名探偵の殺し方 ――怪異探偵・白銀ミサキの事件簿――

ぴよ堂

第1話 《かまいたち事件》/出題編





【デッドエンド・プロローグ ×月×日】




 ――――かくして、名探偵は敗北し、事件は迷宮入り。


 この謎は、もうどこにいけない。

 そしてこの列車は、このまま終点の駅へとたどり着くのだろう。




 ――どうしてこうなってしまったのだろうか?

 《名探偵》白銀ミサキは、これまでの歩みを振り返る。


 なにが悪かったのか? 

 どうすれば、こんな結末は避けられたのだろう?

 

 今回の事件のことだけではない。

 そもそもの、己の人生の、数え切れない罪、過ち。


 ミサキは、死を覚悟した。


 けれど、もし――もう少しだけ、何かが違えば。


 足元に目をやる。そこには、彼女の銃が落ちている。

 だが、銃を手に取り反撃することは、もう間に合わない。


 さらなる絶望が、ミサキを襲う。


 どんっ……と、人間一人分の重みが、無遠慮に落とされた音が響く。


 『犯人』が、

 『誰か』を、

 ミサキの前に差し出した。


 見せつけるためだ。

 もう逆転の道筋はないと。


 凄惨な空間には、どこまでも場違いな、ピンクと白が基調の寝袋だった。

 寝袋の中身は――……。


 そして、銃声が響く。


 ――――寝袋のピンクと白に、じわりと濃い赤色が滲んだ。

 






 1 【六月十日】


 ――――この学校には、こんな噂がある。


 放課後の図書準備室は、異界に繋がっていて、そこにいる司書に依頼すれば、どんな不思議な事件も解決してくれる。


 大半の生徒は、そんな噂は信じていない。

 それでも、なぜだかその噂が途絶えることはなく、学園の『七不思議』となっている。



「ちゃんと、自分で確かめないとな……」


 春日かすがハルトは、一人そう呟いた。



 噂の通りに、図書準備室へ繋がる扉へ手をかけた。

 最初、ハルトは包帯を巻いた左手を使おうとしたが、一度そこで手を止める。

 左手ではなく、右手でドアを開いた。


 そこはなんの変哲もない図書準備室――では、なかった。


 明らかに、空気が違う。

 放課後の喧騒が、消えた。吹奏楽部の演奏の音も、運動部の掛け声も聞こえなくなっている。どう見ても、学校の蔵書とは思えない古書の山。




 異質な空間を進んでいくと――……。


 ――いた。



 『七不思議』の名探偵。


 暗闇と同化するようでいて、暗闇よりもなお暗い漆黒の長髪。鋭さを帯びた瞳。

 雪のように白い肌。大人びた女性的なラインの体を包んでいるのが、本当に他の女子生徒と同じ制服なのか疑わしくなる。


 思わず、少しばかり視線をやったまま固まってしまった。

 そんな場合ではないというのに。


「そんなところに突っ立って、幽霊でも見たかな?」


 ふいに、彼女は持っていた文庫本のページをめくりつつ、そう問いかけてきた。

 くす……と小さな笑みをこぼす。

 そんな些細な仕草も様になっていて、妖艶な雰囲気を帯びていた。


「あ、いや……、ええと」

「依頼かな?」

「そうです……って、ええ!? 生徒会長!?」


 美人で成績優秀。

 全男子生徒、いや全生徒の憧れと言ってもいいだろう。

 ――生徒会長・白銀ミサキが、そこにはいた。


「そうだけど……キミは人を役職で呼ぶのかな?」

「ああ、いえ……すみません。はじめまして。春日ハルト、二年です」

「はじめまして。三年、白銀しろがねミサキ。生徒会長もやってるけど、まあそんなのは表の権力があると便利だからってだけさ。内申もよくなるしさ」


 さらっと、悪い発言だった。


「ちゃんと学園をよくしようと思っているから、動機が不純なのは多めに見ておいてよ」

 

