七夕

夜桜

短冊に願いを


「雪ちゃん!おはよっ」


後ろから声をかけられ、背中に衝撃を感じる。


「…おはよう、サクラ」


朝から幼馴染のサクラは元気いっぱいだ。背中に突進するのはやめてもらいたいけど。


「ねぇねぇ、今日が何の日か知ってる?」

「今日?うーん」


そもそも今日って何日だっけ。

私が眉間にシワをよせながら必死に考えていると、サクラは満面の笑みで答えを言った。


「今日は、七夕だよ!」

「あぁ、七夕ね」


特にどうでもいい日だった。

私の返事が気に入らなかったのか、サクラは不満そうに頬を膨らませている。


「七夕は願い事を叶えてくれる日だよ、もっと楽しもうよー」

「本当に叶えてくれるわけないじゃん」

「むむ、夢ないなあ。雪ちゃんは」


どんだけ七夕に夢もってんだよ。



学校に着き、教室に入る。


「うわぁ、大きな笹の葉がある!」


目を輝かせながら、サクラが言った。


「でか、めっちゃ邪魔」

「そんなこと言わないの!そんなことより願い事書こう?」

「えー、面倒」

「皆書いてるし、私達も書こう…」


サクラが言い終わる前に、教室に先生が入ってきた。朝のホームルームが始まり、私達は席についた。

それから特に話すことなく、放課後。



賑やかだった教室は静まり返り、夕日に机が照らされている。なんか青春っぽい気がする。

しんみりと黄昏れていると、その空気を壊すような元気で明るい声が聞こえてきた。


「雪ちゃんー、ゴミ捨ててきた!」

「ん、おつかれー」


空っぽになったゴミ箱を手に、教室に駆け込んできた。全く慌ただしい。


「それじゃ、帰ろう」


私がカバンを背負い、帰ろうとすると呼び止められた。


「まって、まだやってないよ」

「…何を?」

「短冊に願い事、書いてない!」


ちっ、忘れてなかったか。


「ほら、荷物おいて。書くよ」


半ば強制的に机に座らされ、短冊を目の前に置かれた。ついでにボールペンも。


「よーし、書くぞー」


何故そこまで気合を入れてるのか不思議に思いながら、私も願い事を考える。

ふと隣で一生懸命、短冊に向かって真剣に文字を書いているサクラに目を向ける。

ぱっちりとした目、サラサラな黒髪、小動物を連想させる姿、一言で言うとかわいいの塊。そんなサクラの傍にいられる私はとても幸せ者なのかもしれない。願い事なんて書かなくても、きっとこの場所は私だけの特等席。


「…書けた!」

「はや、なんて書いたの?」

「見たい?」


サクラはいたずらっぽく笑いながら、聞いてきた。


「…見たい」


私は仕方なく、サクラが欲しいであろう言葉を言ってあげた。別に、サクラが短冊になんて書いたか気になったわけではないから。なんて、自分に言い聞かせて。


「じゃーん」


そこに書いてあったのは、『いつまでも雪ちゃんと一緒にいられますように』だった。

嬉しすぎる。サクラも私と考えが同じだったなんて。正確には違う意味だろうけど、今はそんなことどうでも良かった。

サクラが少しでも私と一緒にいたいと思ってくれていることが、嬉しい。


「叶うといいね」

「うん!雪ちゃんはなんて書いたの?」


私の短冊は、真っ白のままだ。


「書くの忘れてた。まぁ、私は今が一番幸せだから書かなくてもいいや」

「雪ちゃん何かカッコイイこと言うじゃん!」

「そう言われると、恥ずかしい…」 


今のまま、冗談を言って笑い合えるこの感じが本当に幸せ。


「短冊、笹の葉に付けたし帰ろっか」

「そうだね、帰ろう」


私達は教室を出た。

しばらく他愛のない話をして、私は気づく。


「あ、忘れてた。明日提出のノート机の中だ」

「ヤバイじゃん、雪ちゃん。待ってるから取ってきな」

「うん、ごめん。すぐ戻ってくる」


まったく、忘れ物なんて滅多にしないのに。最近、たるんでるのかな。


「あったあった」


ノートを発見し、教室から出ようとしたとき。教室の窓が空いていたのか、風が吹いた。そのせいで短冊が何枚か笹の葉から落ちてしまった。

マジか、めんどいな。

落ちたものを拾い、私はつけ直していった。

順調につけていったが、最後に手にした短冊を見て、私の心臓は一段と大きな脈を打った。


「…これって、サクラのだよね。なんで」


その短冊はサクラのだった。さっき書いてたものだった。なのに、書かれている言葉はさっきとは違っていた。裏にも書かれていたのだ。『田中くんに想いが伝えられますように』と。

好きな人がいた事すら知らなかった。一番隣にいたのに。私は何も教えてもらえてなかった。


「あははは、おかしいな。笑いが止まらない」


私がさっきまで幸せだと感じていたサクラの隣は、私ではなくコイツに奪われるのだろうか?私はサクラにとって、大切な人間ではなかったのだろうか。いいや、サクラもきっと私の事を大切に思ってくれている。ただ私とは違って親友止まりの思い、なんだろうな。

色々と思考を巡らせているうちに、何もかもどうでも良くなってきた。私がサクラを好きだと伝えていたら、何か変わっていたのかもしれない。でも、もう遅い。もう、変えられない。

ふと、白紙の短冊が目にはいる。

願い事書こうかな。

いや、願い事なんて可愛らしいものじゃないな。私にとっては、私の気持ちを消すための呪いの言葉。全てを忘れて、今まで通り過ごさないと。

サクラの隣にいるには、親友と呼べる幼馴染であり続けないと。


短冊を笹の葉につけて、私は急いでサクラの元へ戻った。


「おまたせ、ごめんね。遅くなって」

「いいよ〜。そんな待ってないし」


いつもの笑顔でサクラは声を発する。


「帰ろー、雪ちゃん!」


私の手を引き、楽しそうに歩き出す。

例え、サクラの願いが叶ってもこの場所だけは、誰にも取られないといいな。




夕日に照らされ輝く笹の葉に新たな短冊が加わっていた。下からでは見えない上の方にその短冊はあった。


『サクラの本当の願い事が叶いますように』

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七夕 夜桜 @yozakura_56

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