第5夜

 レリアナさんに言われた聖水を取って来た私は教会に戻り、衝撃的な光景を目にした。なんと彼女は彼の身体の上に覆いかぶさり、キスしていたのだ。


「う、嘘でしょう…?」


レリアナの下になっている彼の様子は分らないが、どうやらされるがまま…いや、眠っている様子だった。

な、な、何て事なの…?聖職者であろう者が…い、異性と…しかも教会の中でキスをしているなんて…!


「ちょ、ちょっと!!な、何してるのよっ!」


私は半分怒り、半分嫉妬で大きな声で叫んだ。途端にハッとした顔で身体を起こして私を見つめるレリアナ。


「あら、ローザさん。もう聖水を持ってこられたのですか?」


レリアナはいけしゃあしゃあと何食わぬ顔で私に言う。


「何が『もう聖水を持ってこられたのですか?』よ?今、貴女トビーに何してたのよっ!」


ドスドスとわざと大きな足音を立ててレリアナに近付く。


その時―。


「う~ん…一体何の騒ぎですか…?」


彼が目をこすりながらムクリと起き上がった。


「あ、トビー。今起こしに来たのよ?そろそろ起きた方がいいと思って。カーニバルがもうすぐ始まるわよ?」


「え?もう始まるのですか?それは大変です。すぐに出かけないと」


「こらーっ!!私を無視して2人だけで話をするんじゃない!」


私が怒鳴ると、彼がこちらを向いた。


「一体何をカリカリしているのですか?ローザ。あまりイライラしていると眉間にしわが出来ますよ」


「失礼な事言わないでよ!そ、それよりもね!レリアナさんがトビーにキスしていたのよ!」


「え?」


彼はレリアナの顔を見た。しかしレリアナは何食わぬ顔で言う。


「何を言っているのですか…私は神に仕える身。異性にそのような事するはずないではありませんか?」


すると彼も言う。


「ええ、そうですよ。仮にもレリアナはこの教会のシスターなのですから。またいつもの見間違いじゃないですか?それよりもローザ。カーニバルが始まります。すぐに墓場に行きましょう」


「え…ええっ?!ど、どうして墓場に行かなくちゃいけないのよ!」


するとレリアナが言う。


「あら?ローザさんは知らないのですか?このカーニバルは悪霊や亡者の仮装をした人たちがお墓から出発して町を練り歩くんですよ?」


「そんなの知る筈ないじゃない…」


それにしても、何て悪趣味なカーニバルなのだろう…。私は心の中でため息をつくのだった―。




****


 町の中は昼間の騒ぎとは打って変わって、怖い位に静まり返っていた。その証拠に私と彼の石畳の上を歩く足音が響き渡っている。おまけに濃い霧まで出て来て、まさに悪霊が蘇りそうなシチュエーションが揃っている。


「やはり新月の夜は暗いですね…」


太陽が落ち、すっかり冷え込んだ冷たい空気の中で彼は白い息を吐きながら夜空を見上げた。


「ええ、そうね…。でもどうしてこんなに町の中が静まり返っているのよ…」


町を照らすガス灯すら消えているし、家々も明かりがともっていない。


「ふむ…流石に妙ですね…とにかく、墓場へ行きましょう。この町には墓場は一か所しかありませんから、そこに行けば何とかなるでしょう」


「何とかなるって…」


突然小走りになった彼。


「ちょっと!置いてかないでよ!」


夜の闇の中、隣を走る彼の横顔をチラリと見た。…相変わらず、美しいその顔。なのに、何を考えているのかさっぱり読めない。


そう、この時も。


彼が胸の中にどのような決意を決めていたのかを私は少しも分らなかった―。

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