番外編

泡沫の微睡

 ”───源 選手ゴール!! まさかの同点からの逆転勝ち、奇跡の大反撃!!

 鬼との混血なだけあり素晴らしい身体能力だ!!“


 湧き上がる歓声は、まるでオレを祝福するオーケストラかのように。

 そのオーケストラに囲まれて、オレは歓喜の雄叫びを挙げる。

 漫画とかに良くいる、世界を救った英雄なんかはこれに近い感情を抱いたのだろうか、なんて考えながら。


 試合終了後、勝利の立役者となったオレへ、仲間の選手達が拍手と賞賛を送ってくれた。


「おめでとう、未音。

 そしてありがとう、この勝利はとても嬉しい!!

 なんせリーグ優勝をかけた試合だったからな!!」


 ありがとうございます、と賞賛への感謝を返す。

 真っ先に賞賛を送ってくれたこのチームのリーダーの後に続いて、次々とチームメイトから感謝を述べられる。

 照れくさくなって、オレはドーム外から出る。

 先程までの熱気は、この真冬にも負けずに、未だに熱を保ち続けている。

 外での、サポーターの方々の感極まった姿がその証拠だった。

 そんな中、


「あ、みおとお兄ちゃんだー!!」


 嬉しそうに、そして従来の元気を更に十倍したかの勢いで突進してくるはオレの恩人である少女。

 腰まで伸びていた、まるで絹のように綺麗な黒髪と、その愛くるしい幼い顔は高校生になっても未だ健在。

 橘花 友紀奈は、オレの手を握り、めいっぱいの力で上下に振りながら、鼻息を荒くして捲し立てた。


「凄いよ!! ハットトリックで逆転にまで導くって!!

 それに、相手のシュートを蹴り返して仲間に渡すなんて……今まで頑張ってきた甲斐があったね!!」


 まるで、ダイヤかのように煌めきつつも、月のように綺麗な瞳。

 その瞳を見て、オレは安堵した。

 友紀奈への感謝を返せれたと、心の底から、オレは嬉しく思った。


 オレは高校を卒業後、プロチームに即入ることとなり、数多の試合で活躍を重ね、そこそこ有名人となった。

 義博はその数年の間に病死してしまったが、直前の面談でオレに今までの仕打ちを謝ってくれたことで、和解した。


 蒼龍や、藤也は結婚していて、子供を授かっている。

 蒼龍なんかは三人目で、その子は男の子らしい。

 楓は、アパレルの仕事をやっていて、そこでいい男性と知り合って交際中らしい。


 死ぬ間際、義博はオレの名前の意味を教えてくれた。

 義博いわく、『未来が福音で満ちますように』と、オレの母親がそう願いながら名付けてくれたみたいだ。

 顔も、どんな人かも分からない。

 けれど、母さんはきっと、微笑んでくれているはずだ。


 だって、オレは今、こんなにも幸せなんだから。

 紆余屈折ありはしたが、今もこうして橘花一家と仲良くしながら、暮らせている。

 そんな光景を見て、笑っていないはずがないのだから。


「……ありがとう、友紀奈。

 楓季さん達の所まで送るよ────って、え?」


 言いながら、彼女の手を引く。

 それと同時に、足を掴まれるような、感覚がした。

 足元を見ると、そこには。





 ─────アリガトウ。


 初めて、殺めた命が。

 恨めしそうな顔で、オレに、気持ちなんて微塵もこもってない感謝の言葉を発した─────。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「───はっ……!? ハァ、ハァ……!?」



 目が覚め、オレはさっきのは夢だと再認する。

 今のはきっと、オレが欲しかったゴール。

 だが、それをあの男が許してくれないのだろう。

 男だって、家族との家庭を夢見ていたのだ。

 オレは仮にも源の人間だ、そんな慎ましかな夢を奪ったヤツらなんて一族ごと恨むに決まっている。


「─────ホラ、それで汗を吹けよ」


 何も聞かずに、蒼龍がタオルを渡してくれる。


「ありがとう、蒼龍」


 礼を言って、タオルを受け取る。

 ……そういえば、今日は四月一日か。

 どうりで、こんなヘンテコな夢を見てしまったわけだ。

 さて、泡沫の夢はもう見ないようにしないと。

 虚ろな幻を見たところで、彼女達は帰ってこないのだから─────

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