 それで……、と。

 そこで彼女は、区切るように一拍置いてから。


「肩書ならこっちが本命……私は、生徒会長にして――《名探偵》だ」

「はあ……」

「キミが役職で人を呼びたいタイプの人間じゃなくても、《名探偵》と呼んでいいよ」

「あー……、まあ、はい」

「……なんか乗り気じゃないなあ?」

「いやあ~……」


 不満そうにするミサキに、怪訝そうな視線をやるハルト。


「その顔は……ああ、わかるよ。名探偵だからね。はい、推理しました。キミが疑り深い人間だともうわかった。ならそうだな……。キミ、剣道部か……もしくは、どこかの道場で剣術をやっているね?」


「――え?」


 当たっている。

 確かにハルトは剣道部に所属しているし、部活とは別で剣術をやっている。


「……生徒会長って、生徒の細かいデータとか入ってくるんですか?」

「占い師がやる情報に基づいたホットリーディングじゃなくて、名探偵の推理だよ」


 ミサキは、ハルトの手を指差した。


「手にできている豆の付き方、足の運びを見ればわかるさ。……厳密にいえば少し事前に私が持っている情報・・も推理に使っているか。だが、名探偵が事件について調べているのは当然だからね。その左腕の包帯……依頼はその件だろう?」


「名探偵ごっこで遊んでるってわけじゃないみたいですね……」


「受験を控えた高三が、そんな遊びはしないさ。遊びじゃないよ、この仕事――いいや、生き方はね」

「ひとまず信じます。……いえ、こっちが依頼するんだから、そんな偉そうな態度を取るつもりはないですけど。ええと……」

「『ミサキ』でいいよ? それとも美少女名探偵?」


 ハルトが呼び方を決めあぐねたのをすぐに見抜いて、助け舟を出す。

 だが、泥舟だったかもしれない。


「……白銀先輩は……、」

「距離感!  遠いなあ~!」

「いやあ~、先輩ですし」

「『ミサキ先輩』で手を打たないか?」

「今回、白銀・・先輩に依頼したい件なんですが……」

「手強い……。頑なだな。まあ、ゆっくり仲良くなろうか。事件についてなら聞いてるけど、ハルトくんの認識も知りたいし、改めて聞こうか」

「では、説明しますね」


 ハルトがミサキへ調査を依頼したい事件とは、こうだ。

 剣道部の部員が連続で襲われているような事件が起きた。

 『襲われているような』などと、奇妙な表現になるのには、理由がある。


 なぜなら、被害者達はこう言うのだ――『かまいたちの仕業だ』と。


「《かまいたち》ねえ」

「あ、《かまいたち》っていうのは……」


 ハルトの言葉を遮るように、ミサキは鋭く言葉を紡ぐ。


「かまいたち――風によって人を切りつけるという現象、もしくはそれを引き起こす妖怪。

 名前の由来は、見えない刀に切られたような傷ができることから、鬼神や風神の構えた太刀、『構え太刀』から転じたというのがあるけど……有名なのは、絵が浮かびやすい『手が鎌になっている鼬(いたち)』かな。可愛いもんね、いたち。ほら、『ナルト』でテマリが口寄せするやつとか。

 地域によっては、三匹で現れ、一匹目が転ばせ、二匹目が傷をつけ、三匹目が薬を塗るというような言い伝えもある。薬を塗ってくれるなんて、面白いよね。まあ傷つけちゃってるわけだけどさ」

 

 すらすらと流麗に語るミサキ。

 途中、タブレットを取り出して、画像なども交えてくれるのでわかりやすい。


「――で、ハルトくんは手が鎌になってるイタチが事件を起こしてると……《怪異》が実在すると思う?」

「わからないですけど……、なんでも決めつけるのはよくないかなって。いる、と信じている人がいるのなら、それを否定したいとは思いません」

「へえ、珍しい」

「珍しい……ですか?」

「うん。基本、『いる! 早くなんとかしてくれ!』か、『いるわけない!』か……まあ、いずれにせよ、《怪異》の被害を受けた依頼者には、余裕がない考えが多いかな。わからないを、わからないのままで済ませられるというのも、器が大きくていいと思うよ」

