奇襲

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「藤也!!」


 進むこと数分で、藤也は見つけた。

 同じ路地裏の、オレが入ってきた場所とは正反対の、おそらく出口となる場所で、彼はオレを待つようにして立っていた。

 俯いたままの藤也を見つけ、名を叫ぶ。

 ピクリと動いた後、藤也は笑みを浮かべ、オレに顔を向ける。


「なんだ、未音か。

 早速だけど、君には死んでもらおうかな。

 目障りなんだ……あぁ、吐き気がするんだよ、その善人面が─────!!」


 忌々しげにオレを睨み、友人は敵意を剥き出しに呪力を練り上げる。

 ……まて、蒼龍アイツ、藤也はもう呪力がないって言ってなかったか?

 どう考えても自前の呪力で呪術唱えようとしてるんだが。

 いいや、後で確認すれば。


「悪いけど、殺されるもんか。

 オレはお前を助ける為に来たんだ、殺されるために来たわけじゃねぇ!!

 大人しくお縄につけ、藤也……!!」


「助けに来た?」


 見下すように鼻で一笑し、藤也が現実を突きつけに来る。


「バカじゃないのか、僕は君の嫌う殺人鬼だ。

 キミをこの血塗れた道へと誘った、伊藤守人と同じ種類なんだよ。

 キミがそんなやつを許せるとは思えないな!!」


「いいや、助けるぜ。

 元々、伊藤はぶっ殺すつもりしか無かった。けれど、オレはそれと同時に守りたいものは守ろうって決めたからな。

 お前も守る範囲に入ってる。せめて、蒼龍との式にはツラ出してもらう……!!」


 藤也の言葉は一般論としては至極正しいのだろう。

 彼は裁かれるべき人間で、助かる資格はないのかもしれない。

 けれど、オレが助けたいから、藤也は助かってもらう。

 友との戦闘を決意して、オレは藤也へとひとっ飛びする。

 十メートルくらい距離が離れていたが、それを一秒行くか行かないかの速さで詰め、袖に隠していたナイフ掴み、彼の手首に切り掛る。


 普通の亜人種課の人ならば、対応は出来ないだろう。

 まずこの一瞬での出来事を脳で処理しきれず、思考がフリーズして固まるだろう。

 しかし、藤也は涼し気な顔を浮かべたまま、背後から土塊の槍を飛び出させた。


「─────っ!!」


 すぐさまナイフで打ち払い、その一撃を防ぐ。

 しかし、それによりバランスが崩れ、着地と同時に倒れる。

 それを隙と見てか、藤也はすぐに今のと同じ土塊の槍を飛ばす。


「─────クソっ!!」


 それを転がって避けて、近くにあった瓦礫を使って藤也へと投げる。

 腕へ狙ったそれは、敢えてなのか藤也が受けた。


「……やっぱり、痛いな鬼の投擲は。

 でもね、目論見はバレてるよ。

 多分だけど、蒼龍が回りこんでるでしょ?

 時間稼ぎをする為に、キミは一人でわざわざ僕の相手をしてるんだ」


 そう言うと、藤也が背を向けて走り出す。

 それと同時に放たれる槍を回避して、オレは藤也の後へと追う。

 ……よし、まんまと釣られてくれた。

 蒼龍は現在、藤也は移動するであろう地点へと向かっている。

 かなり自信ありげではあったから、そこであっているのだとは思う。

 蒼龍はそこで待ち伏せして、呪装具を使って捕獲をするという算段だった。


 後は藤也の一撃を回避しながら追えばいいだけだ、蒼龍、間に合ってくれ……!!


 願いながら走る。

 そんな中、携帯に通知が入る。

 蒼龍からの連絡かもしれないので、ポケットから取り出して、携帯の画面を覗く。

 そこには、『悪い、遅れる』と簡潔に済ませた蒼龍のメッセージがあったのだった───。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ───歓楽街の、ビルの屋上を忍びが如く駆ける姿が一つ。

 全身を黒に染めたその格好はまるで鴉のように、風魔蒼龍は未音との合流地点に向かっていた。


「……未音、上手く誘導してくれよ」


 その合流地点は、幼い頃に蒼龍と藤也がよく遊んだ歓楽街を出た少し先にある河川敷で、二人がなにかしでかした時に決まって避難する場所でもあった。

 藤也はそこに逃げるという確信を、蒼龍は抱いていたのだった。


 なんてことは無い、小さい頃からの絆が、蒼龍が確信を抱く証拠だった。

 ビルの屋上を駆ける最中、蒼龍はたまたま視線を向けた先にいた隣ビルにいる人物を見て、足を止める。

 その男はかなりの美形で、一目だけでは女性と間違えるほどだったが、そんな彼の美しさではない。彼の、危険度に蒼龍は足を止めたのだ。

 それは僥倖か、必然か。

 次の瞬間、蒼龍のすぐ目の前に飛来するのは藤也が繰り出していたモノよりも遥かに精度が高く、大きい火球であった。

 藤也が出していた野球ボールサイズの、可愛らしいモノではない。

 ボーリングの球サイズのモノだった。

 蒼龍は機械的に、その人物へ向けて袖口に仕込んできたクナイを、正確に投擲する。


「あっらぁ、アブナイわね!!

