命を狩り取りに来た」


 言葉だけでも伝わる覇気に、巽は悦びに打ち震え大太刀を振りかぶるのだった​─────

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