第5話 《きさらぎ》の正体は

 松原サクの家を捜査した翌日。


 ハルトは、とある人物のもとへ向かっていた。


 ――宮地ラン。

 彼もまた、ハルトと同じく《カイサン》の所属で、白銀ミサキ調査の任務に共に臨んでいる。頼りになるパートナーで、ハルトの数少ない信頼している人物だ。

 信頼している。信頼しているのだが……。


「ねえ~学食いこうよ~」

「はぁ? 私、お弁当作ってきてるんですけど」


 二人の女子生徒が互いを睨みつけ、言い合いをしている。


 それをニコニコしながら眺めている男子生徒がいた。


 ハルトはそれを見て、はぁ~…………と深くため息。

 面倒なことになるのが確定している。


「宮地くんは昨日も学食で、お肉ばっかり食べていたんです。それでは栄養が偏るでしょう? ですから、今日は私が栄養バランスを考えたお弁当を作ってきたんです。あなたも宮地くんのことを考えるなら、なにが正しいかわかるでしょう?」


 黒髪にポニーテール。いかにも生真面目そうな女子が、毅然とした口調で言った。


「はあ? しらねえ~……。今日の日替わり、ランランの好きなチャーシューマシマシラーメンなんですけど? そんなこともわかんない?」

 対するは、ハデな金髪で制服を着崩した、いかにもといったギャル。


 そして、二人の言い合いを見ている男子。


 綺麗に揃えられた長めの黒髪。髪の隙間から除く目元は優しげに細められている。

 女殴ってそう、とよく言われているが、ハルトは彼がそんな人間ではないことは知っている。彼はとても女性に優しい。

 だが……クズだ。


「お~、ハルトだ!」


 ランがハルトに気づいて手をふると、二人の女子にキッと睨まれる。


(あーもー……、ヤダほんとこれ……)


 ここでハルトがランの身柄を持って行ってしまえば、女子二人から恨みを買う。

 ランは良いやつだ。

 だが、これが本当に面倒くさい。彼の周りには高確率で女子がいる。それも、複数。


「あー……忙しい? 出直すよ」

「はあ? なんでだよ。ハルトも一緒にお昼どう?」

「いや……俺はもう食べたから」


 嘘だった。今は昼休みが始まったばかりだ、そんなはずはない。


「そう? じゃあデザートおごる?」

「なんでだよ」

「そしたらハルトと一緒にいれるだろ」


 ハルトは天を仰ぐ。

 女子二人にさらに睨まれる。

 女子二人の前で口説かないで欲しい。切実に。


「いや……ホントにいいから。内密な話だし」


「――わかった。ミサちゃん、フミカちゃん。今日はごめん」とラン。


 わかってねえ~! とハルトは思った。


「あ、フミカちゃん弁当もらっていい? この埋め合わせは絶対するから。それじゃ」


 それだけ言って、女子生徒を帰してしまった。

 この所業が許されるのだから恐ろしい。


「……あれなに?」とハルト。


「彼女」とラン。


「どっちが?」

「両方」


「はぁ~……??」頭を抱えた。意味がわからない。「それ、二人は納得してるの?」


「してないけど……オレ、二人がケンカしてるのみるの楽しいし、別に良いよ」


「お前が良いだけだろ」


 仕事の相棒でなければ絶対に話したくないタイプだった。

 だが、相棒でなければ話したくないような相手ではあっても、彼には何度も助けられている。

 どれだけ人間的に理解できない相手でも、それでも彼は相棒なのだ。


「オレの彼女の話なんかいいよ。それよりももっと気になることがあるだろ。……どうなんだ、白銀ミサキは?」

「わからん」

「会ったんだろ? というか一緒に行動してるじゃん。もう噂になってる。誰がコクってもダメだったのに冴えない転校生が放課後デートぶちかましてるから、弱みでも握ってから転校してきたんだろう、ってのが今のところ有力な説」

「弱みねえ……だったらどれだけよかったか。っつーかそんなことになってるのか……転校したい……もうやだ……」


 どうせ冴えない転校生だよ、とハルトはいじける。

 目立たないように『冴えない転校生』のキャラクター像を作って、その演技プランで潜入捜査に臨んでいるものの、そのキャラクター像を選ぶのは、ハルトの性根に合ってて楽だからだ。

