襲来
───
藤也は未だに気付いていない。
どうやら、この歩道橋でよく蒼龍と藤也は遊んでいたらしい。
イタズラを仕掛けては父親達に折檻されていた、と蒼龍は楽しそうに語っていた。
……さて、そんなことは置いといて。
状況を改めて整理しよう。
先ずは目の前にいる
しかし、それは彼の一族の歪んだ教育法により根付いてしまった鬼へと殺害衝動が原因で、オレはそんな友人を助けようと思って、ナイフ一本で藤也と攻防を繰り広げていた。
本来ならば、蒼龍が待ち伏せしている予定だったが、それは潰えた。
この状況に乗じてか、それとも単なる偶然か。
恐らく、第三者が蒼龍に襲いかかってきた為だと思われる。
だから、ここはオレ一人で藤也を気絶させて、捕獲するしかない。
─────緊張感が走る。
不自然な笑みが湧き出てくる。
ナイフの束を、思わず握りしめる。
「なぜだ、未音。
僕は、君達に殺して欲しいんだ。
自殺なんてそんなことは逃避だから、君達に殺されることで、僕は罪を償いたいんだ。
それなのに、どうしてそうも頑なに殺す気になってくれないんだ?」
緊張感走る中、藤也が訊ねる。
……この死にたがりめ、そんなんで罪を償えるかって話なんだよ。
「友達を殺したくはないし、藤也、それも立派な逃避だ。
オレたちに殺されることで勝手に罪を償ってる気になっても意味は無いんだよ。
本当に罪を償いたいのなら、生きて笑って、その度に罪を思い出して謝意を浮かべ続けるんだ」
「……そうか、そうなのか。
でもね未音、わざわざ君たちのエゴで生かされることなんてしたくない。
全力で、君の事を殺しにいくとするよ……!!」
叫び、藤也が背後から五メートルくらいはありそうな、身体が水で出来た蛇を出す。
ついでと言わないばかりに、オレの周りに火球を出して、飲まれるか、火球にぶつかるかの二択へと迫られる。
「そういえば藤也、お前って呪力量が少ないんじゃなかったっけ?」
「あぁ、それね。事実だけど、少し違うんだ。
僕の呪力量は古来から続く呪術師の家系としては少ない千ぽっちさ。
でもね、僕のこの身体は自然の生気を吸い取って呪力へと変換できるんだ。
因幡家の、呪術の研究の結果さ。
呪力が少なくなっても、吸い取ることが出来る」
なるほど、用は水筒の中の茶が少なくなっても足せるってワケか。
だから、こんなにも呪術を使い放題できる。
それに対してオレの手札は現状、ナイフと。
後は……田沼家の時に現れた、“アレ”しかない。
でも多分、それだけで十分だろう。
「なぁ、藤也。
お前も手札隠してたみたいだけどさ、オレも隠してたとしたら?」
「ハッタリだ、刀を持っていればまだしもナイフ一本の君に何が────」
藤也の言葉を遮るように、オレは腕から『茨』を出した。
異能。
鬼や、人にまれに発現されるとする……俗に言う超能力みたいなもの。
オレは、その種類であるモノを持っていた。
突如現れたもんで、コレはまだ慣れていない。
しかし藤也は、先のオレの発言からか十分に警戒し、睨んでいた。
「それは、いや。
何となく予想はできていたよ、源家は鬼を過激に嫌っている一族だからね。
そんな家の連中がなんで鬼と子を成したかなんて、想像はついていた」
藤也が納得して笑みを浮かべる。
だが、藤也には悪いが。
オレは、自分の生い立ちなんて知らない。
このまま、知らないまま突っ込ませてもらう────!!
走り、藤也に茨を伸ばす。
「いきなりか!!
いいよ、構わないさ未音!!
│あの
後ろで待たせていた水蛇が、大きく口を開けてオレへと迫る。
飲み込まれたら最後、オレは水圧で死ぬ。
そういう呪術だと、蒼龍から聞いていた。
だから、行動は簡単だ。
先ずは───────
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
藤也が水蛇に指示を下す。
未音を襲えと、本気を出させるために、敢えて殺意の込めた命令。
蛇は真っ直ぐ未音へと向かう。
蛇が口を大きく開ける、その瞬間だった。
未音は高く跳ね、回避を試みた。
だがそれは藤也の予想通りだった。
藤也は、未音の出す『茨』の異能の名を知っている。
有想無造。それは、鬼が生まれた最初期から存在した茨木童子の末裔が扱う異能。
しかし、藤也が知るのはそこまでだった。
なぜなら、その末裔は彼が産まれる前に死滅されたとされていたから。
だからか、藤也は少しばかりの油断をしてしまっていた。
そんな『茨』如きで何も出来ないと。
せいぜい、自身に絡ませて攻撃するくらいであると。
しかし、藤也は知ることとなる。
空を跳ね、身動きが取れない未音は蛇に呑まれ、無様に圧死する。
「──────なっ!?」
そんな予想を裏切られ、此方へと駆ける未音の姿を見て。
具体的では無いにしろ、その異能の力を藤也は分析し始める。
「────幻覚を見せる異能……!?
そんな、そんなもの呪術となんら変わりないモノを……!?