「そ、そうですかね? 器……、大きい……」


 小さく笑みをこぼすハルト。


「《怪異》には寂しがりなやつも多いからね。案外、気を引きたくて勢い余ってしまったのかもしれない」


「……、」

 一瞬、間があった。ハルトの笑みが消える。


「やっぱり……いるんですか、《怪異》」

「うん、いるよ。ま、今回の犯人が《怪異》にせよ、ただ伝承になぞらえて事件を起こしてるだけの人間にせよ、伝承を把握しておけば、推理に役立つことはあるからね。さて、少しズレたか。事件の概要について、続きをお願いできるかな」


 ハルトは頷いて、話を続ける。


 事件の起きた日付と順番は、こうなっている。

 

 六月四日、金曜日 一人目の被害者――男子生徒。

 六月七日、月曜日 二人目の被害者――女子生徒。

 六月八日、火曜日 三人目の被害者――女子生徒。

 六月九日、水曜日 四人目の被害者――男子生徒。


 この四人目というのが、ハルトのことだ。

 被害者は全員が剣道部。

 二人目の時点で、『剣道部が狙われているのではないか』という推測は出ていたので、そこから剣道部は活動を休んでいたが、それでも事件は続いた。


「ペース、急に上がったね」

「え?」

「ほら……、最初は金曜日だよね。で、土日は休んだのかな? そこから三日連続。精力的だ、土日休んだくせに」


「……」

 ハルトはミサキを睨む。

 

 このことはハルトも気になっていた。

 事件に関係があるかもしれない。

 ただ、すぐに気づいたことはさておき、ずいぶんと配慮のな言い回しだ。

 犯行に対して『精力的』というのはいかがなものか。


「いきなりそんなに見つめて、どうかしたかな?」

「あ、いや……」

「ここへ来た時も見つめてたよね。何か気になった?」


 目をそらすハルト。


「珍しい本がたくさんあるなと思って」

「ふふん、だろう? 《怪異》を相手にするのに必要だからね。商売道具で命綱さ」

「命懸け……ですか?」

「キミも《怪異》に遭ったのならわかるだろう。例えばその怪我。もしも狙いが首なら? 相手が本当に鎌鼬なら、首を落とすくらい容易いはずだよ」

「……。気をつけます」


 首筋を撫でながら、ゆっくりと言葉を吐き出す。

 

「それじゃ、現場に行ってみようか」

「《怪異》も、犯行現場に戻ったりするんですか? 人間の犯人みたいに」

「さあ? 《怪異》によるんじゃない?」


 頼りない答えに、目を細めるハルト。


「人間と同じでいろいろいるさ。でも、手がかりはあるかもしれない」

 