 例えば任務上必要であれば、ランのようにヘラヘラした女好きを演じることも可能だろう。可能なだけだ、絶対にやりたくない。心が死滅する。


「転校するなよ、任務だろ」


 二股ハーレム野郎に、まともなことを言われた。


「……っつーか、ハルトとしては、まあしょうがないだろ?」

「ああ……、仕方がない。イヤなものはイヤだけどな」


 目立つのは、嫌いだ。

 噂をされるのも、嫌いだ。

 気楽に話せる相手なんて、ランくらいのものだ。誰かに見られるのも、記憶されるのも、他人と関わる何もかも面倒だ。だが、そんなことで――復讐をやめるつもりなんてない。

 面倒だとか、関係がないのだから。

 姉の死――その真相を突き止める。そして、白銀ミサキが犯人ならば、殺す。

 これはもう、決めたことだ。


「少しややこしいことになっててな。白銀と協力して……《きさらぎ》を、捕まえることになった。ヤツの情報も引き出せるし、《カイサン》側に提出できる材料も揃えられる。面倒だが……、必要な工程だ。それに――……」


「――――あ? 《きさらぎ》?」


 ハルトの言葉を遮るラン。

 これまでと豹変した低い声音。目つきが鋭くなっている。

 

 ハルトは、息を呑む。《きさらぎ》の話をランにするのは、緊張が伴う。

 

 ――――なぜ、ハルトがランを信頼しているのか?

 その理由は――……。



「……やっぱり白銀ミサキは……、オレの姉ちゃんの仇なんじゃねえか?」



 ランもまた、姉を亡くしているのだ。


 ハルトと同じ境遇。だからこそ、分かり合える部分も多い。


「《きさらぎ》=白銀ミサキってことか?」

「その可能性もあるし、白銀が《きさらぎ》と共犯って可能性もあるだろ。ハルトに『一緒に《きさらぎ》を捕まえよう』って提案してるのは、ハルトを嵌めようとしてるって考えたほうが、自然だ」

「まあな……」 


 ――『……お前の、信念っていうのは?』

 ――『――どうしても、捕まえたいヤツがいる』

 ハルトの脳裏を、ミサキとの会話が掠めた。

 演技には、見えなかった。だが、それでは判断材料として弱すぎる。

 ミサキの演技が卓越しているのかもしれないし、ハルトの見抜く力が足りていないのかもしれない。


「《きさらぎ》は女である可能性が高い、っていうのはアキラさんが危険な戦いを繰り返して掴んだ手がかりだ。オレは信頼できると思ってる」

「姉さんの言うことだ。俺もそこは疑ってないよ」


 ランはハルトの姉――アキラと面識がある。

 というのも、《カイサン》などの《怪異》と戦う人材を育成する機関で高成績を残していた。そこで講師をしていたアキラに、教えを受けているというわけだ。

 ハルトとしては、その部分は複雑なコンプレックスだった。

 自分が落ちた機関での高成績者。

 自分の知らない、講師としての姉を知っている。

 それでも、ランは姉のことをよく思っていてくれる。

 そういう部分が、どれだけランの人間性に問題があっても、彼と一緒にやっていける理由だった。


「こんがらがってくるな……、少し整理する」


 ハルトはメモ帳を取り出すと、今の会話で出た情報と、元から持っている情報を組み合わせて、ここまでの捜査を整理していく。


 ・白銀ミサキは、《きさらぎ》を捕まえるのに協力して欲しいという提案をしてきた。

 →白銀ミサキ=《きさらぎ》ではないのか?

 →ハルトを嵌めようとしている?

