良いハロウィンを。

四十物茶々

良いハロウィンを。

町全体がおどろおどろしい雰囲気になり始めたのは、いつからだっただろうか。

海外の収穫祭が転じて発生したモノだという。

宗教に寛容的な国ではあると思うが、随分と寛容的すぎないか?と思っているが、生業上、乗れるものには乗りたい。

手作りのポップアップをハロウィン仕様のパンの前に刺しながら、大谷正おおたにただしはそう頷いていた。


実家のパン屋を継いだのは丁度三年前になる。この町に戻ってきて思ったのが、町の高齢化だった。

高校が複数立っている為、学生の通りや利用は多いが、昔馴染みの常連さんも多い。

常連さんたちは、昨今の街の変貌をどう思っているのだろうか。

案外、楽しく過ごしているのかも知れない。高校生たちがハロウィンの仮装をどうしようかと話しながら店の前の過ぎていく。

その集団をかいくぐりながら、一人の白髪の老人が店の自動ドアを開けた。


皺だらけの顔をくしゃくしゃに歪ませて笑う老人は「食パンくれるかね?」と大谷に問うた。


「今日は早いですね。松崎まつざきさん。」


松崎さんと呼ばれた白髪の老人は、嬉しそうに笑いながら「息子夫婦が今晩来るんだよ!」と教えてくれた。

高速で振られる手が飛んで行かないか不安になりながら、「じゃぁ、今日は何枚切りにしますか?」と大谷はゆったりと問うた。

「そうだなぁ、5枚切りかな。それとー……」

店内を見渡して、松崎は一つのパンを指さした。

「これも貰えるかな?」

「松崎さん、血糖値大丈夫なんですか?」

「僕じゃないよ!孫にね、あげるんだ。とりっくおあとりーとと言うんだろう?」


スーパーで聞いたんだよ!と嬉しそうに語る顔は笑顔に満ちている。

大谷は、松崎が指さしたミイラのパンの中で一番出来がいい物を選んで袋に詰めた。


閉じた自動ドアから漏れ聞こえる不思議な音楽も、この雰囲気を大切にしてくれているようだ。


「じゃぁ、いい、ハロウィンを」

「とりっくおあとりーとじゃないのか?」

「それは、子供が大人に菓子を強請る時の呪文ですよ」


ケタケタと笑う大谷に「そうなのかー」と感心しきった様子の松崎は、パンを受け取って小銭を手渡した。


「じゃあ、また来るよ!」

「はいはい、後ろ、気を付けて下さいよ!」


あっという間に自動ドアを抜け、学生の人波に飲まれていった松崎を見送って、大谷は自信作のパンを見詰めた。

ゴマ餡が入ったミイラが万歳している。


「喜んでもらえるといいな」


それは、松崎の話か、自分の話か。それともこのミイラパンの話か。

今日も、商店街にはゆっくりとした時間が流れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

良いハロウィンを。 四十物茶々 @aimonochacha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