停止

 ─────幼い頃、今日みたいな照り暑い夏の昼とは正反対の、雪が降る夜で俺と因幡いなば 藤也とうやは出会った。

 何処か、儚げなヤツで、ガキの頃はクズに片足を突っ込んでいた俺は藤也のことが気に食わなくて仕方なかった。

 その、未来を憂えるその瞳は同時に、明るい未来への渇望を宿していた、その矛盾に。

 しかし、しきたりだったので仕方がなく付き合ってやっていた。


 そんなある日、俺は弟と大喧嘩をした。

 弟は腹違いの、同い年の弟であり、その複雑な人間関係が原因で母親が死んだ、その事実を知って俺は───怒り狂って、弟につい物を投げてこんなことをほざいた。


『───おまえのせいで俺の母親が死んだんだ!!

 返せよ、おまえのせいで死んじまった、俺のお母さんを返せよ、この……人殺しが!!』


 その発言は、どんなに弟を苦しめたのだろうか。

 よく、弟を虐めていた。そのことも含めて、ストレスが限界を迎えてしまったのだろうか。

 ……弟は、大量の重石を付けて、庭にある池に飛び込んで自殺を図った。


 まさか、そんなことをするなんて思わなかった。

 悲しくともなんともなかった、ただただ予想外の一言だった。

 事実を知った親父は当然、俺に激怒した。

 激怒して、俺の事を家から追い出した。


 藤也と出会った頃よりも激しく雪は吹き、更に誰もいない。

 心身共に、俺は肌寒くなって、人の熱が、温かさを欲した。

 幼い子供に、いきなりの孤独なんて耐えきれるハズはなく、俺は涙目になっていた。


『……おとう、さん』


『あれ、風魔くんだ。どうしたの?』


 一人で、公園の砂場でぐずっている時に、俺はたまたま藤也と出会した。

 予想していなかった遭遇だが、俺は嬉々として、藤也に全てを話した。

 懺悔室による罪の告解でもなんでもない。

 ただの、幼いガキの他愛のない、愚痴のつもりだった。

 反省のかけらもない、クソみたいな逆恨み。

 そんな俺の言葉を、藤也は真剣な眼差しで、


『それは、いけないことだよ。風魔くん』


 そう、一蹴してみせた。

 ムカついて俺は思わず、藤也の胸ぐらを掴んで迫った。


『はぁ!? 何がダメなんだよ、言ってみろよ!!』


『……弟くんにした事も、だけどね。

 君のお父さんが一番怒っているのは君の態度にだよ、風魔くん。

 いいかい、罪は償っても消えない。軽くなるだけなんだ。

 だというのに、君は償うつもりなんてさらさらなくて、そんなあっけらかんとした態度を取っている。

 それも、弟くんを自殺にまで追い込んだのに、だ。

 それが大事っていうのが君には理解出来ていない』


『……なん、だよ……!!

 てめぇの家だって、人殺してはよく俺らの家に処刑されてんじゃねぇか!!