 →《きさらぎ》は女である。これは春日アキラが手に入れた情報で、戦闘の際に組み付くなどして、体つきから判断しているので、確度の高い情報である。

 他にも、《きさらぎ》が扱う《怪異》は《雪女》など、女性の方が高い適正を持つものばかりなのも、女性説を裏付ける要素と考えられる。

 もう少し補足の推理を書き込もうとしていた時だった。


「っつーかハルトさあ、先走って白銀ミサキを殺そうとしたりしてないよな?」

「…………。俺もそこまでせっかちじゃない」

「やってる『間』だな……」

「……アイツ、別に殺されてもいいとも言ってたな。本当にわけがわからない」

「油断させたいんだろ。……頼むから、ほだされるなよ? イヤだからな、ハルトが敵に回るなんて」

「はぁ? ないない、絶対ない。あんなクソ女」

「…………ハルト…………オマエ……」

「……な、なんだよ?」


 ランの怪訝そうな視線の意味がわからない。ランは知らないからそんな目ができるのだ。

 ミサキの顔や声を思い出すだけで、ストレスのあまりカラオケで『セイレーン・サイレン』の曲を全曲熱唱したくなる。


「……やっぱり、可愛い? 見た目は知ってるけど、普段どんな感じかは知らないんだよなあ」

「お前なあ……。さっきまで殺意向けといて、なんだそれ?」

「それはマジで残念だよ。姉ちゃんやアキラさんの仇じゃないなら付き合いたい顔はしてるし」

「うっわ、コワ……。ついてけねえ~……」


 白銀ミサキも大概だが、ランの倫理観も危うい。

 しかしハルトとしても、あまりそれについて改めさせようとは考えていない。ランが女性に対しての考えが常人離れしているのは、姉を亡くしたことに起因しているからだ。

 ハルトとは正反対。ハルトの場合、女性は苦手だ。

 姉を思い出してしまうことは、好きではない。

 ランは逆に、手当り次第に付き合う相手に、姉を見出しているのかもしれない。

 壊れているという点では、結局似た者同士なのだが。


「そういや、白銀との捜査の方は? 今、サクちゃんとかシホノちゃんとも一緒なんだよな? なんかオマエ、やたら女の子に囲まれてね?」

「白銀ミサキは『女の子』じゃない。松原さんや平戸さんも、お前が言う『女の子』の定義で見てない。俺は推しにガチ恋しないタイプ」

「あっそ……。……一応言っとくけど、もしも白銀じゃないとすれば、サクちゃんやシホノちゃん……あとは、めぐるちゃんだっけか? そこらへん、《きさらぎ》の候補として上位だからな」

「…………私情で捜査の手は抜かないよ。俺が最優先する人は誰かわかるだろ?」

「オレか?」

「自己肯定感の怪物か?」

「……オレが姉ちゃんなように、オマエもアキラさんか」

「そういうこと」


 白銀ミサキに裏切られたところで予想の範囲内でしかないが、辻めぐる、松原サク、平戸シホノの誰かが《きさらぎ》なら、ハルトの精神へのダメージは計り知れない。


(サークが《きさらぎ》ってのだけは……、勘弁してほしいな……)


 あの歌声に、どれだけ救われたか。

 代わりなんてない。あんな風に歌えるアイドルが、人殺しなんてしていて欲しくない。

 それでも、どんな最悪の可能性も考えないといけないのが、ハルト達の仕事だ。


「しかしまあ、元からそうだったが……、考えることが山積みだな」


 目前の『透明人間ストーカー事件』についての推理も大切だが、白銀ミサキと《きさらぎ》についても、疎かにできない。


「あー……、悪いけど、また考えること増やすわ」

「なんだよ……。修羅場についてきて仲裁してくれとかなら断るぞ」

「頼まれてた件、進展あった」


 ランの言葉に、ハルトは思わず拳を握る。じわりと、手が汗ばんだ。

 今回の任務で、ハルトはミサキにかかりっきりで、それ以外のことで動ける余裕がない。

 だから、ランにはサポートに回ってもらっている。

 元からそういう分担で動いてた。ランはいつも、最高のサポートをしてくれる相棒だ。

 頼んでいたのは、アキラの《カイサン》においての過去の記録。

 白銀ミサキは、ハルトの刀が、元はアキラのもので、《カイサン》保有だと知っていた。

 つまり、アキラや《カイサン》の知識がある。

 だから、アキラの過去を調べれば、何か繋がりが出てくると思っていたのだ。

 ミサキと常に行動しているため、それを調べる時間がまったく取れないハルトに代わって、ランはその調査をしている。


「……とりあえず、まずアキラさんは何かを隠している。極端に、アキラさんについての資料が少ない」


 ハルトの脳裏に、嫌な可能性が浮かんだ。


(姉さんが、何かを隠している……?)


