KaRA-full

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第1話「カザマとリクとアオイ」

 いつも、願っていた。


 家族であっても、いつかは私のそばから離れていくと頭では理解しているつもりだが、心はそれを許さない。どうしても胸の奥で願ってしまう。


 このまま私から何も足さず、何も減らさないでほしいって。



 水吏すいり高校の入学式を終えて、帰宅した私はバッグをソファの上に放り投げ、冷蔵庫から買い溜めたジュースを一口飲んだ。


 冷えたジュースは乾いた私の喉を潤す。正直おいしさよりも喉に冷たいものが流れる快感で、ジュースを飲むのが習慣になっている。


 「ブッハーー!うんまいわ!」


 「ビールを飲んだおっさんかよ。」


 ジュース一本でおじさんと化していた私にツッコミを入れたのは、食卓の席に座る鷹過風舞たかすぎ かざま。通称カザマ。



 「うっさい!てか人のジュース勝手に飲まないでくれる?」 


 そう言うと、カザマは憎たらしい表情でわざとジュースを飲んで見せた。 


 いつか復讐としてカザマのプリンを全部食べ尽くしてやると、私は静かに決意しながら、邪魔くさい制服の上着とスカートを脱いで普段着に着替えた。


 「ちょっと、雲谷青くもたに あおいちゃん!人前で着替えるなんて、大胆!」



 「今更なに?どうせ気にしてないし見てもないんでしょ。」


 「ううん、ガン見してた。」


 「…変態。」


 このやり取りはおそらく100回以上はした。カザマとは幼馴染で、子供の頃から一緒に過ごしてきた。


 訳あって両親のいない私を、赤ちゃんの頃からカザマの母・あおさんが面倒を見てくれた。私のあおいという名前も藍さんがつけてくれた。だから私にとってカザマは兄のような存在で、彼にとってもきっと私はウザイ妹みたいなものなんだと思う。



 「てかカザマ戻るの早くない?なんで新入生の私より先に下校してるの?」


 カザマの下校時間が気になった私はそれを質問しながら、冷蔵庫から食材を取り出して料理を始める。今日作るのはカレー、前々からカザマが食べたい食べたいとしつこくリクエストしてきた料理である。仕方ないので作ってやろう。


 「ホームルームサボってきた。それよりもアオイと話したいことがあったから。」


 カザマは私への返事をしながら、ピーラーでジャガイモの皮を剥き始める。いつも私が料理をはじめると、カザマはさりげなく一緒に手伝ってくれる。



 「話?サボってまでなに話すつもり?」


 「……リクの話なんだけど…あいつ今年で高3だろ。」


 「そうだけど?…もしかしてリクに聞かれたくないから先に戻ったの?」


 地中離旧ちなか りく。私とカザマにとっては姉のような幼馴染である。小さいころからなんでも全肯定してくれるやさしい性格。そんな彼女に聞かれたくない話ってなんだろう。


 なんとなく嫌な予感がする。今までの何もかもが崩れ去ってしまうような気がした。


 「…まぁ、そんなとこ…高3ってことはさ、来年のこの時期にはもう卒業しちまうってことだろ?」


 「うん、大学今いろいろ見て回ってるって言ってた。」


 カザマは作業する手を止めた。


 「俺…嫌なんだよ。リクってふわふわしてる分、どっかに行っちまったらもう戻ってこない気がして。だから…」


 私は察してしまった。カザマの次に言う言葉を予想できてしまった。


 お願い、それを口に出さないで。



 「リクと付き合いたいと思う。」


 嗚呼、その言葉は聞きたくない。


 「昔から、あいつのことが好きでさ。どっかに行っちまう前に、ちゃんとそばにいたいというかなんというか…ってなんか今更だけど、お前に言うの恥ずかしいわ。」


 もうこれ以上はやめて、私の頭からその言葉を消し去って。



 誰かエライ人は言っていた「言葉はナイフ」だって。そんなわけないと思っていたけれど、いつも私を安心させてくれるカザマの声はまさに今ナイフとなって、私の心臓に突き刺してくる。


 「だからなんというか…お前のことずっと妹だと思って、心から信頼してるから…リクとうまくいくようにサポートしてもらえないか?」


 「………」


 「あのぉ~…アオイ、さん?聞いてた?」


 「は、はい!えーーと…もちろん!手伝うよ…」


 「良かったーー!!アオイだけが頼みの綱だったんだよ!」



 カザマは嬉しさのあまりに、私を抱きかかえ上げた。


 いつもと変わらない落ち着く匂い、いつもと変わらない大好きな温もり。


 なのにどうして今はこんなに…


 こんなにも触れてほしくないんだろう。


 今日のカレーは上手く作れそうにない。


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