前世の記憶 前編

    ♠︎


 ここからは今とは違う別の世界での――死を体験する前の俺の記憶だ。


 俺、ヒツギは宗教国家都市の民ではない。

 もともとは遥か西、この世界の三大国家の一つである、傭兵国家都市の生まれの人間だった。


 傭兵団ギルドの議会による統治をしているこの国には多数のギルドが存在した。

 五十を超える傭兵団の集まりでも規模の小さなギルドで生まれた俺は、幼少期から闘いに関する教育を叩き込まれる。


 物心がついた数年後にはナイフと銃を持たされた。

 所属していた小規模の傭兵団は、暗殺や他国への雇われとして活動することで存在を保っていたのだ。


 時期を同じくして育った子供の中で成果や実力を上げていた俺は、自分を証明する金属タグに『ヒツギ』という名を刻まれた。

 対峙した相手をほおむる意味を込めて。



 今から十年前、俺が歳は十一の時だ。

 宗教国家都市南西部で大きな戦争が始まった。

 当時、南西部は都市にいくつかの宗派が共存していたが、信仰を違える者同士の喧嘩が命に関わる事件に発展した。

 それは瞬く間に宗派間の禍根となり、紛争へと繋がっていく。


 争いのあるところに駆けつけていた俺達の傭兵団は、もちろん南西部の紛争に飛びついた。

 俺はそこで多くの人間の命を奪っていった。


 銃を向ける者。


 逃げ惑う人々。


 目に映る自分と仲間以外を教えられた通りに。



 しかし、異変は起きた。


 ある居住区の一画から巨大な白い何かが姿を現したのだ。

 その大きさは五メートルほどだろうか。


 蝿を彷彿させるシルエットで二対のはねに六本の節足と四本の蟷螂かまきりの腕を持つ白い異形の怪物。

 それは即座に飛び出し、腹部から大量の虫を産み出した。


 人の倍の大きさはある奇怪な虫達は周囲の兵士達を襲い、捕食していく。

 応戦する仲間は次々とその命を散らしていった。

 本能的に危険を察知した俺はすぐさま近くの建物にこもって身を隠し、虫が過ぎ去るのを待った。



 やがて周囲に静寂が訪れると、建物から顔を出して様子を窺い、視界の端に白い異形の怪物がゆっくり降下するのが見えた。

 惨状と化した街の中を一人歩いて、その場所へたどり着くと小さな赤ん坊が泣いていた。


 そっと抱きかかえると赤子は泣き止み、淡い金色の光を発する。

 その時、俺の頭の中に何者かの声が響いた気がした。


『宗教国家都市の人間として生きよ――お前はこの赤子のために、その命を捧げるのだ。』



 俺は赤ん坊を南西部の教会へと連れていった。

 教会は南西部の騒動の中で生き残ったその子を『神の子』として祀り上げる。

 しかし、その時から赤ん坊に会わせてもらえなくなった。


 俺が他所者よそものであることを知られていたからだ。

 一人、街へと放り出された俺は混迷の南西部には居場所がなかった。




 ――宗教国家都市の人間として生きよ。


 その言葉を頼りに、俺は彷徨さまよって南東部に足を運ぶが、そこでも戦禍は広がっていた。


 銃声が響く夕闇の中で、倒れた兵士の武器を取って引き鉄を引いた。

 そして、ある孤児院にたどり着き、彼女と出会った。


    ‡


「あ、あなたは一体だれですか……!」


 当時、六歳で巫女神官として勉強中だったわたくしは、隣国からの襲撃から逃れるために孤児院へと避難していました。


 わたくしより年上の少年は銃を片手に告げます。


「俺は……この国の人間になる為にお前達を守護まもる。早く安全な中へと入っているんだ。絶対に顔を出すなよ。」


 そうして、彼が戦地へと走っていくのを屋内に移動しながら見守りました。



 一夜が明けて戦闘が収まると、わたくしは孤児院の子供たちと一緒に窓から外の様子を見ます。

 子守りのシスターが周囲の安全を確認しに行く中、あの少年が近くの物陰にいるのを発見しました。


 わたくしは駆け出して、彼の元へと向かいます。


「無事だったのですね、ケガはありませんか……?」


 たずねながら近づくと、少年の腹部が血に濡れているのがわかりました。


「俺のことは気にするな……君の方こそ無事でよかった……」


 崩れ落ちる彼を目に、わたくしはすぐに孤児院へ助けを求めに戻るのでした。

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