 それでは、まるで――……。《きさらぎ》は女である。

 それは、アキラが得た手がかりのはずだ。だが、あえて情報を流しているとすれば?

 《きさらぎ》と共犯。

 もしくは《きさらぎ》自身であれば、正しい推理などいくらでも小出しにして、《カイサン》に適度な情報を与えて満足させつつ、尻尾は掴ませない……などということもできるだろう。




「……で、その少ない資料の中に、どういうわけかこんなもんが見つかった」




 一枚の、写真だった。


 写っている人物は、二人。


 一人はスーツ姿のアキラだった。

 すらりと伸びる手足。高い身長。美しく切りそろえたショートカット。ハルトに似て、目つきが鋭い。だが、ハルトはただ目つきが悪いと言われるだけだが、アキラの場合は鋭い目つきが様になる。

 男性にも女性にも人気で、常に周りに人が集まるような、そういう人だった。

 写っている人物は、二人――……。


 もう一人は、十五歳くらいの少女だ。アキラと同じくスーツ姿。


 アキラは満面の笑みで、その少女はなにやら不機嫌そうな顔をしている。

 アキラに抱き寄せられて、嫌がっている様子だ。



 写真に映っているのは、ハルトの姉であるアキラと――白銀ミサキだった。



 まるで最高のバディのような、そんな写真だと思った。

 だとすれば――……。


 ――『謝って許されるなんて思わない。ただ、私は未熟で、《きさらぎ》にいいようにやられたんだ。私が、君の姉を……アキラを撃ち殺した』


 ――『結局は、同じことだろう? 私が邪悪の化身で、悪意を持って殺してようが、そうでなかろうが、関係ないはずだ。……事件が終わったら、全てにケリをつけてくれ。私はそのことに一切文句は言わないよ』


 繋がってしまう。

 この写真は本物で、ミサキとアキラは、最高のバディだった。

 けれど、ミサキは《きさらぎ》の策略で、アキラを殺してしまった。


 そういう筋書きが、浮かんでしまう。


 もしもそうだとしたら、ハルトの憎しみは、復讐は、どうなってしまうのだろう。


 そして、もう一つ。

 ミサキに感じていた、不思議な感覚。彼女は姉に似ている。

 

 

 彼女の振る舞い――あれは、アキラの真似をしているのだとすれば?


 ハルトが姉を忘れられなくて、苦しくて、どうしようもなくて、ただ復讐のことを考えて、全ての悲しみを塗りつぶしているように。


 ミサキは、必死に姉の真似をして、名探偵なんて気取って、事件を解決して、人を救って、そうしてアキラの喪失を埋めようとしている。


 わかったことがあっても、さらなる巨大な謎が生まれる。


 だとすれば、《きさらぎ》の正体は?


 それに、なにより――……。


 ミサキが邪悪な存在ではなく、復讐の対象になり得ないのなら。



(白銀ミサキ……――だったらどうして、お前は、俺に、自分を殺させようとしているんだ……?)



 わからない。

 彼女のことが、何一つ理解できない。

 それでも、ハルトは真実を追わなければならない。

 そうすることでしか、もうどこにも行けないのだから。



 ◆



 ハルトの頭の中では、乱雑に思考が絡まっていた。


 ――白銀ミサキを殺すべきか?

 ――きさらぎの正体とは?

 ――透明ストーカー事件の真相とは?


 考えることは、山ほどある。

 それなのに、思考の邪魔をする要素があった。

 何を考えていても、あのムカつく女の顔が浮かび、声が聞こえてくる気がする。

『おやおや、ハルトくん。そんな推理で合ってるのかな~? あっはっは』

 ……言うか? 言いそうだ。

 授業中にも関わらず、ハルトは推理のための思考をノートへ書き出していた。

 脳内の思考と、紙の上の文字列では、世界が違う。

 書き出していくことで、思考は積み重なって、形を成して、まとまって、答えに近づいていく。でなければ、思考は脳内で霧散していくばかりだ。


 ノートには、こうある。


 ・透明なストーカーについて


 まずはストーカー事件についてからだ。

 ミサキやきさらぎの方は重大ではある。だが、目の前の事件を疎かにするわけにはいかない。『セイレーン・サイレン』が絡んでいるからというわけではない。

 いや、それもある。

 ハルトが『セイサイ』に出会ったのは、一年以上も前のことだ。

 考えてみると癪だが、きっかけはミサキを調査するための潜入捜査、その前段階の準備の時だ。

 ミサキが通う高校の情報を集める中で、生徒の中にアイドルをやっている者がいることに気がついた。曲の聴いたのはただの気まぐれで、偶然で、だからこそ、運命めいたものを感じた。

