増えていくランタンたち
結果的に言えば、亜希との約束はほとんど果たせなかった。
ランタンは早くに出来上がったし、作りも上出来と言える物だったけれど、夕夏は裁縫の方がからっきしダメだったのだ。
家庭科の授業でも料理やペーパーテストは得意なのに、針を持つと自分の指を刺すばかりで、どうかすると縫ってはいけない場所を縫い込んでしまう。
連日遅くまで教室に残り、縫い方を調べたり教わったり、折角縫ったところを解いて一から縫い直したりという日々が続いた。
二色の布を効果的に使った魔女の服、という難易度の高い衣装に決めてしまったのが敗因、としか言いようがない。
早く帰ろうにも、区切りの良い所まで縫い上げてから窓の外を見ると、既に真っ暗、という日が続いた。
しかしそんな中でも夕夏は、密かに帰宅の時間が楽しみだった。
初めて帰宅途中にカボチャのランタンを見つけた、その歩道の真ん中に、その後も毎晩新しいランタンが置かれるようになったのだ。
しかもカボチャの種類は毎日違っていて、緑色の同じような大きさのカボチャしか見たことのない夕夏には、初めて見る種類のものばかりだった。
オレンジ色のランタンを拾った次の日は、灰色っぽくて
ランタンには仕立ててあるものの、自力では立てない形だったせいか、こちらを向いて横向きに転がっていた。
すぐに拾って空き地に運ぶと、夕夏はそれをオレンジ色のランタンの右に立て掛けて、前日と同じようにチョコレートを口に入れてやった。
3つ目のカボチャは、歩道の大半を塞ぐような大きなものだった。いつもより高い位置に顔があって、遠くからでもすぐにそれと分かって、夕夏はとても驚いた。
時々大型のスーパーや商店街で、重さ当ての懸賞に置かれているような、そんな大きさのカボチャだ。
空き地に移動しようにも、米袋二つ分はあるかという重さでなかなか持ち上がらない。仕方なく慎重に転がして、オレンジ色のランタンの左に並べた。
一体誰が作っているのか分からないけれど、ランタンはどれも同じような丸い目に、にっこり笑ったような口で、そうして並べるとまるで家族のようで可愛らしい。
明日もまた増えるんだろうか、と思った夕夏は、カボチャにそれぞれ名前を付けることにした。
と言っても大した名前は思い付かないので、1番目の子をオレンジ、2番目をグレイ、3番目をビッグと名付けた。さらに翌日は緑のカボチャだったので、グリーンと呼ぶことにした。
しかし5番目のカボチャの時は、危うく気付かずに
その日はことさら帰りが遅くなり、星が見えそうなくらい空は暗くなっていた。街灯の途切れた道は、帰宅の車も一台も通らなかった。
もしそれほど暗くなかったら、いつもの道路にちらりと光る物がある、という事には気付けなかったかも知れない。
それくらい5番目のカボチャは小さくて、夕夏の手の平に納まってしまうような大きさだった。
「危なかったぁー。気が付いて良かったわ」
もうこの頃になると、夕夏は独り言のように、カボチャのランタンたちに話しかけるのが癖になっていた。
「ほんと、誰が置いてくのか分かんないけど、無事で良かったね、リトル」
そう言って小さなランタンの頭を撫でると、手持ちのチョコですら口に入らなかったので、少し噛んで口に入れさせた。
無理にチョコレートを口に入れる理由はないのだけれど、最初のオレンジにチョコをあげて以降、何となく仲間外れにするのは可哀想な気がして、夕夏は必ずチョコをランタンの口に入れていた。
それにチョコを口に入れたり、頭を撫でたり、手を振ったりすると、まるで返事をするようにランタンの灯りが揺らめくのだ。
不思議と誰も通らない空き地で、そうして僅かな時間を、奇妙なランタンたちと過ごす。それは衣装制作で疲れている夕夏にとって、とても癒されるひと時だった。
「やったー!とうとうできた!!」
「すごいすごい、頑張ったじゃん夕夏!」
「ああー、間に合ってよかったぁ……」
いよいよ明日がハロウィンパーティーというその日、ようやく夕夏の衣装は完成した。
裁断する段階でミスしていたため、当初の予定通りというわけにはいかなかったものの、出来上がった衣装はかなり凝った仕上がりだ。
上半分は紫のケープにオレンジのバイアステープでアクセントをつけ、肩で吊って胸の下から広がる幅広のスカートは、前と後ろの真ん中を三角形に切って、そこにもオレンジの艶のある布を挟んでいる。
帽子までは作る余力が無かったので買って済ませたけれど、これも自分でカボチャとコウモリのオーナメントをあしらった。
「どうなるかと思ったけど、間に合ってよかったわ」
そう言って急いで衣装を鞄に仕舞い、夕夏が教室の灯りを消すと、外はまたも真っ暗だった。
急いで下駄箱に向かっていると、ふと亜希が思い出したように夕夏の肩を叩いた。
「そう言えば、夕夏はあれから特に何か、変わった事とか無いの?」
「変わった事?」
「ほら、前に話したじゃない。毎年カボチャのランタンを最初に作った人は、って」
「ううん、実はあれから毎日遅くまで掛かってたけど、全然何も無かったよ。誰かにつけられてるとか、そんなのも無さそうだし」
「そっかぁ……やっぱりただの噂だったのかな。うん、でもまだ明日もあるし、本当に気を付けて帰ってね」
「うん、ありがと亜希」
変わった事が無い、と言えば噓になるけれど、この時夕夏は、あの空き地のランタンの事は秘密にしておきたい気分だった。
それに本当にただランタンが増えていくだけで、どの子も見ているだけで脱力するような顔をしているし、あの穏やかな空間に他の人を呼びたくない、という気持ちもあった。
それに人が行方不明になる、などと言う恐ろしい噂は、あのランタンたちとは無縁のものに思える。
いつ誰が作って、どうして道の真ん中に置くのかは分からないけれど、それだけは確かなような気がした。
そんな事を思いながら夕夏が帰り道を走っていると、いつものようにまた道の真ん中にランタンがあった。
ところがその日のランタンは、近寄ってみるといつもと様子が違っていた。
ライトに照らされた顔は少し道の端の方にあって、まるで転がされたような格好になっていた。
しかも拾い上げてみると、頭の部分の下に割れた跡があって、よくよく辺りを見回してみると、その下の部分と思われる割れたカボチャが転がっていたのだ。
「誰かに蹴られちゃったの……?痛そうね、よしよし」
破片を集めてみると、元は雪だるまのような、普通のカボチャが縦に二段つながった形をしていたようで、ぐちゃぐちゃに割れたその姿はひどく痛々しい。
幸いその日は、明日のパーティーの準備で部屋の飾りつけをしていたので、夕夏の荷物の中にはテープ類があった。
夕夏はカボチャの下半分の破片を合わせて、ガムテープで丁寧に丸くつなぎ直すと、まだ光っている上半分を、光を遮らないようセロハンテープで留めた。
「君はダルマちゃんかな、大変だったね。あっそうだ、チョコあげなきゃ」
空き地に運んで他のカボチャたちと一緒に並べてから、夕夏はその口にチョコを入れた。
さすがにその日はとても遅くなったので、急いでその場を後にした。
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