映画おはなしアヒラー

PanLCR

酒場

 オークらは草むらで並んでいた。少しずつ少しずつ、横へ横へ移動しながら。


 いつもの映画に、入場しなかった。明日あさってのオイラが、劇場に行っていればありがたいのだが。だが行けなかったときの代償として、酒場ロレーヌで見つけたクエストでも送っておこう……


 スクリーンに反射するクラス内の照明と、草むらとを交互に見る。草むらからは、このクラスだけが見えているのではないだろう──道路やいくつかの商店、白い団地、山の中のなんらかの施設など。山を切り崩したニュータウンだが、まだまだ緑が多い。


 だんだんとキングは、草むらの団体に腹立たしい感覚を覚えはじめる。彼らはこっちを見ていったい何をしているんだろうか。もちろんオイラを見ているわけではないが、主観や客観を分別できず、ハトやネコのように警戒した。あの集まりに落雷でも落ちればいい……


 ふいに「記憶」が変わる。オイラはちゃんと映画に入場したらしいな……クエスト完了スタンプが押され、新しい依頼が増えている。


 知り合って二度目の上映だが、もう関係はおしまい、クエストは達成した。だが危険なことに会いつづけているオイラがいる……それは、別の「我輩」がやっていることなのだが「記憶」が書きかえられている……


 そのうちに、「オイラ」も会うのだろう……そして以前と変わらず代償をひたすら払う。そしていつか、三度目か、いや今回のクエストにでも欲望大解放になるかもしれないが、それはお互いに記憶だけの、別の「我輩」たちによる偽りの欲望大解放。


 この苛立ちが、パラレルにまでおよぼす影響までは考えたことがないし、そんなことを考える人もいない──いずれの世界でも、オイラへの見返りと、相手への代償、その対価が双方を移動するだけ。


「水」の運び屋──タワシがそれだ……へっへっへっ


「あのオークたちはなんなんでしょうかね」

 トランプ氏はスクリーンを見ながら、団体を発見したようだ。さっきまでオイラだけの発見だったのに、クラス全体が見るようになったではないか。

 キングが発見した時から五メートルほど横に移動した、それだけが今やオイラだけが知る情報になった。


 キングには、草むらの「団体」のほうがクラスの連中などよりも親近感を覚えはじめたところだ。オイラの居場所はこの「クラス」にではなく、もっと広い社会、国際的であるべきで──あれはもしかしたら国際的な団体かもしれぬと。


「あのオークたちは何をしているんですかね?」

 誰かがトランプに尋ねる……それはキングも知りたいと思っていた。

 しかしこのトランプとはそれほど面識がなく、そもそも外のよそ見について尋ねるよりも映画に集中したほうがいいのである。


「さあ、工事の測量かなにかかな?」

 どう見ても工事の作業着ではなかったが……まあ測量などは作業着でなくてもいいのかもしれない。「キャット」と書かれてあるシャツを着ていた。


「映画撮影かもしれない」


 とまた誰かがトランプに言う。

 おやおや、「映画撮影」なんかがこのくだらないスクリーンで起きるとでも本気で思っているのかね? つまらないおしゃべりの周囲が最高にトレンディだと、どうしようもなく勘違いしている。


 クエスト名──映画撮影に協力せよ! ──このクエストは、映画のエキストラとして協力していただくものです。報酬……ふくびき券


 クエスト名──映画に出演してみよう! ──このクエストは、映画のキャストとして出演していただくものです。報酬……ふくびき券


 クエスト名──映画を大ヒットさせよう! ──このクエストは、映画の興行収入を上げていただくものです。報酬……ふくびき券


 トランプ、その名を知る者は五、六人しかいまい──そうキングは思いながら酒場ロレーヌで情報を集める……コーラを買うという名目でこの酒場にしょっちゅう来る──飲酒したい、などと法に反したことを思わなくもなかったが、幼少時からここに出入りしているので、いまさらビールを買い始めるわけにもいかず……


 コーラを無意識に手にとり、ビールのつまみのような売り場コーナーの前に立ってみたものの、ビールがならぶ冷蔵庫の方向へは、今までに一度も目をやった事はない。金属的な冷たい色合い(冷蔵庫なのだが)によって客であるキングを突き放していた。


「トランプ──トランプをよろしくお願いいたします……」

 酒場の外からぼんやりと音声が聞こえる……トランプは選挙かなにかの立候補者で、ドッグハッタン中にポスターが貼ってある。しかしニュータウンが寂れたような(何年代からあるのか誰も知らない)町にはほとんど誰もおらず、そのポスターを誰かが見、さらに名前を覚えてもらう、という可能性がどれほどのものかは、そのへんの通行人からアンケートをとるわけにもいかず、町にもまるで関心がない……書き進めるモチベーションもない……


 同じような無関心さで、どんな客がその冷蔵庫から毎日買っているのか、うかつに冷蔵庫を開ける──その行為が客らとの共通点となって顔見知りになり、その日からドッグハッタンで「水」の運び屋と偶然道ですれちがう頻度が増える可能性は十分にあり、面倒だ。


 コーラを、レジというか会計をする机にいる酔っぱらいに持っていく……

 キングは店の常連ではあるのだが、酔っぱらいと会話らしいものをした事はない。

 酔っぱらいは、冷蔵庫の鮮烈な七色の光のなか目がどこを見ているのかはサングラスごしには判別しにくい。客がビールを買いやすいように、そんな金属的な冷たい色合いのCGのように無言で会計をしているのにちがいなかった。


「こんにちは」


 酔っぱらいは無言で値段をレジに打ち込む。「二〇〇なんとかゴールド──」と言ったようだが、いつも無意識的に三〇〇ゴールドを払って釣りをもらうので、実際にいくらだったかは全くよくわからない。

「トランプをどうぞよろしくお願いいたします……」

 そう聞こえたが──酔っぱらいが「二〇〇なんとかゴールド」と言おうが「誰それを選挙の際はよろしくお願いいたします」「ふくびき券で一回抽選できます」「仕事おわってビールのんでまーす」と言おうが、全くふだんからのコミュニケーションに差し障りがなく、ここから話を書き進めるモチベーションもない。


「トランプ──って名を知ってるか?」

 不意にそう質問する……すると、今までずっと無表情だった酔っぱらいの顔が……初めて感情を見せた。そして、そのサングラス越しの目から涙がこぼれ落ちたのだ。

「ああ、彼は後輩ですよ、よろしく、へっへっへっ」

 と飄々と言ったあと、キングの次の発言を待つかまえを見せている。


 驚いたのはキングのほうで、トランプを知っている人間がおり、しかも先輩だという偶然──

「あんなヤツを知ってるんですか?」

「あんなヤツ」といっても全く知らない他人なのだが……ポスターによって一方的な親近感がある……


「―――普段はどういった人なんですか?」

「そうですねぇ……一言で言うなら、無責任な人でしょうかね」

「無責任?」

「ええ。まぁ、それはまたいずれお話ししましょう、へっへっ」

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