 てめぇらの家の殺人衝動くらい知ってんだぞ、そんな人殺しの家に生まれたくせに偉そうにしやがって!!』


『うん。だからこそ、僕は君がそうなってしまうと心配で言ってるんだ。

 僕は、受け入れる。一族の罪を、そして償い続ける。

 その先に、この呪いじみた殺人衝動がなくなると信じてね』


 藤也のその言葉は、覇気があった。

 何より、一見冷たくも、隠しきれないほどの温かさが、藤也にはあった。

 俺の肩に手を乗せて、藤也がゆっくりと寄り添った。


『自分がされたらいやだろう、反省をするんだ、蒼龍くん。

 人は、自らの誤ちを認めないと前には進めない。

 君は今回の件を、そして僕は一族のこれまでの罪を。

 今までの行いをしっかり受け止めて、反省しよう。

 それで、今度は間違えないように振る舞えばいいんだよ』


 ───頭の中で、俺は今まで朱雀に、弟にしてきたことを思い出して、自分がされたと想像する。

 ……どれだけ辛かったのだろう、どれだけ嫌だと、やめてくれと叫びたくなったのだろう。

 そんな行動を、なんで今まで許してくれたんだろう、なんで、最後の最後に俺を傷付けようとせずに、自殺を選んだのだろう。

 俺だったら、絶対に仕返ししてやるのに。


 そんな次々と疑問と共に返ってきた答えは、後悔と、罪悪感だった。


『……す、ざく……』


『うん、うん。泣こう。

 いっぱい後悔して、泣きじゃくって。

 そして、次は同じ間違いをしないように、進んでいこう』


 膝が崩れ落ちて、俺は手で顔を覆う。

 その日、俺は初めて人を思って泣いた。

 そんな俺をただただ藤也は優しく、見守ってくれていた─────。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 未音が犯人を聞いた頃、蒼龍は次なる現場へと到着・・した。

 その死体は酷く損傷しており、身元が判別できるか怪しかった。

 蒼龍は目の前にいる人物を見て目を細める。

 悲しさからか、怒りからか。それは前者。

 違う人間でいて欲しかったという、蒼龍の僅かな、しかしそれは有り得ないと否定できるささやかな願いだった。

 ───血で、服がまるで泥遊びをした幼子のように汚してしまっているその青年は因幡 藤也……蒼龍の友人であった。


「アレ、蒼龍?

 そっか……うん、僕の事を殺しに来たんだね?」


「そうだ」


 蒼龍が頷いて、短刀を握る。

 完全に敵意を剥き出しにしている蒼龍を前に、藤也は笑う、笑う、嗤う。

 当たり前のように、物事が進みきすぎて。

 自分に敵意を剥き出しにしている蒼龍がおかしく感じて、そしてそんな馬鹿なことを感じている自身に、笑った。


 ゆらりと、陽炎のようにゆっくりと立ち上がり藤也は一歩、後退した。

 首飾りを見つめ、


「───伝巧絶歌でんこうせっか


 その首飾りの名を、歌うように呟いた。

 それは、因幡家に伝わる技巧を結晶化させたもの。

 その歌を絶えさすことは許さないと、彼の先祖が造りあげた至上の代物だった。

 彼が歌うと、背後から炎が燃え盛り、二人を囲むように出来上がる。

 炎の闘技場を造りあげたのは藤也、そしてその闘技場の完成を防げなかったのは蒼龍だった。


「─────………本当に、お前がやったのか?」


 蒼龍が訊ねる。

 一縷の望みにかけて、否定してくれと頼むように。

 しかし、それを残酷にも一笑して藤也は答えた。


「ふふふ、凄かったろう?

 最初はヘタクソだったけどさ、次第に上手くなっていったよ。

 ついさっき見てきたと思うけど、アレは素晴らしかったでしょ?

