18歳、
3
未だかつてこんなに緊張したことはあっただろうか。ふと考えて、あぁ、姉さんに好きだと告げたときか、と1年前を思い返した。
しかしそれとは種類の違う緊張に拍動が速まる。今日は俺たちblendsのデビュー日だった。
大手俳優事務所といえどアイドル育成に関しては素人だ。そこでダンスアイドルグループをいくつも育成し、業界ではトップを走る企業と共同でblendsをプロデュースしていくことになった。
そんなわけでグループ結成をしたときもある程度ニュースに取り上げてもらえ、デビューを迎えた今日もステージを取り囲むようにずらりと報道陣が並んでいた。
「ちょっと……俺緊張で……」
智宏が自分を落ち着けるように水を流し込んだ。最年少のくせに一番肝が据わっている瑞樹は目を瞑り集中力を高めている。ふぅ、と大きな息を一つ吐き、ふと唇がかさついていることに気づいた。「また舐めてたでしょ」呆れた声で酷く優しい眼差しをする姉さんが浮かび、くすりと笑みをこぼした。
「さぁ、そろそろ時間だ」
マネージャーが俺たちに声をかけると、イヤフォンで音楽を聴いていた仁くんがそれを外して静かに立ち上がった。それを契機に俺たち3人が仁くんの周りに集まる。先程まで緊張の面持ちだった智宏の表情がすっと温度を無くした。
「大丈夫だ。俺たちはやれる。積み重ねてきた時間を信じよう」
手を重ねた俺たちは仁くんの言葉に深く頷き、ステージへと向かった。
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「すごくよかったよ!」
力を出し切り汗にまみれた俺たちを社長とプロデューサー、マネージャーなどの関係者が拍手と賛辞で迎えてくれた。
大きな失敗もなく俺たちに出せる全てを出し切ったステージは成功といえた。ある程度息を整え、メイクを直した後は囲み取材が待っている。
「楽しかった……」
「ほんとに。もっともっとステージで踊りたいな」
「コンサートはもっと楽しいだろうね」
「これからも全力で積み重ねていこう。そしたら絶対できる」
俺、智宏、瑞樹、仁くんが興奮冷めやらぬまま先を見据えた。
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囲み取材も滞りなく済んだ俺たちは無事デビューの日を終え、マンションに帰ってきていた。まだあの興奮を忘れられない。テンションが振り切れてしまった俺たちはこのまま今日を終わらせたくないと、4人で祝勝会を開こうということになった。
「じゃあ、着替えたら俺んとこ集合な」
仁くんがそう言いながら玄関に鍵を差し込んだ。「あ、香澄さんいるなら連れておいでよ」と、それは仁くんの優しさ。
「でも、せっかくのデビュー日だし4人で良くない?」
俺の言葉に被せるように、テンションの高い智宏が「大勢いた方が楽しいよ!な?」と博愛主義の本領を発揮する。ちらりと瑞樹を見て意見を伺えば「香澄さんならいいんじゃない?」とさらりと言ってのけた。
3人が肯定の意を示したところを頑なに拒否するのも不自然か、と「わかった。姉さんも誘ってみるよ」と返す。
「じゃあ、後ほど」と別れて俺は姉さんが待つ家の扉を開けた。
俺が扉を開けると同時に待ってましたと言わんばかりの勢いの姉さんが「おかえり」と出迎えた。心なしかソワソワとしている姉さんを見て、ステージデビューを心配してくれていたのだと心が温かくなる。
「ただいま」
「デビューおめでとう」
どうして姉さんが泣きそうなの。その表情に愛しさが募る。おいで、と腕を広げれば躊躇いなく飛び込んできた姉さんを強く抱きしめた。
髪に顔をうずめてすんすんと鼻を鳴らせば「やだ、仕事終わりで汗臭いと思うよ」と身を捩らす。
「大丈夫。臭くないよ。ムラムラする」
合わさった視線に笑顔が溢れた。
「そういえば、送ったメッセージ見た?」
「見たよ、仁さんのところで祝勝会するからご飯いらないってやつでしょ?返事したけど」
「あ、ほんと?それ見てないわ、ごめん」
大丈夫だよ、という意味を込めて姉さんが頷く。
「いや、それなんだけどさ、姉さんも一緒にってみんなが誘ってくれてて」
「え……嬉しいけど、私邪魔じゃない?せっかくの日なのに」
「まぁ、俺じゃなくてみんなが言い出したことだから。でも無理にとは言わないけど……どうする?」
「それなら、お言葉に甘えようかな」
そう言って喜びに持ち上がった姉さんの頬にキスをした。これは独占欲だ。メンバーの純粋な好意と、それに純粋に応える姉さんに対する場違いな醜い嫉妬だ。
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