クソッ!!」
直ぐに待機させていた火球を射出させ、応戦する。
しかし、藤也が胴に茨が絡まっていることが気付いた。
「いつの間に……?」
戸惑っている藤也の、生まれた隙を見つけて未音が睨む、その瞬間に絡まっている腹部の箇所に鋭い痛みが走る。
「ぐ……ツゥ……!!」
「お灸だ藤也……!! 一発喰らいやがれ────!!」
加減しているとはいえ、かなりの威力、少なくとも陶器なら割ってしまうであろう威力の一撃を未音が放つ。
見事に命中し、藤也が吹き飛ばされる。
反対車線のガードレールにぶつかり、橋から落ちることは無かった。
すぐに体勢を立て直して藤也が腹部をさする。
血が付着してるはずの手のひらには、まさかの血が着いていなかった。
─────なぜ? いまさっき、確かに刺された感覚があった。だというのに血が流れていないのはどういうことだ?
本来、幻術は視覚、聴覚のみを惑わすモノ。
痛覚を惑わすことは不可能とされていた。
それは、異能でも同じようになっていた。
「……いや、ありえない事はないのか。
じゃなきゃ、呪術なんてものは生まれないしね」
戸惑いはしたものの、藤也は無理に納得し、未音を睨む。
未音は、確かに手札を見せた。
───これで、新たに藤也は相手の行動を分析し始める。
「未音、その茨が現れている間のみ、キミは痛覚すら惑わす幻術を扱えるんだろう?
しかし、僕はそれを知らなかったな。
多分、田沼家の時に力が発現したんだろう?」
未音がこくりと頷く。
その瞬間、藤也との空いた距離およそ15メートルを刹那的な速度で埋め、未音が次は腹部を殴打した。
貫かぬように、それでも常人ならば意識は飛ぶ力で。
しかし、藤也とて亜人種課の人間である。
気絶することなく、すぐにガードレールに身を乗り出して飛び降りた。
「待て、藤也……!!」
後を追うべく、未音が飛び降りる。
下は川。
そのまま落ちれば、コンクリート並みの硬さとなった川にぶつかり、死ぬのは免れない。
だが、藤也に関しては例外である。
彼は、川の水を使い水蛇を作り出したのだ。
「……最大級ぶつけてやる未音!!
これで終わりだァ!!」
「藤────────」
水蛇が未音を飲み込む。
後は、水圧で圧殺されるなり窒息死するなりどちらか二択となってしまう。
そこで、藤也はようやく未音を本当に殺してしまったと気付いた。
本来ならば、彼に罰せられて殺されたかったというのに。
鬼の血が混じっている、彼に殺された方が自身の罪が軽くなる。
だからこそ藤也は未音に殺されたかった。
蒼龍にも鬼の血は少しながら流れている。
しかし、彼は約束を反故し、今では自身を捕縛するくらいの力しかないハズと藤也は予想していた。
友を二人手にかけた事実を、ハッキリと再認識しながら藤也は静かに涙を流した。
「……あぁ、なんてクズなんだ。
ごめん、未音─────」
「いや、お前に謝られることなんてないよ!!」
それは、背後から聞こえた。
藤也が振り返ると───いつの間に回り込んでいたのか、未音がいた。
まさか二発目の時には既に幻覚だったのか……!?
悟る頃には、未音の拳が、藤也の顔へとめり込んでいた─────
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藤也の術に対して、オレの取る行動。
それは、一撃を加えた後に即座に幻覚を作り出して、遠くから藤也の行動を観察すること。
アイツが川へと飛び込むなら、それは明らかな罠、誘導だ。
あの水蛇の呪術で、オレのことをペシャンコにするつもりなのだろう。
……藤也なら、その手前で留めるだろうが、今のコイツは情緒が安定していない。
誤って、オレのことを殺しちまったら藤也は本当に壊れてしまう。
だからこそ慎重に動く必要がある。
こうやって、幻覚を見せる必要があるのだ。
藤也が川へと飛び込もうとしていたから、オレは先に飛び降りる。
オレの飛び降りた所は少しぬかるんでいる地面で、そのぬかるみがクッションとなって衝撃を吸収してくれた。
藤也が水蛇の出し、呑み込む。
悲しそうに藤也が「ごめん」と言ったのを合図にオレは藤也へと向かって跳躍した。
オレと藤也の距離は二十メートル程か。
それを、秒にも満たない速度で詰めて藤也に拳を喰らわせる。
若干回転を加えて、藤也をぬかるんだ地面へと吹き飛ばす。
これで、ダメージの蓄積で流石に意識が飛ぶはずだ。
まるで隕石みたいに藤也が地面へと墜落し、そのまま、オレの予想通りに気を失う。
─────これで、藤也の捕獲は完了した。
後は蒼龍にメッセージを送るだけだ。
オレは携帯の電源を入れて、LINEを確認する。
……というか、藤也との戦闘に夢中で気付かなかったが、結構通知溜まってるな、誰からだ?
LINEを開くと、悪戯にスタンプを大量に送っていたみたいで、麻上から大量に通知が来ていた。
念の為、開くと『どうけし』とだけ書かれた文面を最初に大量のスタンプが流れていた。
……なんか、妙だな。
不思議と違和感を覚えた、その直後。
「“ハァイ、お間抜けな鬼さん。
鬼ごっこの時間だよ”」
肩をポンと叩かれ、背後を確認する。
そこには、道化の仮面を被った、稀代の殺人魔がいたのだった─────
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