第8話 武具屋
「…さっきの人は誰だったんでしょうか」
両側の壁を蹴って屋根へと上がって行った。しかも声や体格からして私より年下の子…。
「分かりません…しかし今日の所は屋敷に帰りましょう」
「そう…ですね。分かりました」
私は後ろ髪を引かれながら、トマスと一緒に屋敷へ帰った。
*
翌朝。
「今日は武具屋を回ってみるか」
俺は宿の入り口で呟く。昨日調べた所によると此処には多くの武具屋がある事が判明した。
冒険者の国と言われるだけあって、腕利きの鍛冶屋が多くいるのだろう。もし良い物があったら100万ゴールド以内なら買うつもりだ。
自分の身体を鍛える事も大事だが、自分の身を守る武具も大事だ。これにお金を渋っていたら命を落としかねない。
「楽しみだな」
そう言うとゼルは、街へ繰り出した。
「これはバックホーンのだなぁ…」
「奇跡の鉱石を融合させる事でな…」
「これは伝説のドラゴンの牙から作られた…」
「此処もか…」
小さな縁石を椅子に、ゼルは座る。
どこもかしこも、ありきたりな武具ばかり。しかも、どう考えても低品質な物を高品質の様に見せかけて売っている。
少し期待し過ぎてたかもしれない。これなら自作の弓やナイフの方が使える。
「此処には商売人しかいないって事か…」
「ねぇ…お兄ちゃんって冒険者?」
すると、それを聞いてたのか、10歳前後ぐらいの男の子が項垂れている俺に話しかける。
「そうだけど、どうかしたのか?」
「ついてきて!!」
男の子はそう言うと、俺の手を引いて走り出す。そして暫くして走るのをやめて、近くにある建物の扉を開く。
「こっち来て!」
こっちを向き手招きした後、男の子は建物の中へ入って行った。
今日は武具屋を探してたんだけど…でもここまで来て無視するのは可哀想だよな。
そう思ったゼルは渋々建物の中へと入っていく。
そこにあったのは今まで見た事がない様な武器や防具、質のいい物ばかりだった。
「…すごい」
「あん? 誰だお前?」
その周りの武具に惚れ惚れしていると、奥から大柄の厳ついスキンヘッドの男と、先程の少年が出てくる。
「えっと、こんにちは。ゼルって言います」
俺が自己紹介をすると、男は少し目を見開く。
ん? 何で驚くんだ? こっちでも珍しくはない名前だと思うけど…態度が気に入らなかったとか?
そう思った俺は勢いよく息を吸う。そして、
「ゼルって言います! よろしくお願いします!!」
「…まさか俺の外見見てもビビらねぇなんてな。ビルドだ。宜しくな」
もう一度改めて大きく自己紹介をすると、ビルドは目を覚ましたかの様に身体を一度震わせ、握手をする。
「そんな、カッコいいです」
「へっ、冗談でも嬉しいぜ。で、何で此処に居るんだ?」
そう聞かれて俺は、男の子の方を見る。
「実はこのお兄ちゃん、父ちゃんと同じ事言ってたんだ!」
「何? どう言う事だ、クルス」
「『ここには商人しかいない』って。冒険者みたいだったから、此処に連れて来ればお客さんになるかなって思ったんだ!」
「なるほどな…」
ビルドさんは俺の周りを回りながら、ジロジロと身体を見てくる。
ハッキリ言えば気分が良い物ではないが…話の流れ方からするとビルドさんは腕利きの鍛冶屋だ。
俺の事を見定めているのかもしれない。
ゼルは黙って身体を観察される。そして数秒後。
「…良いぜ。まぁ、お前に見合う武具は此処にはないかもしれないがな…」
「え? どう言う事ですか?」
「お前のそれ、アイスドラゴンの牙を使ってるな」
ビルドさんが指差した先にあったのは、俺の腰にあるナイフ。
「所々作りが甘いが…それ以上に素材が良い」
「…よくアイスドラゴンの牙を使ってるって分かりましたね」
「俺は一度見た素材は大体覚えてる。しかもドラゴン素材なんてそうそう見られるもんじゃないからな」
これは普通に凄いんじゃないか? 素材そのものを覚えるのなら分かるけど、このナイフはもう加工してある。普通ならアイスドラゴンの牙を使ってるなんて分からないだろう。
「悪いがウチの武具屋にはそれ以上の物はない。すまん」
「いえ…此処に良い店があったと知れただけでも収穫です」
ビルドさんは深々と頭を下げる。
見た目とは違って性格が良く、腕も確か。目利きも出来るってなると、中々居ない鍛治師だ。
俺は運がいい。
「そうだ…良かったらこれ、ビルドさんが上手く調整してくれませんか?」
「…何?」
「先程言ってくれた通り、このナイフは作りが甘い。素材が良いお陰でなんとか使えていますが、その甘い部分を直せばもっと良い物になると思うんです。…どうでしょうか?」
俺がそう言うと、ビルドさんは少し俯き眉を顰める。
「お金なら100万ゴールドまで出せます」
この人には100万ゴールドを出しても良い。
「いや、金はいらねぇが…成功するかは分からねぇぞ」
「…ではお願いします。1週間後にまた来ますね」
ゼルは深く礼をすると、建物、『ビルド鍛冶屋』から出た。
*
「はぁ…この世の中にはあんな化け物みたいな奴が居たんだな」
俺はカウンター前にある椅子に座り込む。
外見は幼いながらも、どれだけの特訓をして来たのか想像できない程の美しいとも言える無駄のない筋肉。
あと自分で言うのも何だが、俺の顔を見ても驚かない胆力。
そして、何より…
「父ちゃん、どうしたの? 凄い汗かいてるけど…」
「あぁ。少し疲れた。今日はもう店じまいだ」
俺の一挙手一投足、全てが観察されているかの様なあの目…不気味だったぜ…。
ビルドはその日、さっさと店を閉め、ベッドへ入った。
ゼルはそんな事知る良しもせずに、街を散策するのだった。
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