 当時、ミサキに関する調査をしつつも、別の任務をこなしており、ハードな時期だった。《カイサン》に入ってから楽な時期などまったくないが。

 そんな日々を過ごしているのだ。癒しは少しでも欲しい。

 ハルトの擦り切れた心に、松原サクの歌は染み渡った。もちろん、平戸シホノも。

 だが、サク推しのハルトが特に気に入っているのは、サクのクールでありながら優しげな歌声。

 それから、彼女の描く歌詞が持っている、生きるのがヘタクソな者に寄り添うような後ろ向きでありながら、それでを肯定してくれるような世界観だ。

 ミサキには死んでもバレたくないが、本当はサクに直接これまで何度も救われたことを全て語って感謝をぶつけたい。

 捜査官として、助手として、ファンとして、そんなことは絶対にしないが。


(……なんにせよ、この事件は解決しないとな)


 あの女を、調子に乗らせるわけにはいかない。

 それになにより、自分を救ってくれた少女が苦しんでいるのだ。救うなんて大それたこと思えない。だが、少しで力になって恩を返したい。

 そのためにはまず、なにを推理せねばならないのか?

 状況の整理からだ。

 松原サクは、何者かにストーキングされている。後をつけられる。家に侵入されている可能性がある。姿も見ているし、それは間違いない。

 問題は、家に侵入されているという部分。

 鍵が壊されたり、ピッキングされたりという痕跡は見つかっていない。

 本当に侵入しているのか?

 だとすれば、どのような方法で?

 だが、ここは一度置くとしよう。

 その前に、考えるべきことがある。


――――――――――――――――


 ・割れたグラスについて


 青 松原サク  

 割れておらず、無事のまま

 

 赤 辻めぐる

 戸棚からそのまま落としたように割れていた。

 

 紫 平戸シホノ

 窓側へ向かって投げられたように散らばって割れていた。

 


 ――――――――――――――――


 このことからわかることはなんだ?


 シホノの予想では、『これから襲う』というメッセージだったか。


 ありえるとは思うが、ならばサクのグラスが無事なのは?

 既につけ回され、部屋に侵入されるのは、とっくに襲われているのだから、予告する必要がないということだろうか?

 どうにもしっくりこないな……とハルトは頭を抱える。

 そして……、


 ・サクが目撃しているストーカーの件

 透明になって部屋に侵入できるのなら、なぜ目撃されてしまう?

 たまたま目撃された時だけ、透明になるのが間に合わなかった?

 単純なミス、というのもありえるだろうが、なにか引っかかる。

 このストーカーを目撃した日と、グラスが割れていた日。

 正確な日付は、サクも覚えていないということだが、ストーカーを目撃した日が先というのは確かだと言っていた。

 目撃された後に、『予告』などするか? 今さら?

