暴走暴走大暴走
シミュレーションが始まった。
まただ。
あいつはノイシアだ。
ドイツ軍のメサイアで、メイスが武器。
私を、殴り殺しに来た。
メサイアは操縦桿を操作して動かすようには出来ていない。
メサイアのパイロットであるメサイア使いは、自分の神経とメサイアの操縦システムを同調させる“
メサイア使いは両手でSTRシステムを掴んでメサイアをどう動かしたいかイメージするだけで良い。イメージが電気信号となってメサイアへ伝えられ、それに従ってメサイアは動く。仕組みは極めて単純かつ確実。
美奈代はそう教わった。
だけど――。
何をどうしようと、美奈代はメサイアを指一本動かすことが出来なかった。
受けたダメージが神経回路を通じて襲いかかる“バックラッシュ”現象は疑似体験とはいえ、気絶する位に痛い。
何もしていないのに、何も出来ない方が悪いと怒られる。
精一杯の事をしても、何故、何もしないと怒られる。
本当に辛い経験だ。
一生、トラウマになるだろう。
やってもやらなくても怒られる。
そして痛い。
辛くて悲しいことだけど、前に進むしか選択肢はない。
美奈代はため息一つ、システムに手を乗せた。
ヴンッ
「……えっ?」
力が全身にみなぎってくるのを、美奈代は確かに感じた。
そして。
ドンッ!
ズズンッ!
佐渡はコーヒーに口をつけた所だった。
専属従兵である久丸を連れてこなかったことを後悔する味。
そのまずさに顔をしかめた瞬間、シミュレーションが合成音を生み出した。
「一回目?」
「……ええ」
佐藤は凍り付いた顔でうなずいた。
「一回目です」
「?」
「ノイシアが撃破されました」
「えっ?」
「動く!」
シミュレーター内の美奈代は、力に満ち溢れ、そして
「動く動く動くっ!」
立ち塞がる者あれば殴りつけ、蹴り飛ばし、容赦なく粉砕していく。
地面に転がっていた棍棒を掴むと、更なる獲物を求めて前に出る。
「今の今まで、よくもやってくれたわねぇっ!?」
血走った目で周囲をにらみ付け、新たな獲物に襲いかかる。
「皆殺しにしてやるぅぅぅっっ!!」
美奈代は暴れに暴れた。
コントロールセンターが繰り出してくるメサイアでは食い足りないとでもいうのか、遂にシミュレーターエリアを逸脱、模擬訓練をしていた部隊へ襲いかかった。
この部隊が、ただの部隊ではなかった。
天皇を護るために選抜された超エリート部隊“
互いにシミュレーション上で戦うという、幾度となく経験した戦場とも言いづらい戦場。
年数回、彼らに課せられた、単なるノルマ。
それだけに、彼らも気が緩んでいた。
だから――。
そこで起きた事態が深刻化した。
そうはいえるだろう。
何しろ、史上初めて、シミュレーター上とはいえ、名誉ある
目の前で幻龍改が胴体を真っ二つにされた挙げ句吹っ飛ばされた。
それまで敵味方が入り乱れていた戦場は、たった1騎の乱入によって大混乱に陥った。
敵か味方か――。
全てをお構いなしに喰らっていくメサイアに、
いくつもの修羅場をくぐり抜けた最強の猟犬達は、突如、乱入した狂犬に牙をむいた。
後は、どちらの牙が強いか。
その勝負となった。
素人が一人対玄人の集団。
物理的に不変なこと。
それは、潰されていくのは素人の方。
それが摂理だというのに、美奈代はそれを踏みにじった。
部隊長級の幻龍改の頭部が、戦棍の一撃で叩き潰された。
後方から襲いかかった幻龍改の渾身の一撃さえ難なくかわし、その腕を押さえると、思い切り放り投げ、がら空きの背中をシールドで力任せにぶん殴った。
素人どころか玄人顔負けの技術を駆使する美奈代を相手に、
彼らの戦力はすでに半分をきっている。
「あらま……」
沢渡の額を冷たい汗が流れる。
「暴走してます。まずいですよ!シミュレーターの無断使用も、これじゃ隠しようがありません!」
佐藤は真っ青になって叫んだ。
「管理上の責任問題に!」
「そうね……」
沢渡は頷いた。
「
そこまで言うと、インターホンを取った。
「教務課?沢渡です。二宮教官を大至急で」
●第9区画 医務室
「ズブの素人が
椅子に座った女性がプッ。と笑った。
富士学校の教師だ。
「暴れに暴れて、連中の戦力を半分を潰した所で、過労に耐えられず気絶した?」
「そうです」
沢渡はベッドで眠る美奈代を一瞥すると頷いた。
「記録はご覧頂いたはずですが?」
「あれ、本当の話?私を担ごうとしていない?」
「冗談で貴女をここに来てもらうほど、私は酔狂ではありません」
未だに事態を理解できない二宮に対して、沢渡はあくまで冷静だ。
「シミュレーターに半年も搭乗して、ラボにある戦術データ全部をその身で味わった挙げ句、それらを駆使して
被害を受けた護衛隊からの抗議と問い合わせがスゴいんですよ?