 2


 ハルトはミサキを現場へ案内する。彼は手に、プリントアウトした地図を持っていた。

 地図は目印がつけてある。

 何度も折って広げてを繰り返したのか、ボロボロだ。


「あ、会長だー」

「会長、じゃーねー!」


 ミサキはすれ違った生徒達から好意的な声をかけられていた。


「ああ、気をつけて帰りなよ」


 ミサキが軽く手を振るだけで、応えてもらった生徒達は「ヤバ~会長からレスもらった~!」と、大喜びしていた。

 まるでアイドルだった。横にいるハルトとしては、気まずいものがある。


「人気者なんですね」

「……ああ、ハルト君は最近転校してきたんだっけ?」


 ハルトは頷いた。さすがは生徒会長。生徒の事情は把握しているというわけだ。


「内申のためとか言ってたくせに……」

「ふふ。秘密を知られてしまったね。スキャンダルだ」


 悪戯っぽく笑うミサキ。

 みんなの生徒会長と、秘密の共有。大抵の者はこれだけで籠絡されてしまうかもしれない。


「……ここが一人目の被害者が襲われた場所ですね」

「わー、つれない。もう一回言う? 共有しちゃったね……二人だけの秘密」

「あの、真面目にお願いします……」

「捜査なんて大変なんだ、軽口を叩きながら楽しくやるのもいいんじゃないかな?」

「いえ、僕は……、面白いことは言えないですから」

「そうかなあ? 私は面白いと思うけど」

「え……?」

「私に対して、『生徒会長』というフィルターをかけて接してこない相手は珍しいからね。転校生だからかな? 新鮮だよ」

「はあ……」

「自分の魅力というのは、自分では気づけないものさ。自分にとっては当たり前なんだからね。ハルトくん、キミは私にとって魅力的だよ?」

「はあ、どうも……」

「つれないなあ~、またフラれた」


 言葉のわりに、嬉しそうに笑うミサキ。

 謎の人懐っこさだ。言葉通り、他の生徒とは態度が違うのが物珍しいだけかもしれない。


(――…………、わきまえろ……)

 

 複数の意味・・・・・を込めて、ハルトは内心でそう呟く。

 

 彼女の言動や仕草はたしかに可愛らしく、魅力的なのかもしれない。

 だが、ハルトにとって彼女は、そんなことを素直に思っていい相手ではない。


 その時、カシャッとシャッター音が。ミサキがスマホを構えて、何かを撮影していた。


「……ガラス、ですかね」


 小さなガラス片が、道路脇に落ちていた。


「事件に関係ありそうですか?」

「例えば、ガラスを手裏剣みたいに投げつけられて、それが目で追えなかったら、『かまいたち』だって勘違いしてもおかしくないだろう?」

「手裏剣って……そんな忍者みたいな人います? でも、たしかに『かまいたち』よりはありそうですね」

「被害者のハルトくん的にはどうだい? 犯行時、それらしい人影とかは」

「あった……かもしれないですけど。まず自分の手が切れた衝撃でびっくりしてて、周りを確認する余裕はなかったです」


 言いながら、ハルトは自分の左腕に巻いた包帯を、右手で指差す。


「……でも、『ガラス手裏剣』説でいくとして、音で気づきませんか? ガラスが割れる音がするでしょう」

「ならば、複合的な説はどうだろう。『かまいたち』が、風でガラスを操るんだ。相手を引き裂いた後に、地面にぶつかって割れる前に回収すればいい」

「……それなら、ガラス片が落ちているのは?」

「回収し忘れたか……、そもそも回収できるような状況になかったか」

「本当にガラスは関係あるんですか?」

「『関係はある』が有力だと思うんだ。というのもね――そもそも、『かまいたち』がどうやって相手を切り裂いていると思う?」

「そりゃあ……風で……?」

「『真空状態によって』なんて説明がよくされてたんだけどね、真空になったところで皮膚は切れないんだ。で、かまいたちの言い伝えは東北地方に多く見られるんだけど、寒冷地で凍傷によって皮膚が切れることから生まれたという説が有力なんだ」

「……つまり、風単体では皮膚は切れない?」

「そういうこと。だが、強風で物が飛ばされれば危険だろう? 風を操れれば、『風によって切り裂かれた』と思い込ませることはできる。風にガラス片を乗せるだけでも、十分な威力があるだろう」

「なるほど……」

 