 『たまたまミスをする』程度の相手が、グラスで予告をするというのも、ちぐはぐに思える。 

 そうこう考えているうちに、授業が終わる。



 ハルトのスマホにメッセージが届いていた。相手は、辻めぐるだった。



 ◆


「ごめんね、急に」


 放課後。

 ハルトはめぐると二人きりで会っていた。場所は屋上へ繋がる階段。あまり人のこない場所だ。

 密会、という単語がよぎる。


「いや、大丈夫です」

「あ、そっちのしゃべり方なんだ?」

「な、なんすか……」敬語を選択したことをツッコまれた。


 辻めぐるに対してハルトは、当初は潜入用の人格で接していた。


 その後にミサキとのやり取りで、人格のほつれを見られてしまっているので、本性はバレている。


「アタシとも白銀先輩みたいに仲良くしようよ。もっと砕けて接してよ。同じ剣道部でしょ?」

「いや、あの女とは仲良くない」

「またまた~」

「帰りますね、さようなら」

「砕けて接してはくれてる!」


 ハルトの中での、めぐるに対する敬意が砕け散っていく。

 普通にウザい……。


「……で、なんですか? あ、この口調は演技とかじゃなくて、辻さんとの適切な今の距離感ね」

「はっきり言う……。確かに演技はやめてくれたね」


 めぐるとしては複雑だったが、一歩前進と考えて、ここを落とし所とした。



「……もちろん、ハルトくんとじゃれ合うために呼び出したわけじゃないよ? じゃれ合ってもいいけど……真面目の話もあるから」


「真面目な話……と言うと、事件関連ですか?」


 じゃれ合いのくだりはスルーした。じゃれ合うつもりはないと言えば、『白銀先輩とはじゃれ合ってるのに?』と言われ、確実に面倒になる。じゃれ合ってない。



「……そうなるかな。その、シホのことなんだけど……」

「平戸さんが?」

「シーホって呼ばないの?」

「――なぜバレてる?」

 

 シーホ……つまり、アイドルの時のシホノの呼び名。

 ハルトが『セイレーン・サイレン』のクルー(ファン)だとバレている?


「だって、サクちゃんが」


「松原さん!!!!!???!!?」


(バラされてる! 気づかれてる! そりゃあ、ライブ行くから、バレてる可能性はあったけども!)


 ただでさえミサキのことでからかわれるというのに、向こうにはさらにもう一枚手札がある。

 やりづらい任務だ。もとはといえば、こんな任務が悪い。つまりミサキが悪い。



「……で、平戸さんがどうした?」


「――……たぶん、シホがストーカーだよ」


  

 間の抜けた空気から、一転して冷ややかな事実を告げられる。

 


「…………もちろん、そういう可能性もあるだろうけど、根拠は?」

「つい最近……透明人間につけられた。足音だけするんだけど、姿は見えないの」

「……平戸さんの前じゃ言い出せなかったってわけか」


 めぐるは小刻みに何度も頷く。


「ハルトくん、すぐわかってくれるね。……でね、なんでシホが透明人間で、そんなことするかっていうと……、シホって、アタシのこと、邪魔だと思ってるから」

「……邪魔って、どうして」

「……それは……わかんないんだけど、態度とかで。でも、アタシの被害妄想かもしれなくて、ほんの些細な違いなの。たまに……たまにだけど、アタシと話す時に、無理して笑ってるみたいな時があったりして……。サクちゃんと話す時は、そんなことないと思うし……」

「なら、グラスの件を『犯人からのメッセージ』だと推測していたのも、そっちへ誘導したいってわけか」

「……うん、そうなるね」

「いやそうだな。犯人がわかったかもしれないのに」


 嫌な言い方をしていると思う。それでも、気になったところだった。

 めぐるの態度は、シホノが犯人だと判明して嬉しい――というようなものではない。


「……こんなこと終わってくれるのが一番だけど、結局……シホが犯人でも、サクちゃんは辛いでしょ?」

「それは、そうだな……」


 本当に、これが真相なのだろうか。

 シホノが犯人だとして、一体どういう動機だ?


「……ごめん、間違ってたら、こんな疑い方、最悪だよね、最低だよね……。でも、アタシはサクちゃんの幼馴染だからさ……。小さい頃から、サクちゃんのこと守らないとって思うと、もう止まれないんだ」

「ありがとう。話すのも辛かったよね。……どんな些細なことでも、何が事件を解決するかわからないから。だから、話してくれる選択をしてくれたのは、間違いじゃない」

「……そっか。……頼むね、ハルトくん……。私はバカみたいに暴走するしかできなくてさ……。それも結局、半分くらいは、ハルトくん……というか、白銀先輩に止めてほしかったんだ。だって、私くらい簡単に捕まえられる名探偵なら、ストーカーだって捕まえてくれて……サクちゃんを守ってくれるでしょう?」

「……そうだな。アイツは……、あの名探偵は、必ず事件を解決してくれるよ。俺も、助手として、全力を尽くすことを約束する」

「…………ありがとう、本当に」


 深く深く、頭を下げるめぐる。

 それでどれだけ彼女がサクを想っているかが、また伝わってくる。


 既に自分の中にある決意に、さらにめぐるの想いの分を加える。


 焚べられた想いが、決意の炎をさらに強く燃え上がらせていった。





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