“例の騎”だから性能上、この損害はあり得る。とか、いろいろ誤魔化していますが、彼らが納得した様子はありません。
まさか、入学したばかりのヒヨコが犯人でした。なんて回答にはなおのこと……」
「まぁ、そうでしょうね」
二宮は頷いた。
「私も納得出来ないし」
「マスターピース。その無限に近い可能性を垣間見た気がします」
「それで?」
二宮は訊ねた。
「この後、どうするの?この娘」
「貴女に預けます。というか、彼女の本分は
「もう飽きたの?」
「飽きた――というのは、不適切ですね」
「なら?」
「この娘は無限の可能性を持つ分、下手をすると手に負えない狂犬になる。その危険性は十分に理解しました。今後は、厳重に、この娘にふさわしい躾をする必要があります」
「躾……ねぇ」
「書類不備で入学当日まで手続きが全然進んでいなかったことを誤魔化すために、この娘を宿舎から拉致してきた時の売り文句が、マスターピースの貴重品でしたよね」
「うっ」
「本来なら、首席入学の生徒を秘匿するのです。校長から何から黙認させるのに、私がどれ程骨を折ったか。そして」
「……」
「半年分のシミュレーター運用費用」
沢渡は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて続けた。
「どなたが負担して下さるのか、とっても楽しみですのよ?私は」
------用語解説--------
メサイア
・『ファイブスター物語』におけるモーターヘッド《MH》を私的に解釈したロボット。
スターリン
・『ファイブスター物語』に登場するサイレンをイメージ。
・ロシア系メサイアのスタンダードモデル。
・この世界におけるザク。
α級
・近衛兵団の使用するメサイアの種別。
・通常、メサイアといえばこっち。
β級
・近衛兵団の使用するメサイアの種別。
・後述するスーパー魔晶石エンジンを搭載している。
・大型妖魔以上の存在(メース)との戦闘を想定して開発されたモンスターマシン。
・基本的にα級では相手にならない反面、騎士ランクA以上でないと扱えないなど、運用上の制限も多い。
スーパー魔晶石エンジン
・近衛が開発した魔晶石エンジンで、別名、
・三十年戦争中期、諜報機関により、魔族軍メサイア“メース”の存在を知った近衛上層部は、従来のメサイアでは勝ち目がないと悟り、開発陣に高性能エンジンの開発を命じる。
開発陣が10年かけて完成したのが「スーパー魔晶石エンジン(21式特殊魔晶石機関(IJSME-21)・別名皇21型エンジン)」であり、以降、最新鋭の皇54式まで4種類のエンジンが開発されている。
ノイシア
・ドイツ帝国が開発した第二世代メサイア(ノイシア1)。
・現在はバージョンアップされたノイシア2に更新されつつある。
・ノイシアの語源は、ドイツ南部地方に伝わる伝説の「龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の騎士」の名である(架空設定)。
・欧州では一般的な騎で、「さすがドイツ製」なだけに性能が高い反面、「やっぱりドイツ製」なだけに精密さがたたって、変な所でトラブルを抱えやすい。そして、「だからドイツ製は!」と言いたくなるほど、修理が面倒くさいらしい。
総じて「ドイツ製」なメサイア。
---キャラクター紹介-----
・女性
・メガネ美人
・富士学校の主席指導教官。
・階級は中佐。
・
・「さわたり」であって「サド」ではない。
・性格はドS
・キャラクターイメージは『艦隊これくしょん』の香取。
・女性
・富士学校教官。
・階級は中佐。
・メサイア使い。
・三十年戦争に従軍経験あり。
・「アレキサンドリアの七英雄」の一人。
・別名「白百合の守護者」
・結婚願望はあるが階級と経歴で男が近づかない。
・男運のなさは近衛随一との噂あり。
・キャラクターイメージは、『艦隊これくしょん』の足柄。
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