 ひとまず関係ある、と考えておいてよさそうだ。

 ハルトもミサキに習ってガラス片をスマホで撮影しておく。


「そうだ。ハルトくん、《怪異》見る?」

「え、どういうことですか……?」

「じゃあ、ちょっとそこ立っててねー」


 言われるがままに、ミサキが指差した場所に立っていると、彼女がスマホを向けてくる。

 何かを撮影した。


「……ちょ、撮らないでくださいよ」

「いや、《怪異》を出すのに必要なんだ」

「どういう……???」


 ミサキがスマホを差し出してくる。そこにはハルトの足元と、そこに重なって表示されている、奇妙な存在が。

 小さな板のようなものに、顔があり、四肢が生えていた。


「ぬりかべくんだ」

「え……なんかARのアプリとかですか?」

「ただのアプリかどうか、確かめて見るといい。画面上でぬりかべくんがいる場所を触ってみてごらん」

「はあ…………え? なにこれ……本当にいる……? こわ……」

「怖くないよ。ぬりかべくんがいる場所は進めなくなるんだ」

「え? 精巧なフィギュア? これどこで作ってもらったんですか」

「さっき《怪異》の実在を信じてくれる感じだったのに……」

「いるんですか……、《怪異》。こんな簡単に出せるんですか」

「うん。私がゲットした《怪異》だ」

「ゲットできるんですか!?」

「できるよ。わりと簡単に捕まえられるやつもいるし、強いやつは大変かな、弱らせたりしないとね」

「え、ポケモンの話ですか?」

「だから《怪異》だって」

「……こいつは……、なにか悪さするんですか?」

「いや、しないよ。照れ屋でいいやつなんだ、ぬりかべくんは」

「でも……、例えば、こいつを線路に置いたら……」

「……ハルトくん……。『ぬりかべ』じゃなくても、ただの石ころでも、線路に置いたら犯罪だよ。まず威力業務妨害罪で三年以下の懲役または五十万円以下の罰金だ」

「それは……そうですけど……」

「結局は使い方さ、どんな力もね。そういう《怪異》の悪用をさせないために、私がいるんじゃないか」


 ミサキは顔を伏せて、言葉を続ける。


「……まあ、探偵というのはいつも事件が起きた後に動くというのはあるけれど。それでも、私は事件は解決するし、私がいることで『怪異犯罪』の抑止力になればと思うよ」

「なる、ほど……、そうですか……」


 言いながら、ハルトはぬりかべくんとやらを撫でる。

 ぬりかべくんは、嬉しそうに目を細め、自分の頭を撫でて、照れるような仕草をしていた。


「ね? 照れ屋で、可愛いやつだろう?」

「…………あっ、なんで、《怪異》が実在するかって話の時に、最初にこれを見せなかったんですか!?」

「キミがどういうスタンスか知りたいじゃないか。頑なに信じないタイプなら、直接見せたところで信じなくてもおかしくないからね」

「少しは信用してくれた証……ってことですかね?」

「ああ、それなら……、少しスマホを貸してもらってもいいかな?」

「いい……ですけど……?」


 言われるがまま、ハルトはミサキへスマホを手渡す。

 妙なアプリを入れられた。

 ARのように、現実の景色にぬりかべくんを表示するアプリだ。


「もしかして、アプリさえあれば誰でも使えるんですか? ぬりかべくん……、無限に増やせたり?」

「いや、それは無理。そんなにポコポコ増えないよ。ハルトくんが持っていてくれ。使い方はわかったろう? 犯人だって、こんな感じで《かまいたち》を持っている可能性があるんだ。《怪異》には《怪異》だよ」

「なら……、巨大化して攻撃を防いだり?」

「無理だね。三十センチから変わらないよ」

「そのへんにある鉄板と何が違うんですか?」

「急に毒舌…………」

「す、すみません……だって……」

「ぬりかべくんはすごいんだよ? どれだけ《怪力かいりょく》が込められた攻撃も、拳銃でも対物ライフルでも防げるだろうし……、硬度というより、『停止』という概念だから、核爆弾でもぬりかべくんは壊せないよ」

「なんか、さらっと知らない要素が…………、え……というかすごすぎないですか?」

「すごいだろう?」

「でも……、三十センチじゃないですか」

「ま、そこは上手くやってくれ。ちゃんと使えば『かまいたち』の攻撃も防げるさ。使い方を説明しておこうか。一度しまって……、出したい時は、設置したい場所を狙ってこうして…………アレ?」

