TRPG前日譚

てぶくろ

【サクラ...】

――あの日に出会い。


――あの日に別れた。



少女はクローゼットの戸を開ける。



――あの姿に憧れた。


――あの心を羨んだ。



しまい込んだ服を取り出して、ぎゅっと握りしめる。



――あの日に誓った。


――あの日に決めた。



帽子、杖、ローブ...そのどれでもない、何の変哲もない数少ない服。



――あの人を過去にしない。


――英雄を終わりになどさせない。



僅かばかりに小さく感じた懐かしい服。



――物語に終わりがあるなら。


――現実のものにしてみせる。



二度と着ることなど、無いと思っていた服。



――でも


――それでも



母が選んでくれた思い出の服。



――ワタシを見て欲しい。


――全てを知って欲しい。



あの頃の父が買ってくれた懐かしい鞄。



――他の誰でもない。


――あなたにだけ。



祖父が送ってくれたオシャレな帽子。



――こんなにも、心惹かれるなんて...


――こんなにも、心が苦しいなんて...



沢山悩んで、答えを出した。



――それでも...


――ワタシは...



少女はそれらを大きなカバンに綺麗に詰めていく。



――英雄を忘れるわけはない。


――忘れられるはずもない。



机の上には、一枚の紙が置いてある。



――アナタは英雄。


――アナタは全てだった。



【林間学校のおしらせ】



――あなたはワタシの


――たった一人の



少しの間だけ、英雄にお休みを。



――大切な人。


――心の置き場。



少しの間だけ、思い出を作りに。



――最愛の人だから見て欲しい。


――英雄を通さず本当のワタシで接したい。



爆発しそうな心臓の鼓動を抑え、荷造りを終える。



――だから、


――せめてたくさん、



荷物を持つ姿は、いつもの怪しげな格好。



――たくさんたくさん、


――驚いて欲しいな。



しかし、その背中に【英雄】は宿っていなかった。














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