第3話 それから村長を呼び出します

「ところで、結婚するってことは僕たちセックスとかってするの?」

「は!? な、なななな何を言い出すのかねいきなり!?」


 ロベールの挙動不審さに、あ、こいつ童貞だなと僕は悟った。


「だってそういうことは確認しておいた方がいいでしょ」

「いや……まあそれはそうだが言い方というものがあろう」


 彼はごほんと咳払いをして表情を取り繕おうとする。


「私の考えとしては、式を挙げるまではそういう関係になるべきではないと思う。そして君はこの領地に就任したばかりでこれからしばらく忙しくなるであろうことを考えると……二年。君が十八になるまでは式を挙げるのは難しいだろう」


 ロベールは至極真面目な顔で言った。

 ちなみにロベールは僕の二つ年上で、今十八だ。二年後の二十歳まで彼は僕の為に童貞のままでいてくれるらしい。


「つまり僕が十八になったら手を出すよってことね。オッケー」

「な……っ!?!? だから、そういう言い方は……っ!!!」


 僕は満足するまでひとしきりロベールのことを揶揄ったのだった。面白い奴。


 翌日。

 ロベールの従者たちは主とその伴侶の新居となった城を大急ぎで清掃していた。昨日は僕とロベールの部屋をそれぞれ綺麗にするので精一杯だったからね。


 ちなみにこの辺鄙な土地に何故このような古城があるのかというと、僕のお祖父様がある時、人の喧噪が嫌になり療養を求めてこの地に城を建てたそうだ。

 だが実際に暮らしてみれば田舎での暮らしは予想以上に不便で、早々に城を引き払ってそれ以来放置されていたそうだ。


 僕の爺やには村の開発計画を話し合う為に村長を城に呼び出すよう遣いにやった。

 数時間後にやっと村長が城を訪ねてやってくる。

 正確にはやってきたのは村長本人ではなく、村長の末の息子である。


 綺麗に整えられたばかりの城の執務室でその末っ子を迎えると、彼は僕の姿を目にするなり「ひっ」と悲鳴を上げた。


「ひぃぃ、おれなんて食べてもおいしくねえです! ゆるしてくだせえゆるしてくだせえ!」


 吸血鬼の棲むと言われている廃城のはずの城に突然呼び出されたと思ったら、そこにいる主は白髪紅眼の人物だったのだから、本当に吸血鬼がいたのだと勘違いしてもおかしくはない。

 村長本人ではなくその末っ子が来たのも、城への呼び出しを受けた村長らが遂に城の吸血鬼が生贄を差し出すよう命令してきた、と勘違いしたからである。だから一家の中で一番役立たずと目されてる末っ子を寄こしたのだ。


 まあこの辺の流れはゲームと一緒である。

 まずは彼を落ち着かせて話ができる状況にしなければ。


「無礼者め! アンは吸血鬼などではない、このド低能の平民め!」


 あ、そうかゲームの中と違って今はロベールがいるんだった。

 本来ならばゲームのロベールは主人公の意思が固いとみるとすぐに主人公を置いてナルセンティアに帰っていくのだ。


 思えばゲームの中のロベールはかつて親しかった弟が一族の仇と自分を憎んでいるのにどう接していいか分からなかったのかもしれない。その結果が最初のあの偽悪的な態度だろう。


「ひ、ひぃぃ! もうしわけございません!」


 ロベールの剣幕に命の危機を感じ取った村長の末息子は必死に頭を床に擦りつけたのだった。

 ……まあ、ロベールの力技により吸血鬼でないことは信じてもらえた。その代わりに別種の恐怖を抱かせてしまったようだが。


 末息子は震えながら名をボニーと名乗った。


「……そういうことで、僕がこの地に就任した新しい領主だ。これから村の開発計画について伝える」


 ロベールがボニーを厳しく睨み付ける中、僕は言い渡す。


「数ヶ月前、この地にはダンジョンが発生した。そうだな?」

「はあ、そうでございます」


 ダンジョンとはこの世界のどこかに突発的に湧いて出てくることのある魔物の巣窟である。

 放っておけばそのダンジョンの中から魔物が這い出てきて周辺の住人を襲うようになるので、冒険者を呼んで早急に対処しなけばならないものである。


 その代わりダンジョンの奥深くには財宝が存在し、また湧いて出てくる魔物から剥ぎ取れる素材も非常に高値で売れるので、ダンジョンが湧いた地は各所から冒険者が集まりたちまちの内に発展していく。

 ダンジョンは大変重要な資源なのである。そのように発展した村や街のことをダンジョン村、ダンジョン街と呼ぶ。


 またダンジョンが発生した地は通常魔物との激しい攻防を繰り返すことになるので、ダンジョンが発生してから十年間はその地で戦争を行ってはならないし、統治権も移動されないことになっている。この十年間を保護期間と呼ぶ。


 だからナルセンティアに一族を滅ぼされてもこの地だけは失わずに済んだのだ。

 もっとも、僕も死ねば統治する人間がいなくなるのだからこの地も自動的にナルセンティアに吸収されることになるだろう。


「だがどうしたことかダンジョンからは魔物が湧き出てくる様子はない。だから村に被害は出ず、よって対処する必要性を見出せずこの村のダンジョンは放っておかれている。勇猛果敢にこの村のダンジョンに挑んでいった冒険者も何名かいたが帰ってきた者はおらず、ダンジョンは棄て置かれるようになった。というのが現状だな?」


 本来ならばボニーが説明する情報を僕は先んじて口に出してしまう。いちいち説明を聞いている時間が惜しいからね。


「その通りでございます、よくごぞんじで」

「それくらいの下調べはしているさ」


 床に座して手をついている末息子を見下ろす。


「そこでまずは必要最低限ダンジョン村としての体裁を整える。冒険者を集めるのはそれからだ。宿屋に武器屋防具屋、あとは道具屋か。最低でもそれくらいは必要だろう」


 それを聞いたボニーは顔色を変える。


「ええっ!? この村にそんな都会のような店、無理でございます!」

「何が無理だ? 言ってみろ」


 僕は足を組んで彼を睥睨する。


「え……えとまず、一体誰がこんなちんけな村で商売をしたいとおもいますか? 道が整ってないから新しい家屋を建てるための資材やら道具を運ぶのにだって一苦労でしょう。そもそも村のみんながよそ者に対していい顔をしません」


 ボニーが挙げたことは普通の村であればもっともなことだった。

 この末息子、頭は悪くない。


「それもそうだな。まずは領主主導の事業としてこの村に通じる道を整備しよう」


 道がなかったせいで馬車も入れず途中から歩いてこの村まで来たのだ。正確には僕とロベールは馬車を引いていた馬の背に乗り、従者や爺やたちには歩いてもらった。

 石畳の道が欲しいとまでは言わないから、せめて馬車が入れるようにせなばなるまい。


「それから商売人については心当たりがあるから何とかしておく」

「村の皆がよそ者の受け入れを良く思わないだろうことについては……」


 その問いに答えようとしたが、その前にロベールの方が口を開いてしまう。


「我ら領主が主導してこの村を発展させてやろうと言うのだ、にも関わらず新しい住民につまらない嫌がらせをするようのであればそれは領主に対する反逆行為であると知れ!」

「ヒッ、そんなつもりは滅相もございません! 村のみんなにはようく言い聞かせておきます!」


 ……うん、まあ手っ取り早いからそういうことでいっか。


 ロベールは考えなしに手っ取り早い手段を取ってくれるから、もしかしたらRTAとの相性はいいのかもしれなかった。

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