第19話 色

「…あれは」


 ゼルは少し片目を抑えながら視線の先にある地面を見つめる。


 絶視の影響で瞳が揺れる。


 しかし見つける事が出来た。



 王都から約2時間程の所。


 その地面からは先程までが漂っていたのだ。ドス黒い、禍々しい紫色の煙が。


 俺は木から降りると、先程嫌な色が流れ出ていた地面に触れて調べる。そこらの地面と変わらない感触、匂い、見た目だ。何処にも怪しい所はない。


(絶視で見たんだ、何かある筈だ)


 ゼルは何も手掛かりのない地面をもう一度、隈なく調べる。


『絶視』、それはゼルが10歳の時に命の危機に晒された時に身に着けた技術である。危険からは暗い色の煙が流れるように空へと昇り、それは危険であるほど濃く、煙の量が多い。逆に安全な所からは明るい光が輝く。しかしその便利さ、強力さ故、反動が強い。絶視を10秒使うだけでも、その後には視点が揺れたり、痛みが生じる事がある。


(ちっ、何も見当たらない。だが…此処に何かある事は掴んだ。今日の所は引くか)


 急ぐ事はない。


 怪我をしない様に、慎重に。



 俺は踵を返し、もう一度木の上へと移動すると、笛を吹いた場所へと向かった。



(ん? あれは…)


 俺は向かっている途中にある物を見つけ、足を止める。


 そこに居たのは、あの巨大なサイレントカメレオンと同じぐらいの大きなトカゲ。爪は鋭そうで円を描くように爪先が丸まっている。鼻先は長く、口元から見える歯は鋭く何でも嚙み砕けそうだ。身体の表面は赤い鱗で覆われていた。


(初めて見る魔物だ…これもこの世の生物ではない奴かもしれないな…)


 ゼルはその魔物から距離を取り、様子を見る。


 その魔物は、鈍重な音を立てながら歩いている。見た目はドラゴンに近いだろうか。しかし、この様な気持ちの悪いドラゴン、ゼルは見た事も無かった。



 ゼルからしたら見たことのない魔物には、基本手を出したくなかった。まだ自分は未熟であり、技術も拙い為だからだ。しかも何の情報もなしに戦いを行うと、思わぬ怪我をしてしまう可能性が高い。


 しかし、その魔物は王都へと歩みを進めていた。




 それがゼルを、戦闘に移行させた。




「行かせねぇよ」


 背から弓を颯爽と取り出し、矢を放つ。


 その矢は見知らぬ魔物の右眼球に深く突き刺さる。


「グゥオォォォォォ!!!」


 魔物の痛々しい叫びが森へと響き渡り、樹上に居た鳥が何匹も飛び去って行く。魔物は身を捩り、周りの木を薙ぎ倒し王都へと進んで行く。


 パシュッ


 小さく風を切るような音が鳴る。それと同時に魔物が先程よりも大きな声で叫び、のた打ち回る。


 魔物の身体には、未だに矢は1本。


 何とゼルの放った2本目の矢は、突き刺さっていた矢の矢尻を押す様にピンポイントで同じ場所に放たれていたのだった。


 押し出された矢は魔物の脳を貫き、絶命させた。


 しかし、最後の抵抗なのか、魔物は口から灼熱の炎を吐き出す。辺りには高温の風が吹き荒れる。


「無駄な抵抗だっ!!」


 ゼルは吹き荒れる風の中、一瞬目を見開くと、もう一度矢を放った。


 パシュッ


 …ズズゥゥゥン


 魔物のもう片方の目にも矢が咲き、魔物を地へ伏す。




「…はぁ、良かった、倒せて…って!! 火! 火!!」


 俺は安堵の息を吐き、木にもたれかかるが、直ぐに森に火が燃え移っている事に気づいて立ち上がる。


(と、とりあえず燃え移ってる枝を弓で狙って地面に落とす!)


 ゼルは弓を構える。


 パシュシュシュシュッ


 連続で矢を放つが、森を燃やす炎の速さには到底及ばない。


(クソ、まずい…)


 ゼルは流れ出る汗を拭おうともせずに、矢を放っていく。


 しかし、炎は燃え広がっていく。


(…もう少ししたら誰か此処に来るかもしれない…離れないと)


 そう諦めた瞬間、地面に大きな影が出来る。




「ピィィィィィッ!!」




「良い所に来た…!」


 空を見上げると、体長10メートル超の真っ白な鷹の姿があった。周りには氷の礫が飛び回り、先程まで周りの炎で暑かった気温が急激に下がる。


「リゼ、早速で悪いんだけどこの炎をどうにかしてくれないか?」


 零鳥のリゼは大きく羽ばたき高く飛び上がる。


「ピィィィィィ!!!」


 リゼの大きな咆哮が辺りに響くと、強い冷たい風が吹き起こされた。

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