移植

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「───あらァ、ちょっとやる気出しちゃったとは言え、さすがに呆気なさすぎたわね」


 玄司郎が、つまらなそうに呟きながらアイアン・メイデンを見つめる。

 そこからは、致死量を軽く超えて血液が隙間から流れ出ていた。

 仮に、未音がこの場にいたらよくも蒼龍を、と、殺しにかかりに来るのは玄司郎の脳内で容易く想像できた。

 ……やはり、自身の杞憂であり、徒労だったのだろうか?

 玄司郎が、胸中に残る疑問を振り払い、棺桶から背を向ける。


 ───その直後、じゃらりと、鎖が自身に伸びてきている音が聞こえた。


「────────やっぱり、生きてるわよねぇ!?!?」


 鎖は思ったよりも接近しており、玄司郎が振り向いた時には肩に突き刺さっていた。


「……チッ、やっぱり目を最優先させるべきだったか。

 じゃなきゃ今頃……仕留めれてたってのによォ」


「痛た……アナタね、レディーの麗しいボディーに何してくれてんの?

 男としては死刑モノよ?」


 軽口を言ってみせるものの、玄司郎は額に冷や汗を滲ませ、周囲を再度、警戒し始める。

 アイアン・メイデンの扉には、小さな穴が空いており、そこから鎖が……彼の愛用している呪装具が、飛び出てきた証拠だった。

 扉にヒビがはいり、破壊される。

 そこには───蒼龍が身体中から血を流しながらも、細胞が恐ろしい速さで肉を形成し、風穴を塞ぎ始めていた。

 目は空洞になっているが、自身のいる方向をハッキリと理解しているようで、顔は玄司郎の方へと向いていた。


「……グロ、十八禁でしょコレ。

 ねぇ、その再生能力……聞くまでもないけど、影爾チャンの?」


「あぁ、当然だ。

 奴の『移植』の呪術を極めた肉体。その肉体の血液を水槽……熱帯魚を飼育するくらいの大きさのモノへ注ぎ、藁人形をその中に入れて一週間ほど浸したら割と便利な呪装具ができた。

 怪我ならなんでも、ストックが無くなるまでならその藁人形のどれかに移せれるのさ」


 聞いて、玄司郎は悟る。

 ここは身を引くが正解であると。

 ストックの数が分からない以上、かなり手こずる羽目になり、時間稼ぎ所でなくなるとは目に見えていたからだ。

 無様と言われてもいい、なりふりなど構ってはいられないと玄司郎は背を向け、ビルの扉へと向かう。


“地の元素を司りし玄武に命ず、その身強固な壁となりて我等が身を護りたまえ『玄武参ノ術式、玄鋼壁』─────!!”


 そして、わずかコンマ三秒で別の術式の詠唱を完成させた。

 本気で、玄司郎は本気で逃げる一心で。

 その強固な壁を生成させることに成功したのだ。


 蒼龍と玄司郎の距離は十メートルにも満たなかった。

 その距離は、ビルの床が込み上げてきて、玄司郎の背後に現れた壁によりさらに空くこととなるだろう。


「“───逃亡者を護りし壁を破壊せよ、紅蓮の戦鎚よ。

 朱雀五十ノ術式・鉢特摩”」


 それは、玄司郎が唯一唱えない、覚えていないだろうと慢心していた、意外すぎる蒼龍の一手で破壊されることとなる。

 大気が変化し炎が生み出され、その炎は蒼龍の背丈くらいの戦鎚となり壁を溶かしたのだった。


「うっそでしょ……!?

 鉢特摩って、アンタそれすっごい非効率な術じゃない!?

 呪術により生み出された、結界や障壁を破壊することしか出来ない、それもかなりの呪力を消耗するモノだってんのに……!?」


 なぜ唱えないと思っていたのか。

 それは、風魔家の言い伝えに関係する。

 玄司郎は呪術師の名門出身であり、当然、風魔家の存在は嫌という程、聞かされていた。


 曰く、風魔家は鬼狩りを基本とするが。

 人の道を踏み外した呪術師、鬼狩りを裏で始末する“処刑人”を一手に引き受けていると。

 それは、昔に彼等の裏切りによって恨んだ鬼狩りが掛けた呪いに起因すると。

 それは、長子は“物を作ること”に長けており、次子は“破壊すること、殺すこと”に長けていると。

 そして、それより後の子は絶対に生まれないと。この呪いを解くには一億の罪人を断罪せねば解けないと。


 その呪いにより長子である蒼龍は、戦闘向きでは無いハズだからだ。

 本来、殺すこと、壊すことに長けているものが呪力が多くなる傾向が、風魔家に多い。

 仮に、たまたま蒼龍がその例外であるとしても限度がある。

 元々鬼狩りを極めていた風魔家は、因幡家のように呪術に精通しておらず、呪力が少ない家系であるから、伸ばす術を知らない筈なのである。

 そんな背景もあってか、玄司郎は蒼龍の呪力量が少ないと判断していた。

 そして、今彼が唱えた呪術は莫大な呪力を消費する。

 局所的に使えないのも相まって、その呪術を習得などしていないと、彼は確信しきっていたのだ。


「仮に……仮に、呪力を数値化するとして。

 一般人の呪力量が百としたら、その術式は千ほど呪力を消費する!!

 そして、名門であり他の有象無象の術士に比べてアタシは呪力量が三倍の三千!!

 アンタは、どれくらいっていうの、蒼龍ちゃん……!!」


 愛刀を巨大な蛇腹剣に変化させた蒼龍が、剣を振りかぶり刀身を分裂させながら、動揺しながらも逃走を優先させている玄司郎へと放つ。

 それと同時に、あっけらかんと自身の呪力量を言う。


「五万だ。

 俺の母親、安倍晴明の子孫だったみたいでな。知らなかったのか?」


「ウッソ、初耳だわァ……

 そりゃ、勝てないってのも納得ねぇ」


 ブスリと、牙に刺されたかのように。

 蒼龍の蛇腹剣の刃が、玄司郎の腸に深く食い込む。

 ミチミチと、ナニカが破れる音と共に、玄司郎の胴体は裂けた。


「ふぅ……さてと。

 未音の元へ向かうとするか─────」


 さっきまでの戦闘はどこへやら。

 蒼龍は疲れなどないと言わんばかりに、未音との合流地点まで向かうのだった。

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