第14話 潮騒の記憶

「ごちそうさまでした」


「お粗末様でした」


早川君は、私のお弁当を綺麗に食べてくれた。


食べ終わって、髪をもとに戻そうとしたので、私は「今日は暑いし、そのままにしたら」と言ってみた。


「そうしようかな、普段は女の子みたいになるからやらないんだけど」


「うふふ、早川君みたいに背の高い女の子がいたら、バスケの選手かと思われちゃうよ」


「あはは、それもそうだね」


「そういえば、早川君って身長何センチあるの?」


「えーと、この間の健康診断で183cmだったかな」


「すごーい。私より30センチちかく高いんだね」


「綾瀬さんは、何センチ?」


「155cm」


「体重は?」


(え?)……一瞬固まる私。


「こら! 女の子に体重を聞かない!」


「あはは、ごめん、さすがに天然の綾瀬さんでも答えないか」楽しそうに笑う彼。


「ぶーーー」とむくれるけど……



(楽しい)




なんでこんなに楽しんだろう、なんでんもないやり取りが自然にできている自分が不思議だった。ずっとこうしていられたら良いのにと思う。


でも、そう思った途端にまた胸が苦しくなる。



こういう事ができるのも、あと一ヶ月ちょっとなんだ……



「綾瀬さん」


「ん?」


「せっかくだから、井の頭公園を通って帰ろうか?」


「そうね、もう少し外にいたい気分ね」


そう言って、私は急いでテーブルの上を片付ける。くよくよしても始まらない。現在を楽しまないと。自分に言い聞かせる。



そのまま通りを公園の方へ向かうと、直ぐに入口へたどり着いた。

しかし、ひとたび公園の中に入ると、さすがに休日だけあって混雑ぶりは凄まじかった。


「うわ、凄い人出だね」迂闊に立ち止まると通行の妨げになるレベルだ。私ははぐれないように、また早川君の腕に手を絡めた――もちろん添える感じで――。



「今日はまた、一段と人が多いよ、まあ今が一番良い季節だから仕方ないか」


私は、むしろこの人ごみに感謝したい、だって、こうやって彼と距離を縮めて歩けるのだから。




人ごみに揉まれながら池の周りを歩いていると、早川君が出店の前でふと立ち止まった。



「ほら、あれ」


「あれって、綾瀬さんの小説に出てくるネックレスじゃない?」



彼が指さした先には、小さな貝殻に紐を通してチェーンの代わりにし、トップに二枚貝をあしらったネックレスが……。


そうだ、あれは……。





---------- 潮騒の記憶 ----------


ちいさな海辺の漁村で育った幼なじみの男の子と女の子、女の子は病弱で長生きできない。

男の子は女の子を元気付けたくて何かプレゼントをしようとする。


男の子は『僕が誕生日にプレゼントをあげるから、必ず受け取ってね』と言い、次の誕生日まで女の子が生きるための希望を与える。


男の子は、自作のネックレスを作ろうと、毎日浜辺に出かけては形の揃った小さな貝殻を集める。


女の子の誕生日は七月。あと一つ、ペンダントトップになる貝殻を見つければ完成と言うところで、季節外れの台風が訪れる。


女の子の誕生日まで猶予がない。男の子は嵐の中、貝殻を探しに出かける。


やっと見つけた貝殻をペンダントトップにつけて完成したことを喜ぶ男の子……。




女の子の誕生日、男の子が作ったペンダントが女の子の手に渡るが、男の子はいない。


ペンダントを完成させた男の子だったが、大波にさらわれて溺れてしまったのだ。


男の子は浜辺に打ち上げられたが、しっかりとペンダントを握っており、事情を知った大人が、女の子へ届けたのだった。


男の子がいないことを不審がる女の子だったが、大人たちは本当の事を教えてくれない。



誕生日の夜、『なにか音がする』と女の子が貝殻を耳にあてると貝殻から『誕生日おめでとう』と男の子の声が聞こえてくる……。


---------- 潮騒の記憶 ----------







「『潮騒の記憶』、あれを読んだとき、僕、思わず泣いちゃったんだよね」


『潮騒の記憶』は大学一年の時に初めて小説投稿サイトに投稿して、いきなり月間賞とかいう賞を取った作品だ。

たしか、商品はクオカード5,000円だった。


最初は小説を書くことが好きだから始めた小説の投稿だったが、あれに味をしめて賞金狙いで官能小説を書こうとしている。


自分の現金さに少し後ろめたい気分になる。



それにしても、私としても思い出深い作品だが、まさか早川君が私の作品を読んでいたとは知らなかった。

私が小説投稿サイトに投稿している事を文藝サークルの皆に公表してはいるが、正直、出版社主催の賞に応募している早川君が読むなんて意外だと思えた。



「あれ、読んでくれたんだ……。初めて書いた作品だったし、ベタ過ぎて恥ずかしいな」


「そんなことないよ、読者のレビューも良かったじゃない、僕はいっぺんでファンになったよ」


早川君に褒められると、照れくさい。



「すみません、これ試着しても良いですか?」


「ちょっと着けてみて」お店の人にネックレスを借りると、彼は、私の頭の上からネックレスをかけてみた。



(早川君、こういう時は後ろからかけるんだよ……)



私は、彼がネックレスをかけやすいように、距離を詰めた。


早川君の胸が目の前に迫り、私の大きく張り出した胸も彼のお腹を押す。


さっきまで彼の腕に手を添えていたけど、比べ物にならない密着感だ。




私は、自分の体温が急上昇するのを覚えた……。





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