「なんか変ですか?」

「いや……。ああ……。うん、これでよし。もう一回」

「こう、ですか?」


 ミサキに教わった通りにスマホを操作すると、再びぬりかべくんが出現する。

 本当にゲームのような感じで、超常の力を操れるというのは恐ろしい。


「なら白銀先輩は大丈夫なんですか? 僕に渡しちゃったら、先輩が危ないです」

「心配してくれるのかい? 優しいね」

「いえ、真面目に……。信頼してくれたのは嬉しいですけど、責任感じちゃうじゃないですか……、僕の精神衛生的な話でもありますよ」


 あくまで自分のためだ、とさりげなく強調するハルト。

 ミサキと距離を詰めているようで、近づきすぎない。そんな心理的な間合いの取り方を感じさせる。


「シャーロック・ホームズにだってバリツがあるだろう? 自分の身は自分で守れるタイプの名探偵なんだ」

「体育の成績よかったり?」

「五段階中五だね。ハルトくんは?」

「僕は普通に三です。普通の運動神経なので……」

「そうか。ま、いざとなれば私が守るさ……、さて次の現場へ行こうか。全部回っておきたい」

「あ、はい……!」

 

 歩き出すミサキの後を追うハルト。


 その直前、スマホを見ると、ぬりかべくんがぺこぺこ頭を下げていた。

 ぬりかべくんには申し訳ないが、やはり三十センチは少し頼りない。


 3 【六月十一日 16::13】


「……えっと、そちらは? ハルトくんの彼女? そんな、私というものがありながら……」


「春日くん、生徒会長と付き合ってたの!?」


「いきなり、ややこしいな……」


 放課後。

 図書準備室は、ハルトとミサキ以外に、もう一人の人物がいた。


 辻めぐる。めぐるは、今回の事件の三人目の被害者だ。


 ハルトと同じ剣道部の部員で、ハルトとも知り合い。

 現在、ハルト以外の被害者達に話を聞いているところだったのだが、変な勘違いが起きていたようだ。


「まず白銀先輩……辻さんとはそういうのではないですし、俺に彼女はいないです」

「へえー、いないんだぁ、彼女」

「だ、だからなんですか……」

「え!? じゃあどういう関係!?」


 めぐるが割り込んでくる。これがややこしい。ミサキ一人でも面倒だというのに。


「探偵と助手さ」

「すご! かっこいい! ドラマみたい!」


「え、助手?」聞いてない。「僕って……助手だったんですか?」


「なんだ、昨日はあんなに事件を捜査したじゃないか。私との捜査は遊びだったのか?」

「捜査は遊びではないですが、真面目に会話して欲しい……」

「わかった。では真面目にお願いするが、この事件の間だけでも、私の助手になってくれないか? 剣道部に顔が利くキミがいてくれたほうがスムーズにいくからね」

「……それはもちろん。事件の解決のためっていうなら協力は惜しまないですよ」

「おお、……なれそめ?」


 めぐるがまたも奇怪なことを言いだした。


「ふふ、馴れ初めだねえ。これが二人の関係の始まりになるわけだ」


 奇怪その2。なぜか乗っかるミサキ。


「……辻さん。事件についても聞いていいか?」

「もちろん! あ、あとでいいんだけどね、『かまいたち』以外の話も聞いてもらってもいい?」

「ん? それは、もちろん……」


 今回の事件について以外での辻の話というのがなんなのかは気になったが、ひとまずは今は捜査が先だ。

 まず、既にめぐるの前に、他の被害者からの話はハルトを含めて既に聞いている。

 ミサキの指示だった。そこで聞き取った情報をまとめるとこうだ。

 