 あぁ───はやく、未音もあぁしたいなぁ」


 恍惚とした表情を浮かべ、悦に浸る藤也を見て、蒼龍は揺らいでしまったその決心を固くして、鎖剣の名を叫んだ。


「───出番だ、鬼忌廻改!!」


 その短刀は形が変わり、大太刀となった。

 その形は、蒼龍が悪しき鬼を百体以上を殺めた証拠であった。

 その鬼達の魂は、宿主を忌み嫌いながらも、廻り、改造されていく。

 それが蒼龍のもつ呪装具、鬼忌廻改の特徴である。

 藤也が微笑み、蒼龍に語り掛ける。


「───懐かしいよね。よく、悪鬼達をこうして倒そうって幼い頃から約束を交わしていたよね」


「そうだな。ずっと、そんな日が続いたら嬉しかったよ、藤也」


 悲しい表情のまま、その戦いは始まった。

 藤也が火球を飛ばし、蒼龍がそれを避ける。

 そして、大太刀に呪力を込めて藤也へと向かって振るう。

 物干し竿のように長いその大太刀は、藤也の首に届くことはなく、空を切る。

 しかし、切られた空は鎌鼬となって、藤也を襲う。

 その瞬間、蒼龍の首飾りが砕けたが、蒼龍は気にする事はなかった。


「───甘いね、蒼龍!!」


 鎌鼬は獰猛に藤也の首を狙って走ったが、藤也はそれを回避して、続きざまに水を蒼龍に、そして火球を彼の左右に飛ばす。


 回避は上しかない。しかし、上を飛べば何かしらしてくる。

 蒼龍はそれを悟り、その瞬間に突破口を見出した。


「───鬼忌廻改!!」


 蒼龍が大太刀の名前を叫ぶと、その大太刀は再び鎖剣へと戻り、蒼龍が短刀をビルの壁へと向かって投げる。

 すると、繋がれた鎖がその短刀の柄へと巻き付き、蒼龍を共に運ぶ。

 続け様に、蒼龍は懐からクナイを投擲し、藤也を牽制する。


「へぇ、やるじゃん蒼龍。

 まぁ、呪術勝負ではキミは分が悪いだろうしね」


(───あぁ、その通りだよ藤也。

 呪術師ってのは本来は、術を発動させるためには呪文を詠唱する必要がある。

 ソレを省略させるための呪装具がお前の持つ伝巧絶歌。

 いわば、拳銃を持って俺は、連発できるロケットランチャーを相手にしなくてはならない)


 蒼龍が壁に刺さった短刀の柄を握り、続いて呪文を詠唱する。


「“───爆ぜろ 朱雀の五・紅蓮!!”」


 刹那、いつの間に落としたのか、蒼龍がいた箇所に転がっていた筒状の物が爆破する。

 爆破といっても爆竹程度、子供騙しにしかならない。

 しかし、全く気付いていなかった藤也からすれば、それは十分に驚き、焦るモノだった。


「っ!?

 な、なんだ…………!?」


 思わず周囲を見渡す藤也。

 その彼を、まるで獲物を締めつける蛇のように鎖が藤也の身体に巻き付かれる。

 そして続け様に、蒼龍は詠唱を唱える。

 それは、炎という属性を司る呪術においては最強とも呼べる術で、並大抵の努力で発動できるものでは無い。

 そんな、秘奥と呼べる術を、蒼龍は発動させる─────


「“炎を司りし神の鳥、陽之鳥よ。

 影を纏う夜の咎人をその炎で判決せよ。

 我は執行者、その炎を纏わせて、咎人の罪を償わせる執行者なり……!!

 朱雀の六十六・炎裁!!”」


 刹那、彼の背後から顕われたのは、鳥の形をした炎だった。

 まるで睨むように藤也を一瞥したあと、羽ばたき、咎人たる藤也へと飛翔する───!!

 状況は蒼龍に傾いている。そんな好機ではあるが、蒼龍が油断することは無かった。

 寧ろ、警戒すらしていた。

 こんな簡単に倒せれるほど、友人は脆弱では無いと蒼龍は知っていたからだった。


 その、予想に応えるように消えるは炎の鳥。

 波に呑まれ、その鳥は姿を消したのだった。


「蒼龍、今のは気持ちがいいからって忘れてはいけないよ?

 僕の呪装具は、呪術の詠唱の省略化だっていうのは───」


「─────この展開は、予想済みだぜ」


 蒼龍が遮った刹那、鎖に電流が走る。

 藤也はそれが、呪術によるものだとすぐに理解して、目を大きく開けた。


(……驕った!! 呪装具を二つ、隠し持っていたのか……!!

 全てはこの展開の為に────!!)


 蒼龍が鎖を引っ張り、藤也を自身のすぐ目の前へと寄せる。

 そして、短刀を握りしめて蒼龍は藤也の喉元へと刃を突き立て─────


 その瞬間、蒼龍の手は止まった。

 藤也はあくまでも、抵抗は出来なかった。

 呪術を発動させようという判断は、電流によって阻止されてしたからだ。

 千載一遇の、一瞬と言えるタイミングを蒼龍は逃してしまったのだ。

 蒼龍はただ、ほんの一瞬だけ。

 友を殺すという行為を、躊躇ってしまったのだった。


「…………残念だ、蒼龍」


 藤也が呟くと、蒼龍の腹部に穴が空く。

 目に見えぬ、呪術によって生成された風の刃が、蒼龍の腹部を貫くのだった。


「……折角、僕のことを殺せれただろうに。

 君と僕の交わした約束を、君は守れられたハズだろうに」


 鎖が解け、蒼龍が地に伏せる。

 腹部から多量の血液を流しながら。

 藤也は何処か悲しそうに、だが恍惚とした表情を浮かべ、そこから去るのだった───。

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