 危うくアタシの綺麗な顔が悲惨なことになるトコだったワァ!!」


 予想外の反撃だったろうに、その男はサラリとかわしてみせて、ウィンクと同時に呪術の詠唱を唱え始める。


「“焔纏いた呪岩よ、砕け

 朱雀・玄武の複合 《炎岩》”」


 それは先程の火球を出す為の呪術、蒼龍は上空を見上げると、頭上、おそらく自身の背丈と同じくらいの間隔に生み出された炎の岩があった。

 回避しても次の攻撃が飛んでくる。

 そう確信した蒼龍は鬼忌廻改を巨大な刀、否。

 自身を隠すほどの巨大なドーム状の鉄塊へと変化させて、その火球を防いだ。


 口笛を吹いて、男は蒼龍に賞賛を送った。


「あらァ、素晴らしいわ!!

 アナタ、最っ高に最っ高よォ!!

 顔もいいし、やるじゃない。

 アタシ、アンタみたいな男タイプよ、抱いてちょうだい!!」


「悪ぃけど、もう将来を誓った女がいる。

 つーかお前、明導院みょうどういんだな。

 道化師の側近であり、亜人種課が生み出してしまった、最低な呪術師、明導院みょうどういん 陸次郎りくじろう!!」


「そんなセンスのない名前で呼ばないでちょうだい!!

 アタシはね、迷える子羊を明るい道へと導く、黒を司る男……明導院みょうどういん 玄司郎げんじろうよ!!」


 男───玄司郎がそう名乗っている間に、蒼龍は着物の袖に入れていた携帯を取り出さず、見ずに未音へと『悪い、遅れる』と簡潔に済ませた文を送った。

 お互い睨み合う中、啖呵を切ったのは蒼龍だった。


「なぁ、お仲間の錬鉄れんてつ影爾えいじが死んだけど感想を聞こうか?」


「あら、挑発?

 それならノー問題よ。あの子はあそこで死ぬ覚悟を背負っていたもの。

 そんな男を、涙流さず見送るのが仲間の役目よ。

 アナタ、十何年も一緒にいた仲間がいるのにそんなことも知らないの?」


 あぁ、と蒼龍が頷き、答える。


「生憎、そんな仲間を作れる環境ではなかったんでな。

 でも、友達なら山ほどいるぜ」


「アラ、そうなの?

 まぁアタシとしては錬鉄ちゃんはしっかりと役目を果たしてくれたわ。

 あの子のおかげで、亜人種課が秘密裏に開発している新しい兵器を先に開発できたし、何より我らが王サマの覚悟も決まったみたいだし」


 再び、玄司郎が詠唱を始める。

 先程と同じ呪術詠唱を耳にした蒼龍はすぐさま、もう一度クナイを放つ。

 それを、飄々と蹴り弾きながら玄司郎は再び語り始める。


「田沼家の作戦はね、アタシ達当然予想済みだったの。

 未音っちが玄人に言うのは確定だろう、そうすれば我らが『劇団』内で二番目に勢力があるともっぱら噂の田沼組は速攻狙われて、足並み潰されるだろうなって」


「……それと、田沼家の掃討作戦は元から田沼家の居場所を知っていたのもデカい。

 何故かは知らないけどな。

 しかし、それを特定した麻上は更に黒い噂がたつようになった。

 俺としちゃどうでもいいが、バディを組んでいる未音が巻き込まれそうで不安だがな」


「アラ、知らないの?

 あの情報、アタシが売ったのよ?

 あの子、アタシの根城知ってるからね。

 なんだっけ、どうしても成り上がって守人と未音っちをエンカウントさせたいんだって」


 玄司郎の言葉は嘘か真か。

 蒼龍には分からない。

 しかし、分からないからこそ蒼龍はその場で固まってしまった。

 麻上なら接触しかねないと。

 麻上にとって、未音は嫌いなタイプなのは間違いがない。

 嫌いな人間を徹底して潰すタイプの麻上が未音を死なす為に工作をする姿など、容易に想像できてしまうほど、蒼龍は麻上には懐疑的だった。


 だからこそ、玄司郎の暴露による衝撃で体が動かなくなり、玄司郎はその隙を見逃さなかった。

 蒼龍が元へ詰め寄りながら、玄司郎は詠唱を唱える。

 それは、先程の火球ではなく、別の呪術であった。


「“帝に仕えし武士が残す、最後の呪いよ。

 我が次なる主となるのを代償に、貫き給え。

 玄武ノ五・土禍槍どっかそう”」


 同時間に、藤也が出したモノとは格別な土の槍が生成され、蒼龍に向かって放たれる───!!

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