 一人目と二人目には共通点が見られた。


 『怪我を負った部位:左腕』。『怪我の箇所:一箇所』。

 『現場には、複数の箇所にガラス片が落ちている』。


 一人目と二人目は、ここまでが一致。ガラス片の落ち方もよく似ていた。一箇所だけではなく、数箇所に散らばっていた。


 三人目のめぐると、四人目のハルトの情報を加える。


 『三人目:辻めぐる』。

 『怪我の箇所:二箇所』。『怪我を負った部位:左腕と左手』。

 『現場のガラス片は一箇所』。

 

 『四人目:春日ハルト』。

 『怪我の箇所:一箇所』。『怪我を負った部位:左手』。

 『現場のガラス片は一箇所』。



 4



「次はアタシの話もイイ? 『かまいたち』の件とは別の依頼なんだけど……」

「別の依頼……!?」

「うん……ま、まずかったかな?」

「ああいや……、俺はただの助手……。一時的な、助手だから、別に」


 内心が漏れすぎたことを戒めるハルト。

 正直、厄介なことになってきたと思った。

 一つの事件が解決できていないのに、別の事件。

 マルチタスクで、一つの事件に対する捜査が雑になって手がかりを見落とす、もしくは捜査が複雑化して、事件が長期化するなんてこともありそうだ。

 めぐるがそういった、捜査の撹乱を狙っている犯人――または、共犯なのではという疑いさえ出てくる。


「で、でも……こっちも大変で……! アタシの親友が、ストーカー被害にあってるんだけどね、そのストーカーが《怪異》? ってやつを……透明になる力を持ってるかもしれないの!」

「へえ。詳しく聞きたいね」


 戸惑うハルトを置き去りにして、ミサキは興味深そうに目を輝かせながら、めぐるに話の続きを促した。


「ほんと!? ありがとね! アタシの親友……サクちゃんっていうんだけどね」


 その時、ガタッと音がして、ハルトが机に膝をぶつけたいた。


「……なに? どうしたのハルトくん」

「なんでもないです……、続けて」


 ミサキとめぐるは首を傾げつつも、それ以上は追及せず、話を続ける。

 透明人間のストーカー。

 めぐるの友人――松原サクという女子生徒は、アイドルをやっているのだという。

 アイドルなんてやっていると、ストーカーというのはよく聞く話らしいのだが、明らかに異常だそうだ。

 帰り道に視線を感じる。後をつけられている。そこまでは、『透明人間』などという話しは出てこない。

 だが――家に帰ってから、戸締まりをした後に、異変が起きる。

 奇怪な足音。息遣い。人の声。物が落ちて割れていることもあった。


 ――……何かが、いる。


 ストーカーが、透明になる《怪異》を持っているか。そもそも『幽霊』のような《怪異》なのか。

 いずれにせよ、このままでは松原サクは、少しも心が休まらない。

 今はサクは、めぐるの家に泊まっていて、異変は起きていないらしい。

 だが、また何か起きてしまう前に、事態の真相を解き明かして、サクを安心させてほしい……というのが、めぐるの依頼だった。


「いいよ、引き受けよう」

「(ええっ、そんなあっさり……!?)」

「(どうして? 可哀想だろう。嫌だよ、家に知らない透明人間がいたら)」


 それはそうだろうが……、とハルトは言葉に詰まる。

 ひとまず、めぐるには今日のところは引き取ってもらって、『かまいたち』の件とは並行して捜査を進めることを約束してしまった。

 勝算があってのマルチタスクなのだろうか、とハルトは心配になる。



 5



「不安そうだね」


 めぐるが出ていった後にミサキがそう声をかけてきた。


「二兎を追うもの……って言うでしょう。安請け合い……じゃないんですか」

「嬉しいね。早くも助手の自覚が……」

「出てないですし、いい加減なことされるなら僕は一人で捜査しますよ。……辻さんには悪いけど、俺は松原さんとはまったく面識がない」


「というか、二兎じゃないよ。だって、『かまいたち』の方はもうわかったし」


「本当ですか?」





「うん。ハルトくんは?」



「俺も誰が怪しいかくらいは」







「じゃあせーので怪しい人物の名前言おうか……せーの」






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