第6夜

 彼とやってきた墓場は町外れの小高い丘の上にあった。周囲に建物は無く芝生の生い茂った敷地内にはびっしりと所狭しと十字架の墓標が暗闇の中ぼんやりと見える。霧はより一層濃くなり、自分の肌に冷たい外気が触れて思わず鳥肌がたった。


それにしても…


「ねぇ…何だか様子がおかしくない…」


あまり勘が良くない私でも何かを感じ取っていた。こんなのおかしい。今夜は1年に1度の楽しいカーニバルじゃなかったの…?

周囲の霧はますます濃くなり、それとともに異様なうめき声が墓場から聞こえ始めてきた。


「ト、トビー…」


今までにないくらい、私は怯えている。全身に鳥肌が立ち、震えが止まらない。


「ローザ…絶対に僕の側から離れては駄目ですよ…」


彼の声にも今迄に無い位緊張しているのが分かった。


「ローザ…これを渡しておきます」


彼は法衣のポケットに手を突っ込むとロザリオを取り出して私に握らせた。


「これは…?」


「このロザリオは新月から数えて7日間月の光を当てて聖水に浸しておいたロザリオです。きっとローザのことを守ってくれるはずです」


「わ、分かったわ…」


私はゴクリと息を飲んで頷いた。その時…



うおおおおおおっ!!


墓場からものすごい雄叫びが響き渡り、悪霊や死霊の姿をした群れがこちらへゆっくり近づいてくる。


「キャアアアッ!!ト、トビーッ!!あ、あれはブギーマンなのっ?!」


「いいえ、彼等は…ただの人間です。今日のパレードの為に仮装してこの墓場に集まっていただけです。ですが…」


彼はチラリと私を見ると言った。


「どうやらこの墓場から溢れ出てくる悪い気にあてられてしまったようです」


「え?あれは…霧じゃなかったのっ?!」


「それなら良かったのですけどね…」


言ってる側からどんどん彼等はこっちへ向かって近づいてくいる。そして気づけば私達は周囲をグルリと取り囲まれている。が…。


「な、何で…これ以上皆近づいてこないの…?」


互いに背中をくっつけ合うようにして私は彼に尋ねた。


「それはローザに渡したロザリオの力によるものですよ。彼等はそのロザリオに怯えて動けないのです。ですが…これでは埒が明きませんね」


言いながら彼はスラリと背中にさしてある剣を背中から引き抜く。


「ちょ、ちょっと…トビー…どうするつもりなの…?」


すると彼は私を振り向くと笑みを浮かべた。


「ローザ。貴女は大丈夫、安全です」


それだけ言うと彼は突然私から離れて走り出した。


ぐおおおおっ!!


それを見て叫ぶ仮装した人々が彼を追いかける。


「トビーッ!!危ないっ!!」


トビーはどうやって戦うのだろう?相手は人間なのに?その時…


「え…?!」


何を思ったのか、トビーが突然自分の左腕を剣で切りつけたのだ。途端にトビーの腕から血が流れ出す。そして…


ヒュンッ!!


トビーは血のついた剣を仮装した人々に向けて振るった。剣に付着した彼の血が飛び散る。途端に…。


「ぎゃあああッ!!」


彼の血を浴びた人々が苦しげにうめき、次々と倒れていく。そうだ…彼は半分人間ではない。ブギーマンのなりそこないなのだ。彼の血はブギーマンにとってはご馳走かもしれないが、ただの人間には有害なのだ。それで彼は自らの腕を傷つけて…?


だけど…!


トビーは逃げながら自分の身体を傷つけ、剣をなぎ払って自らの血液を人々に浴びせて気絶させている。彼の着ている法衣はもはや血で真っ赤に染まっている。


「やめてよっ!トビーッ!死んじゃうよっ!!」


あんなに血を流していたら…いくら普通の人間じゃないからと言っても死んでしまうかもしれない。


やがて…あたりが静まり返った時、人々は全員地面に倒れ…荒い息を吐きながら、剣を地面に突き立て、何とか立っている彼の姿が遠目から見えた。


「ト、トビーッ!!」


思わず駆け寄ろうとした時…。


「駄目だっ!!来るなっ!!」


彼が私を見て叫んだ―。


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