第20話 ~アスティラ公爵家2~

「あぁぁぁ!!!?」


 ガシャンッ ドンッ


「公爵様! お気を確かに!!」


 執務室ではアスティラ公爵が癇癪を起こし、部屋の中にある壺や書類、本が床に哀れな姿で散らばっていた。


「はぁ、はぁ、これが落ち着いていられるか!? 何という体たらくだ!! まさかお前らがシーサーペントを狩って来る事が出来ないなんて!!」

「て、手助けが無ければ私達でもシーサーペントを狩る事は出来ません!!」


 俺は今、公爵様に向いて膝を着き頭を下げていた。公爵様の顔は真っ赤に染まり上がり、血管が浮かんでいる。頬は痩せこけ、体調も悪そうだ。


 俺達は昨日頼まれたシーサーペント狩りに向かい、運良く直ぐにシーサーペントと出くわす事に成功した。


 会う事に何日も掛かると言われているシーサーペントを直ぐに見つけれた事は、僥倖であったと言えるだろう。


 しかし、


 シーサーペント狩りは予想通り、失敗に終わった。


 そのままシーサーペントを倒せば、時間には間に合った。

 だが、圧倒的に戦力差が違った。


 相手は俺達、人間よりも何十倍も大きい怪物だ。子供でも全長は100メートルもある。それに俺たちにとっては不利な船上での戦い。揺れる船の上で、シーサーペントの何処からともなく噛み付き、薙ぎ払いが繰り出される。


 しかもそれは海の中からの攻撃で船にダメージを与える。そして俺達は呆気なく船から落ちてしまった。


 今回あったのは子供サイズだったから致命傷を負う事なく逃げる事は出来たものの…会ったのがこれ以上のサイズと考えただけで血の気が引いていく。


「そんな訳なかろう!! お前らはAランクパーティーなのだ!! シーサーペントぐらい狩って来れるだろう!!」

「最低でも私達と同じランクのパーティーが10…いや、余裕を見て15は欲しいです!!」

「な、なな何を言ってるのだ!? 私が公爵だとは言え、無礼が過ぎるぞ!!」


 パリーンッ


 カイの顔の横をガラスのコップが通り過ぎ、壁にぶつかって割れる。


 権力を振るえば何でも出来るとでも思っているのか。シーサーペントを1つのパーティーで倒す事の出来るのなんてこの国にはいない。


 これは最初から無理な依頼だったのだ。Aランクパーティー、シーファングの俺達と言えどもシーサーペントを狩るなんて。


「俺達には荷が重いです…」


 カイは上げていた頭を再び下げる。


「グッ…! お前ら等クビだ!! …これならゼルの方が使えたではないかッ!!!」


 アスティラ公爵は下を向き、身体をプルプルと震わせていた。


 そこで俺の頭の中に、1つの疑問が生まれる。


(ゼルという者は何者なんだ?)


 まず分かっている事は、この公爵様からの命令を受けていた事。

 そして、公爵様からの『…これならゼルの方が使えたではないかッ!!!』と言う発言から、俺達、Aランク冒険者パーティーよりもこの依頼を遂行していたと言う事なのだろう。


 ハッキリ言う。信じられない。

 今のところは1人として考えているが、何らかの組織の可能性も考えられる。100人くらい集めた手練れ達とか。


 俺はそう思い込むと、公爵様へと聞いた。


「そのゼルというのは、どう言った物なんですか? 何かの組織とか…」


 それを聞いた公爵様は、一気に顔を赤くすると大きく怒鳴った。


「ゼルという者はただの役立たずの小僧だ!! お前らよりは使えたが、月に2、3匹はシーサーペントを此処に持ってきておったわ!!」




 ……俺達は幾度とも、数々の試練を乗り越えてきた。この前の依頼ではシータイガーとの死闘を演じた。その前の依頼ではアイアンフィッシュを何匹も討伐した。

 この依頼はそれぞれ2週間程時間をかけて依頼を達成している。


 それなのにゼルという者は、あのシーサーペントを月に2、3匹討伐してきているのだ。


 しかもと来た。


 恐らく俺達よりも年下。俺達は今30代半ばだ。シーサーペントを何匹も倒すと言う事はAランクパーティー10組をとうに越える実力を持っている。





 ある者達はドラゴンの群れから街を救った英雄。


 ある者達は大噴火を鎮めた英雄。


 ある者達は災害と言われる魔物氾濫スタンピードを収めた英雄。


 ある者達は大国同士の戦争を無傷で収めた英雄。


 ある者達は魔物達の王と言われる魔王を倒したとされている英雄。





 世の中には、嘘の様な実績を残した英雄が存在する。


 公爵様からの話が本当なら、そのゼルという者はいずれその者達に匹敵する様な人物になるのだろう。


 つまり、若くして"化け物"だ。


 そんな人を公爵様は…


「早く此処から出て行け!! 役立たずは要らん!!」


 アスティラ公爵は、怒鳴り散らし腕を払う。


 俺は馬鹿だ。依頼人の事をよく知りもしないで、金に目が眩んで…狩人を引き受けて、仲間達に大怪我をさせてしまった…。


(責任は俺が…)


「…もし宜しければシーサーペントの戦闘の際に傷ついた仲間の医療費等を出してはくれませんか!! お願いします!!」


(情けなくても良い! 図々しいと思われても構わない!! 俺はそれ以上の事をしでかしたんだ!!)


 膝をつき、頭を下げるカイにアスティラ公爵は段々と近づく。


「ふん!! そんなもの払う訳なかろう!! そう言うのはシーサーペントを狩って来てからにしろ! 目障りだッ!!」


 カイの顔にアスティラ公爵の蹴りが入る。


「お願いです…!! なんでもします!!!」


 カイはアスティラ公爵にみっともなく頭を地面につけ、縋るようにしてアスティラ公爵へと近づく。


 アイツらの治療費を稼ぐとなると、莫大な金が必要になる…ハスの奴なんて、左半身がまともに動いてねぇ…! アイツを治す為には相当高位な神聖魔法が必要になる…!!


「お願いします!!!」

「バカめ。早く此処から……ん? いや…待てよ…」


 急に口を閉し、顎に手を置いて黙り込むアスティラ公爵。そして何秒後かにニヤリと口角を上げると、カイの方を向いた。


「…やってやらん事もない」

「ほ、本当ですか!?」


 カイは顔を上げ、アスティラ公爵に目を向ける。


「ただし…それなりの働きはしてもらうぞ?」


 その声からカイは、並々ならぬ嫌悪感を感じ取ったのだった。

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